内面重視
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「査定って色々と面倒なのね」
書き殴られ、皺のよった報告書を指で拾い上げ、コウはクスリと笑う。
本当はそんなに忙しいものでも面倒なものでもないのだという事を彼女は知っていた。
「…ま、忘れてた自分の所為だからな…」
ソファに深く腰掛け、組んだ足の上で必死に書類作成に勤しむ彼…エドは少しばかりバツが悪そうに答えた。
忘れていた自分が原因に他ならないために、メラノスのじっとりとした視線から逃れるように目を逸らす。
「そうそう。それに付き合わされるコウの身にもなって欲しいもんだよね」
「メラノス!」
コウが咎めるように声を上げれば、メラノスはふいと視線を逸らして組んだ腕の上に顎を乗せる。
彼女はゆらゆらと揺れる尾から目を逸らすと再びソファに座り込んだ。
「おっし!出来た!」
「お疲れ様」
「ああ。んじゃ、俺はこれを出してくる」
そう言って彼が立ち上がると同時に、部屋のドアノブがくるりと回った。
ガチャリという音と共に開けた人物が顔を覗かせる。
「おや、鋼の。漸く終わったのかね」
「…どーも。お邪魔してます、大佐殿」
「しかし、査定を忘れるとは…君も随分間抜けな事をする」
「仕方ねぇだろ。一昨日まで田舎に居たんだから」
そう言ってやや口を尖らせる辺りに、少しだけ子供らしさを感じる。
乱暴に扉のほうへと歩くと、彼はドアノブに手をかけたまま振り向いた。
自身の机についたロイと接客用ソファに腰掛けたコウの視線が集う。
「…妙な事すんなよ、大佐」
それだけを言い残すと彼はバタンと扉を閉めてしまう。
残された二人はというと…
片や堪えきれないと肩を震わせ、もう片方は頬を赤くしながら愛猫の背を撫でた。
「残念ながらそれは頷けないな」
こんな言葉をロイが呟いた事など、エドは知る由も無い。
部屋を出たエドと入れ替わりに入ってきたのは、ロイの部下でもあるいつもの彼らだった。
コウは読んでいた本から顔を上げて「お邪魔しています」と一言言うと、また視線を落とす。
そんな彼女にそれぞれ挨拶を返すと、彼らは揃ってロイの所へと歩いていった。
「エドワードは行ったんスよね?」
「あぁ。向こうで引き止めるように言ってあるから暫くは戻らんだろう」
ロイはそう答え、にやりと口角を持ち上げる。
その笑みに胡散臭そうな視線を向けるメラノス。
コウに被害が及ばなければいいが…と思った彼の願いは聞き遂げられる事は無い。
いつの間にか咥えていたタバコを消したハボックがコウの前でにこりと笑顔を浮かべる。
「んじゃ、『錬金術師に道端アンケート』開始な」
「…道端じゃありませんけど…」
「細かい事は気にすんなよ。第一問!ズバリ、好きな人もしくは恋人のどこが好き?」
「…一問目からいきなり錬金術関係ないし…」
本を片手に視線を返したコウは、質問の内容に溜め息を付いた。
彼女の心情を察して膝の上へと移動してくるメラノスの背を撫で、そして彼に視線を返す。
「じゃあ、ハボックさんは?」
「俺?俺はー…スタイル?」
「………女の敵ですよね、その発言。せめて内面とか言いましょうよ…」
「いやいやいや!これは男のロマンだぜ、コウ。ですよね、大佐!?」
必死な様子でハボックはグリンと首をロイの方へと向ける。
突然の同意を求める声に眉を寄せるも、彼は口を開いた。
「私に同意を求めるのはどうかと思うがね」
「あ、逃げた」
「逃げてない」
ハボックとロイがそんな遣り取りを交わしている間に、コウは暇をしていた三人に声を掛ける。
「男の人にとってはやっぱりスタイル重視?」
「いや…あれはハボック少尉が特別でしょう…」
「そーか?結構重要だとは思うぜ、俺は」
「ブレダ少尉…流石に女の人の前でそれはないと思いますよ…」
ささやかな気遣いに感謝するも、ハボックの発言を聞いているだけにあまり気にはならない。
そんな事を考えながらコウは苦笑を浮かべた。
「まぁ、人の好みは色々ですしね。確かに、見目麗しい女性は目の保養ですし」
「そうそう!よーくわかってんな、コウ!」
ガシガシと頭をかき混ぜられる事に抗議の声を上げるコウ。
そんな彼女の声を笑い飛ばした後、ブレダは彼女の向かいのソファにどさりと腰を下ろした。
「で?お前はどうなんだよ?」
「どうって…何がです?」
口を僅かに尖らせつつ、髪を結い上げていた飾り紐を解く。
重力に従って流れ落ちる浅黄色のそれは賞賛に値する綺麗さを持っている。
「好みのタイプ。もしくは…」
そこまで言って彼はにやりと口角を持ち上げる。
そして口を開くが、その声は別の人物のものだった。
「大将の好きな所」
「って。俺のセリフ取るなよ」
「いいじゃねぇか、内容は同じだろ?」
いつの間にロイとの遣り取りを終えていたのか、彼はコウの真後ろに立っていた。
仲間と肩を組む要領でまわされた腕に、容赦なくメラノスの爪が刻まれる。
「メラノス!駄目だって!」
くっきりと残った4本の爪痕を見て慌ててメラノスを抱き上げる。
しかし、その腕の中で彼は我存ぜぬという表情でふいっと顔を逸らした。
「…大したボディーガードだな…」
「だ、大丈夫ですか?」
「あぁ。これくらいは慣れてるって。気にすんな」
そう言って彼はぽんぽんとコウの頭を撫でた後、流れるような動作でメラノスの頭も同じように撫でる。
突然の行動にこればかりはメラノスも反応できなかった。
すぐさま我に返った彼は尻尾でぺしりとその手を叩いたが。
「コウ、答えるなら早い方がいい」
「?」
ロイの言葉にコウは疑問符を浮かべる。
この時、メラノスの耳は近づいてくる足音を拾い取っていた。
後で引っかいてやる、と思いつつ彼は扉の方へと目を向ける。
「じゃないと…」
「どういう事だよ、大佐!?必要以上に足止めしやがって…っ!!!」
バンッと扉を開いて飛び込んできたのは、肩で息をするエド。
乱れた金髪や弾んだ呼吸が、どれだけ急いできたのかを物語っている。
彼の様子にコウは目を見開いて止まった。
エドは部屋の中を見回すと、障害物になっていたファルマンを押しのけて彼女に詰め寄る。
「ど、どしたの?」
「何もされてないよな!?」
「何もって…うん」
彼の勢いに身体を引きながらもコウは頷く。
彼女からすれば何のことだかよくわからない。
訳のわからない質問をされたかと思えば、答える前にエドが部屋に飛び込んできて、再び訳のわからない質問。
疑問符に埋め尽くされそうになった彼女は、何か言わなければという奇妙な使命感と共に口を開いた。
「変な質問されただけだから」
「…変な質問?」
そう繰り返して、エドは一番にロイを振り向く。
疑う時にまず自分を疑うのか、と心外そうな表情を見せるが、あながち外れでもないだろう。
「何聞かれたんだよ?」
「…『錬金術師に道端アンケート』…だっけ。まだ一問目でストップだけど」
「………それのどこが変なんだ?」
先程のエドの剣幕を見た所為だろうか。
質問してきた彼らは皆壁に寄りつつロイの後ろへと回る。
腰を下ろしていたロイが立ち上がるのは不自然なので、彼は一歩たりとも動かなかったが。
「質問の内容が、ね…」
言いにくそうに苦笑を浮かべ、コウはさりげなくエドから視線を逸らす。
今思えば何とも小っ恥ずかしい内容の質問だった。
視線を逸らしつつ僅かに頬に朱を走らせる彼女に、エドは内心首を傾げる。
その内容を問うべく開いた唇から声が発せられる事は無かった。
「『錬金術師に道端アンケート』…第一問、好きな人もしくは恋人のどこが好き?………何ですか、これは」
呆れたような声色は開かれっぱなしになっていた扉の方から発せられていた。
一同の視線を集めたのは、片腕に書類のバインダーを抱えたまま扉を閉じたリザである。
ちなみに不必要に足止めされている事をエドに告げたのも、実は彼女だったりする。
彼女は部屋に入るなりハボックがテーブルの上に置いたままにしてあった用紙を拾い、そして読み上げた。
「……………それのどこが錬金術に関係してんだよ!!」
内容把握に僅か3秒。
エドの怒声が執務室を振るわせる。
「リザさんはさっきの質問、どう答えます?」
「そうね…答えにくい質問である事は確かね」
「ですよね」
エドが男性陣に噛み付いている間に、コウとリザはそんな風に言葉を交わしていた。
姉のように、妹のように互いを慕う二人は楽しげに笑みを浮かべている。
「リザさん、好きな男性のタイプは?」
「優しくて有能な人」
「……………」
それはどう反応してよいものやら…。
コウはこの部屋の主が、雨の日にどういう扱いを受けているかを知っている。
それだけに口元を引きつらせた。
「………冗談よ、本気にしないで」
優しく微笑み、リザはコウの頭を撫でた。
即座に安堵の表情を浮かべる彼女にクスクスと笑う。
「コウちゃんは?」
「私は…」
言葉を選ぶように一瞬口を噤むコウ。
だが、続きの言葉は発せられなかった。
「だー!埒があかねぇ!行くぞ!!」
「え?あ、ちょっと!」
これ以上あれこれ追求されても困るとばかりにエドはコウの手を引いて部屋を出ようとする。
乱暴に開けられたドアが軋むがそんな事はお構い無しだった。
扉をくぐる直前にコウはリザを振り向いて口を開く。
「…私は好きになった人がタイプだと思います」
バタンと言う音に掻き消されずに済んだその声は、確かに部屋の中の住人に聞こえていた。
リザは苦笑と共に溜め息を落とす。
「鋼のは相変わらず挑発に乗りやすい子供だな」
「それをからかう大佐もあまり変わりません」
冷静な一言に返す言葉も無い彼だった。
「ごめん、ちょっと足速い」
「あ、悪い」
「耳、赤いね」
「ほっとけ!」
「身長のことなら気にしなくていいよ?」
「………聞いてたのかよ。ってか、さり気無く傷口に塩すり込んでくれるよな」
「…そう?本音なんだけどな…内面が好きになれたら十分だし」
「……………コウ、そろそろやめた方がいいよ。それ以上赤くなれないからね、こいつ」
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06.04.06