一週間ぶりに屋敷に戻ってきたイルミ。
そんな彼を迎えたのは、彼と同じくほんの1時間ほど前に仕事から帰ってきたコウだった。
想いが通じ合ったあの日、どこから漏れたのかは知らないが、その事実はゾルディック家にも伝わっていた。
次の日には、屋敷内でも五本指に入るくらいに大きな部屋が、二人の部屋として整えられていたのを覚えている。
それぞれの自室ももちろん残っていたが、そちらを使うようにと執事一同に勧められてしまった。
主だった物は全てその部屋に運び込まれていて、最早選択の余地などない。
その仕事の速さには、驚くよりも笑いが零れたものだ。
「お帰りなさい」
「うん。コウはいつ戻ったの?もう少し先だって聞いてたけど」
「ついさっき…1時間くらい前よ。思ったよりも早く終わったの」
そう言ったコウの銀髪は水気を含んでいるのか、いつもより少し重そうだ。
僅かに赤らんだ頬やその濡れた髪を見れば、彼女が風呂上りであることくらいは想像するに容易い。
彼女は仕事から帰ってくるとまずシャワーを使うから、帰ったばかりだというのは嘘ではないのだろう。
確か、聞いていた仕事は思ったよりも早く終わるような種類のそれではなかったと思うのだが…。
そんな事を考えつつ、イルミは荷物を部屋のソファーに放り投げた。
「まぁ、お疲れ」
「イルミも、お疲れ様」
イルミの荷物が放り出された向かいのソファーに腰を落ち着けながら、大変だった?と問いかける。
肩にかけたタオルで水気をふき取るように、その長い髪を挟み込んだ。
「別に。いつも通り楽な仕事」
「そう」
「コウに貰った情報で十分だった。助かったよ」
「役に立ったならいい事だわ」
気にしないで、と笑う。
静かに言葉を交わす二人には、疲れた様子は見えなかった。
どう見ても、一週間仕事詰めだったようには思えない。
2時間程度の仕事をこなして帰ってきました、と言われた方がまだ頷けそうだ。
「シャワーしてきたら?」
「そうするよ」
短く答えると、イルミはシャワールームの方へと歩いていった。
素っ気無い言葉ばかりが返って来るが、コウがそれを気にする事はない。
元々彼の口数は少ない。
返事さえも返してもらえない人が多い中、彼女の言葉にだけは短くとも言葉が返って来るのだ。
それだけで、大事にされていると言う実感は得られる。
コウにはそれで十分だった。
烏の行水というほど短くはなかったにせよ、長時間と呼ぶにはやや足りない時間。
水音が消えたシャワールームから出てきたイルミは、先ほどまでソファーに居たコウの姿がない事に気付く。
無造作に濡れた髪をタオルで拭きながら、ソファーを横目に部屋を横切った。
放り投げていた筈の荷物が消えているのは、コウが片付けてくれたからなのだろう。
こう言う細かな事を面倒と思わない所は、実はイルミが気に入っている部分なのだが、口に出した事はない。
そこで、いつもは閉じられている寝室のドアが開いている事に気付く。
そこに入ることを許されているのは部屋の主であるイルミとコウ、それからたまに来るメイドだけだ。
この時間からして、メイドが入っていると言う事は考えられないだろう。
となれば、その原因を作り出したのは一人。
何かに誘われるようにして、イルミはそちらへと足を向けた。
部屋に入るなり後ろ手にドアを閉めるのは、最早癖と呼んでもおかしくはない。
探していた…訳ではないけれども、目的である人は、ベッドの上にうつ伏せになっていた。
肘をついている為に、その背中はシーツから持ち上げられている。
すでに乾かした後なのか、先ほど見た時には纏まっていた銀髪もいつもの柔らかさを取り戻していた。
イルミが入ってきたことには気付いているだろう―――と言うよりも、気づいていない筈がない。
それが証拠に、彼女は振りむく事もなく彼に向けての言葉を発した。
「双子なんだって」
本当に行き成りだ。
何が双子なのかと言う説明も前置きも何もなく、ただ双子だと言う事実だけを告げられる。
彼女の言動が突飛だったりするのはよくあることで、イルミは慣れた様子で肩を竦めて彼女に近づいた。
十分に広いベッドに腰掛けるようにして彼女の手元を見れば、何かの雑誌を読んでいたのだと知る。
そして、そこに載っているモノを見て、彼は目を瞬かせた。
「出来たの?」
「え…?………あぁ、違うの」
こちらが驚いていると言うのに、その問いに対して彼女は不思議そうに疑問符を浮かべる。
ややあって、彼女の方がその質問の意味を理解した。
それから、手元の雑誌をパタンと閉じて彼を見上げる。
「双子が出来たわけじゃなくて…」
確かに誤解を招く言葉だった、と苦笑しながら、彼女はその言葉の説明を始める。
要約すると、仕事の帰りに出会った占い師により、コウは双子を授かるだろうと告げられたと言う事だ。
その説明があったならば、彼女の言葉を読み違えると言う事もなかっただろう。
彼女が読んでいた雑誌が赤ん坊用品を取り扱う通販雑誌だったと言うことも手伝っている。
「ふぅん…信用できるの?」
「あら、その道では結構名の通った方よ」
イルミは知らないでしょうけれど、と微笑む。
彼が占いに興味があるとは思えないし、自分だって情報屋として知識を持っている程度だ。
「で、性別は?」
「…気になるの?」
イルミがこの話に乗ってくるとは思わなかったようだ。
少しだけ驚いたような彼女の様子に、彼は特にこれと言った感情を表には出さない。
代わりに、質問の回答を求めるような視線を彼女へと向ける。
「少し意外ね。だけど、ごめんなさい。性別は聞かなかったの」
「コウなら性別どころか人数まできっちり聞いてくると思ったんだけど?」
「だって、楽しみは後に取っておくものでしょう?」
男の子であろうと女の子であろうと、授かった命はどちらも大切だ。
気にならないと言えば嘘になるけれど、どちらだろうと悩むのもまた楽しみの一つ。
「イルミはどっちがいいの?」
腕を使って身体を起こすと、コウは彼の首に掛かっていたタオルを抜き取る。
それから、ある程度水気がなくなっているけれどもまだ濡れている髪にそれを押し当てた。
髪を傷めないように少しだけ慎重にそれを拭っていく。
「女が生まれるまで何人でも生む羽目になるよ」
「………そんなに女の子がいいなんて…意外だわ」
「俺は別にどっちでもいいけどね。母さんが孫を着飾るんだってはりきってるから」
スラスラと返って来る答えに、なるほどと思う。
キキョウの性格であれば、確かにそうかもしれない。
自分がこの家に迎えられた時ですら、一週間着せ替え人形になったものだ。
今でも定期的に派手な服が送られてくる。
「キキョウさんらしいね」
「まぁ、父さんは跡継ぎが欲しいから男の方が嬉しいだろうけどね」
「うん。それは予想通り」
女の子であったとしても可愛がってくれるだろうけれど、やはり彼は男の子の方が喜ぶのだろう。
キルアを自由にしてからと言うもの、その期待はイルミやいずれ生まれるであろう息子へと向けられている。
「でも、キルアみたいに鍛えられるのは…少し困るわね。見ていられるか心配だわ」
「…実力がなければ大丈夫だけどね」
「イルミの息子が無能なわけないじゃない。…右を向いて」
「それは確かにそうだね。スフィリアの血も流れるわけだし」
イルミの言葉に、彼の髪を拭いていたコウの手がピタリと止まる。
しかし、すぐにその動きは再開された。
「…それもそうね。尤も、個人のスキルは鍛え方によって進化するものだけど」
そう言ってから、コウは湿ったタオルを脇へと放り投げる。
シーツのないところに、と意識した所為か、それはベッドを飛び出して絨毯の床へと音もなく舞い落ちた。
されるがままだったイルミは、彼女の手が離れた事により向かい合うべく身体を振り向かせようとする。
だが、それは背中から伸びてきた腕によって制された。
「早く会えるといいね」
耳元で聞こえた声に、彼女に抱き寄せられているのだと気付く。
身体に回された腕を解くでもなく、彼はその上に自分のそれを重ねた。
「甘えてくるなんて、珍しいね」
「んー…話を聞いたら、少し楽しみになっちゃったのかもしれないわ」
そう言ってクスクスと笑う彼女の腕を解き、それから身体を反転させて彼女と向き直った。
そして、悪戯に微笑む彼女を、今度は背中から抱きこむ。
嬉しそうに小さく笑い声を上げて、コウはイルミの胸元へと全身を預けた。
「鍛えてもいいけど、キルアみたいに家出したくなるほど酷い事はやめてね」
「さぁ?ゾルディックで生きていくなら、ある程度は仕方ないよ」
「大丈夫よ。だって、私もちゃんとここで生活できているもの」
少しずつ、未来予想の話をしよう。
そして、嬉しかったこと、楽しかったこと―――全部、伝えよう。
いずれ出会う君達に
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07.05.27