Piece of happiness
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「すっごーい!!」

目の前のテーブルに並べられたそれを見て、リナリーは顔を輝かせた。
普段の団服ではないワンピースの上にエプロンを着用した彼女はいかにも『料理中』という風貌だ。
彼女の感激したような声を受け、コウは嬉しそうに微笑んだ。

「プロ顔負け!!お店に置いても売れそうだね!」
「そう?見た目はともかく、味はどうかわからないよ」
「絶対美味しいよ!だってあんな流れるよな手捌きで作られたお菓子が美味しくないはずない!」

ぐっと拳を握るリナリー。
ここまで褒められてそうでしょ?と答えられるような性格でないコウは笑みを返すのみに留める。

「どこで教えてもらったの?お母さん?」
「…母親代わりの人。私は…お母さんだと思ってるよ。凄く料理が上手くてね。お菓子の腕前も一級品」

並べられた様々なチョコケーキを前に、コウは懐かしむようにその一つを持ち上げた。
すでにカットしてあるそれをリナリーに差し出す。
唇の前にあるそれに、リナリーが確認の言葉を出そうと開く。
だが、声が発せられる前にふわりと甘い香りと共にそれが口内へと投げ込まれた。

「どう?」
「お、美味しい」
「それはよかった。じゃ、さっさと包装してしまおうか」

用意してあったハンカチから綺麗なレースを錬成すると、コウはリナリーの手にそれを握らせる。
お礼を言いつつテーブルへと向かう彼女を横目に、自身も目の前のお菓子へと手を伸ばした。

















バンッと扉を開けば、室内の視線が扉の方へと集う。
手を伸ばしてギリギリ持てるような大きなトレーと共に、コウは部屋の中心へと歩いた。
その後からリナリーが湯気立つカップの乗ったトレーを持って続く。
それらをテーブルの上に乗せると、コウはにこりと微笑んだ。

「休憩にしません?」

笑顔と共に、埃防止用にとかぶせた布を取り払う。
下に現れたのは見目美しい、沢山のケーキやクッキーなどのお菓子。
ちなみに後者はリナリーの作品だ。
歓声に部屋が揺れた。

「こっちのはかなり甘いので苦手な人は注意してくださいね。
これは甘さ控えめのガトーショコラです。お好みで好きなのをどうぞ」

コウの声など届いているかも怪しいほどに賑わう室内。
砂糖に群がる蟻を思い出させるその光景に彼女は苦笑を浮かべる。
夜遅くまで働く科学班にとっては有難い差し入れとなったようだ。
ふと、視線を向けた先ですでに避難していたリナリーを発見する。
丁度彼女もこちらを向いたことから、コウは彼女の元へと歩いた。

「あと任せていい?他のところも配らなくちゃいけないから」
「うん。コウさん一人で大丈夫?」
「ゆっくり回るから平気。こっちの方が大変だと思うしね」

そう答えるとコウはのんびりと歩き出す。
その背中に気づいたコムイが彼女を呼び止めた。

「コウ。ありがとう」
「…皆さんいつも遅くまで残業を頑張ってくれてますから…そのお礼ですよ」

つまらない物ですけど、と彼女は言った。
そして彼女はコムイに断って部屋を出て行く。
















「あ」
「お?」

前方に見覚えのある背中を見つけたコウは思わず声を漏らす。
それに気づいたのか、その人物が言葉にならない声と共に振り向いた。
眼帯に隠されていない目が細められる。

「コウじゃん。リナリーと菓子作りしてたんじゃなかったのか?」
「さっき終わったよ。今はお菓子宅配中」

トレーの底に手を添える形で両手に菓子の山を持つコウ。
それに気づいたラビはその片方を受け取った。

「別に運べるよ?」
「いいって。俺、手ぶらだしな」
「ありがと。じゃあ、お願いしようかな」
「了解!んで、次のお届け先は?」

ラビの問いかけにコウは少しだけ頭を悩ませる。
記憶の引き出しから今日本部に居るメンバーを思い出し、そして口を開く。

「この階はもう終わり。次は――」

次の目的地を決めると二人は並んで歩き出した。
他愛ない話の合間、コウはふと気づく。

「…ねぇ?」
「ん?」
「これをユウの所に持っていったらやっぱり怒られると思う?」
「…あー…今はやめた方がいい。俺が散々怒らせた後だからかなり不機嫌さ」

暇つぶしに彼で遊んだのか…と呆れの溜め息を漏らし、コウは仕方ないと頷いた。
流石に不機嫌な彼の相手を好き好んでしたいとは思わない。
今回は諦めよう、そんな決断と共に、二人の足は食堂へと向かう。


















「あら、コウちゃんじゃない。珍しい。お腹空いたの?何か食べる?」

食堂に入るなり目ざとくコウの存在に気づいたジェリーが問いかける。
彼の言葉に首を振ると、彼女は自身の手に持っていたトレーを窓口から一番近いテーブルへと置いた。
そしてラビの手の中にあったそれも受け取り、同様に横に並べる。

「さっきは厨房を使わせてくれてありがとうございました。これ、良かったら食べてください」
「あらー!お菓子?そう言えば私が留守の間にあなたとリナリーちゃんが来てたって聞いてがっかりしてたのよ」
「すみません。いつもここに居るジェリーさんが居ないっていうのも珍しいですよね」
「運悪く仕入れの日だったのよ。半日潰れちゃったわ」

そういったジェリーにお疲れ様です、とコウは笑う。
そしてお皿を用意するとお菓子をいくつか載せて彼に差し出した。

「厨房使用料込みの差し入れです」
「ありがとう!相変わらずいい腕してるわ。いっそここで料理人にならない?」
「あー駄目駄目。コウにはエクソシストで居てもらわねぇと。一緒に任務行けねーじゃん」

ジェリーの声を否定したのは本人ではなく隣で笑うラビ。
彼は手を左右にひらひらと揺らしながらそう言った。
紡がれた内容にコウは苦笑を浮かべる。
一緒に遊びにいく、と同レベルかのような言い方である。
それでも、コウからすれば嬉しい事に変わりは無いが。






「あ、コウさん!」

お菓子で話が盛り上がっていたところに、リナリーの声が届く。
声につられるようにドアの方を向くと、彼女が空になったトレー片手に近づいてきていた。
その後ろからは少し早めの夕食へと食堂へやってきた科学班の一部の姿もある。

「お疲れ、リナリー。全部無くなったんだ?」

結構あったと思うんだけど、と苦笑い。
そんな彼女の向かいに腰を下ろし、リナリーは頷いた。

「皆凄い勢いで食べてたしね。夕食食べられるのか心配だけど…」
「ま、大丈夫でしょ」
「それはそうと、アレはもう食べてもらったの?」

笑顔でリナリーは問いかける。
その問いかけの際に、視線が一瞬だけコウの隣の人物へと向けられたことに気づいた人物は居ない。

「リナリー、アレって何さ?」
「スペシャルバージョン」

目線の移動に音などする筈が無い。
しかし、コウはたった今自分に視線が集う際にその音を聞いたような気がした。
それほどに勢いよく、その場の目は彼女に集まる。

「スペシャル…」
「あれでも美味しかったのに、更にスペシャル…?」

ざわざわと小さな声が広がっていく。
その様子にコウは深々と溜め息を落とした。

「リナリー?」
「あ、ごめんなさい!てっきり渡した後なのかと思って…」
「いや、後でも言っちゃ駄目でしょ、それは…」

ごめんなさいと口を手で覆うも、零れてしまった言葉を取り戻すことなど出来はしない。
居心地の悪い沈黙が食堂を包んだ。
そんな中、コウとリナリー以外の脳内では様々な考えが浮かんでは消える。

スペシャルバージョン=一つ、もしくはかなり少ない。

その方程式に至ったとほぼ同時に、コウはカタリと席を立つ。

「いつもの所」
「へ?」

小さく紡いだ言葉をラビが問い返す。
だが、それに答える事無くコウは走り出した。
脱兎の如く食堂を駆け抜け、扉から飛び出して廊下を全力疾走する。
一瞬遅れで科学班一同が彼女を追った。





突然人口密度の低下した食堂で、ラビは数回の瞬きを繰り返す。

「…皆さんお盛んで」
「だって、凄く美味しいのよ?コウさんのお菓子」
「ふーん…」

そう言えば運ぶのは手伝ったが、食べるのを忘れていたな…と今頃になって思い出す。
しかし、目の前にまだ残っているそれに手を伸ばす気にはなれなかった。
リナリーの言う『スペシャルバージョン』の存在を知ってしまったからだろうか。

「あーあ…コウさんに悪い事しちゃったなー…」

ぺしょんとテーブルに凭れかかるリナリーは口を尖らせてそう言った。
普段は年齢よりも上に見える彼女だが、コウに関しては子供っぽい一面が窺える。
そのギャップがいいと、教団内では密かに二人セットで人気が上がっているのだ。

「って事で、早く行ってあげてね、ラビ」
「は?何が?」
「さっきコウさんに場所聞いたんでしょ?コウさんなら絶対逃げ切れるから、多分もう居ると思うよ」

確かに普段デスクワークの彼らが、活動派のコウに追いつける筈は無いだろう。
しかし、何故それを自分に言うのか…。
疑問を浮かべるラビにリナリーはその背中を押すように口を開く。

「コウさんを待たせないでね?」
「…了解」

よくわからないが、とりあえず今は「いつもの所」に行けばいいのだろう。
















「よ!」
「やっと来たね」

寝転がっていた身体を起こし、コウはラビの方を見る。
ラビは彼女の隣に腰を下ろし、僅かに傾いた日から逃げるように目を細めた。

「はい、これ」
「…どうも。これ何?」
「リナリー曰くスペシャルバージョン。ただ単に一品多いだけなんだけど」

綺麗な色合いで包装されたそれは手に乗るサイズだが決して小さくもない。
この中には、恐らく数種類の小さいサイズのケーキが並んでいるのだろう。

「何で俺にくれるんさ?」
「一昨日の任務で助けてもらったお礼だよ。思ったより大量に出来たから差し入れしたんだけど…」

結果として疲れただけだった。
そう言ってコウは再び屋根の上にごろんと横になる。
危なげなく撒いたことには撒いたが、散々走り回った事に変わりはない。
好評だったのは嬉しいがあれは頂けないな…とコウは苦笑した。
僅かな疲れに身を任せるように目を閉じる。

「コウー。こんなとこで寝たら風邪引く」
「んー…」
「………駄目だこりゃ」

やれやれと溜め息を落とし、勿体無いとは思いつつ綺麗に包装されたそれを解いていく。
中に並んでいたのは確かに店に並んでいてもおかしくないようなものだ。
それを一つ口に運んだ頃には、隣の彼女は規則正しい呼吸を繰り返していた。

「…ありがとな」

そう言って彼女の髪を撫で、ラビは微笑んだ。




実は、コウのスペシャルがあるのに対して、当然の如くリナリーのスペシャルも実在していた。
その存在は誰に知られるでもなく、コムイへと届けられたのである。




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06.04.07