子供の頃のように
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ふと窓の施錠を行っていた紅の手が止まる。
そこに挟まっていた緋色の花びらを持ち上げ、それを目の前に運んだ。
花に関しての深い知識を持たない彼女でも知っているほど、酷く有名なそれ。

「ねぇ、一護?」

後ろで机を整えている一護の制服の背中を引っ張り、紅は彼を呼ぶ。
面倒ながらも自身に与えられた役割をこなしていた彼はゆっくりと時間をかけて振り向いた。

「何だよ?」
「この近くって桜あった?覚えてないんだけど…」
「桜?」

記憶が正しければ、正門側には桜があったはずだ。
しかし、二人の教室は裏門側に位置する。
流石に正反対の場所から飛んできたとは考えにくかった。

「…俺は覚えてねぇけど…あるんじゃねぇの?」

未だ開かれたままの窓から顔を覗かせ、一護は周囲を見回す。
肉眼で確認できる範囲にこの花びらの元となりそうな木は見当たらなかった。

「ま、気になるならまた探せばいいだろ。さっさと終わらせて帰るぞ」

一護は窓から手を離し、それを閉ざすと鍵も落とす。
その後で紅の頭をポンと撫でていくと、彼は再び机の整頓へと向かった。
紅は拾い上げた花びらに視線を落とし、それをポケットに丁寧に入れると日誌を持ち上げる。
まだ半分ほど空白のままのそれに、当たり障りの無い文字を書き連ねていく。
桜が見頃を迎える一週間前の事だった。















「紅ー。あんた、今日の午後から暇?」

帰り支度を整えていた紅に向かって幼馴染から声が掛かる。
すでに用意を終えているのか、たつきは彼女の前の席の机に腰を下ろした。

「暇だけど…何かあるの?」
「織姫が花見したいって言い出してるから、それの付き添い。一人でさせるわけにも行かないでしょ?」
「あぁ、そう言う事か。別に私の方は特に用事もないから構わないよ」

そう言って苦笑を浮かべると、紅は帰りにそのまま直行すると告げられた。
暫く悩んだ後、重くなりそうな辞書類は全て机の中に置いていく事を決める。

「それにしても、織姫も突然だね」
「まーね。あの子のアレは今に始まった事じゃないけど」

机の上に座ったまま足を組み替え、たつきは暇を持て余すようにその足を揺らす。
紅の準備も出来たのだから、出発しても良さそうなものだが…。
言い出した本人が担任に呼び出されている為、二人は待ちぼうけを食わされているのだ。

「お待たせー!!紅ちゃんは大丈夫だった?」

開いたままだった扉から元気よく織姫が帰ってきた。
足取り軽く駆け寄ってくる様は年齢よりも幼く見える。
紅の姿をたつきの前に捉えると、彼女は嬉しそうに笑った。

「あのね!三人じゃ寂しいと思って、他の人も誘ったの」

織姫は嬉しそうにそう言った。
誰を?と問いかけるたつきに、彼女は胸を張って答える。

「浅野くん!」
「「またやかましいのを…」」

幼馴染二人の声が重なる。











場所は移り、今紅が居る場所は学校からさほど離れていない小さな公園。

「…何か、お約束って感じだね」

紅の呟く声は元気でノリのよい声に掻き消されるほどの音量だった。
学校帰りだというのにどこから調達したのかわからない青いシートに腰を下ろし、桜を見上げる一行。
途中のコンビニにて皆で出し合って購入したジュースやらお菓子やらを片手に談笑していた。

女性陣は紅と織姫、たつきと言う初期の面子。
対して男性陣は浅野から始まり水色を経てチャドに続き、巻き込まれた一護が本気で嫌がる雨竜を連れてきた。
今回の犠牲者は関わるのを憚られるほどに機嫌悪くその場に座っている。
彼らの怒気に中てられれば、咲いたばかりの桜も枯れてしまいそうだ。

「ほら、笑えって一護!折角我がクラスの二大美女+一名が一緒なんだぞ!」
「…その+一名ってのは明らかにあたしの事よねぇ?」
「聞いて…っ!?い、いや…日本で二番目に強い女子高生に訂正しておきます」

浅野に声を掛けられた事で更に機嫌が低下するかと思われた。
だが、彼はたつきに絡まれたことにより一護どころではなくなったため、何とか抑えられては居るようだ。
長い溜め息と共に彼は右手の缶を持ち上げ、その中身を喉に流し込む。

「一護も苦労するね」
「そう思うなら啓吾を止めろよ」
「あはは。うん、無理」

水色はある意味最強とも取れる笑顔で断言してみせた。
尽きる事のない溜め息と共に、彼はふと紅の方を向く。
馬鹿騒ぎするような性格ではない彼女は輪の中に入るわけでもなく、けれども外れるわけでもなくそこに居た。
穏やかに微笑んで、時折たつきや織姫と言葉を交わす。
羽目を外さない程度に楽しんではいるようだ。

「おい、黒崎」
「んだよ?」
「あいつをあのまま放っておいていいのか?」

先程までお互いの存在を無視し続けていた二人が言葉を交わす。
雨竜の指差した先には、明らかに羽目を外した啓吾の姿があった。
いつもよりも妙なテンションの彼に、一護は眉間の皺を深める。

「チャド、ちょっとそこに転がってる缶をこっちにくれ」
「ム…飲むのか?」
「いや」

ひょいと投げ渡されたそれを受け取り、パッケージに視線を落とす。
しっかりと赤い字で書かれていたのは『お酒』。

「「……………」」

一護と雨竜がそれを見下ろしたまま沈黙する。

「…酒、と書いてあるように見えるが…?」
「奇遇だな、俺もだ」
「……………どうするんだ」
「………俺が知るか」

公園に他に人が居なくて良かったと思う二人。
だが、この騒ぎを続けていればいずれは誰かが来るだろう。
そうなる前に撤収した方が良さそうだと言う判断に至った。
ふと一護はメンバーを一瞥する。
間違いなく飲んでいるのは啓吾と、軽くだが織姫やたつきも口にしているようだ。
恐らくわかって飲んでいるらしいのは水色。
あまり変化が見られないので一見わからないが、彼の手には一護の手の中の物と同じ缶が握られている。
そして紅はと言うと…。

「紅、飲むな」
「ん?」

今しがた受け取ったばかりの缶を開けようとしたのだが、その前に一護に自身の口を塞がれた。
訳がわからず首を傾げる紅の手からそれを奪い取り、赤い文字の部分を彼女の目の前に来るよう持ち上げる。

「…お酒?」
「らしい。誰だよ、こんなの買ったのは…」
「って言うか、売る店も店だよね。明らかに制服の一団だったのに…」

お菓子数種類とジュース数本に交じり、酒5本。
そして賑やかに桜の話をしているとくれば気づきそうなものなのだが…。

「まぁ、それは置いといて…どうする?」
「どうするも何も…止めるにも無理だろ」

そんな事を言っていると、突然啓吾がばたりと倒れた。
それに続くように、酔い易い性質だったらしい織姫もダウン。

「電池切れ」
「…だな」
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。どの道桜を楽しめるような状況じゃ無い」

自身の荷物を持ち上げるなり颯爽と歩き出す雨竜。
この後始末をどうするんだと言う一護の視線に気づいているかは微妙なところだ。

「たつき、これどーすんだよ?」
「んー…ちょっと寝れば酔いも冷めるんじゃない?」

そう答える彼女の頬もやや赤みがさしている。
そして目を閉じてしまった。

「…たつきー…こんな所で寝ない方がいいと思うけど…」

紅が肩を揺すってみるが、効果は見られない。
すでに寝息を立ててしまっているらしい。
これは駄目だな…と思い、紅は一護の方を向いた。
彼は彼で啓吾や水色の様子を窺っていたようだ。
ふと視線を持ち上げて、首を振る。
どちらも今すぐにはとても起きそうに無いようだ。

「…どうする?」
「チャドはどうするんだ?」
「…放っていくわけにも行かないから残ろう」
「そうか」

確かに放っていくわけにはいかない。
だが、このままこの場に居てもすべき事がないのも事実だ。
とりあえず証拠隠滅とばかりに缶やらお菓子の片づけを済ませていく。

「一護、紅を送ってやってくれ。俺は井上たちを送る」
「………悪ぃ。ありがとな」

一護の考えを読み取ったのか、チャドは彼にそう言った。
言葉の意図するところを悟り、一護は素直にそれを受け入れる。
そして自分の荷物を持ち上げると紅にも鞄を渡した。

「抜けるぞ」
「…え…いいの?」
「チャドが帰ってもいいって言ってるからな」
「………じゃあ、ありがとう」

好意は素直に受け取るべき、と判断したのだろう。
紅はやや納得がいかない様子ながらも頷いた。
自身の荷物をしっかりと持つと先に歩き出した一護に続く。
桜の花びらが見送るように後に続いた。














「何か、結局殆ど桜を見れなかったね」
「あのメンバーなら当然だろ」
「…メンバーと言えば…石田くんに迷惑かけたよね、絶対」

何で巻き込むの、と咎めるように紅は言う。
そんな彼女の抗議の声などどこ吹く風、と言った様子の一護。
不意に、彼は誘われるように視線を側方へと向けた。
学校がある方向である右の路地の方から桜の花びらが飛んでくる。
それを手で受け、紅に差し出した。

「公園の…じゃないよね。風向き的にも、距離も。他に桜があるの…?」
「まだ日暮れには時間もあるし…探してみるか?」

珍しい一護からの誘いに、紅は二つ返事で頷く。
嬉しそうに花びらを両手で包み込み、それが飛んできた方へと歩き出した。

「…お前、そんなに桜好きだったか?」
「好きだよ。この時期ならではでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「精一杯今を生きている感じが好きなの」

そう言って笑うと、紅は前方に大きな桜の木を見つける。
それに向かって走り出す背中を見ながら、一護は子供みたいだなと口元を緩めた。
早くと急かす彼女の為に、少しだけ足を速めて。




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06.04.10