「一護!」
呼ばれた声に反応して、一護はクルリと振り向いた。
視界に入り込んだ、駆け寄ってくる幼馴染の姿に切ないデジャビュを抱く。
「…?どうしたの?変な顔が更に変になってるわよ?」
怪訝な顔で覗き込んでくるたつきに、一護は「うるせぇ」と一言返して再び歩き出した。
そんな彼を追って、彼女も小走りについてくる。
「ねぇ、今日織姫とか浅野とかと一緒にカラオケ行こうって言ってたんだけど…」
「パス」
「…だよね。わかった。じゃね」
そう言って、たつきはすぐに足の速度を落とした。
一護は「じゃあな」と短く返し、そのまま歩き去る。
見る見るうちに開いていく距離が彼と…そして、彼にあの表情を浮かべさせる彼女との距離のように感じた。
「………あんたはいつまで経っても一護の中に居座るんだね…紅…」
一護の背中を見送るたつきの眼差しは切なかった。
奇妙な違和感を覚えながらも、一護は考え事に頭を使いながら歩いていた。
「一護!」
覚えのある声に、一護は迷う事なく振り向いた。
その視界に映りこむのは幼馴染の姿。
長い栗色の髪を揺らし、彼女は振り向いた一護に頬を膨らませた。
「置いてくなんて酷いんじゃない?」
「あー…悪い。考え事してたらお前の事忘れてたな」
「尚更酷い!私って考え事とやらに負けるような存在だったの!?」
ショックを受けた!と言う風な反応を示す紅。
そんな彼女に苦笑を浮かべ、彼女が隣に立ったのを見計らって一護は再び歩き出す。
速度を紅にあわせれば、彼女は遅れる事なく隣を歩く。
そんな彼女を横目に見て、一護は先程までの違和感が完全に消え去っていることに気づいた。
慣れ親しんだと思っていた帰宅路は、彼女がこの位置にいて初めて「慣れ親しんだ」ものになるらしい。
今更ながらに気づいた事実に、彼は喉で笑い声を零す。
「何笑ってるの?気色悪いよ…」
「…気色悪いって何だよ」
一護のムッとした言葉に、紅はいたずら小僧のような笑みを浮かべて「事実でしょ?」と答えた。
首を傾げると言う仕草付きで。
「そういや、何でついてきてなかったんだ?」
「何でって…職員室に寄るって言ったでしょ?覚えてないの?」
彼女の言葉に一護は記憶の中を探る。
そう言えば、教室を出た時点で彼女がそんな事を言っていたような…気がしないこともない。
至極あやふやな記憶に一護が眉間の皺を深めたのを見て、紅はわざとらしくも溜め息を漏らす。
「この歳で痴呆だなんて…先が思いやられるね?」
「んなわけあるか」
「私、まだ結婚もしてないうちから介護するの嫌だよ」
若いのに…と話を発展させていく彼女を、手に持っている鞄をもぎ取る事で黙らせる。
一瞬何が起こったのかわからずに呆気に取られた紅だが、すぐに噛み付くように一護の持つ鞄に手を伸ばした。
「私の鞄!」
「誰も取らねぇっての」
「そう言う問題じゃない!人に持たせるのって嫌なの!」
紅が一護の右腕に手を伸ばせば左腕に。
左腕に回れば今度は右腕に逆戻り。
鞄がぐるぐると彼の左右に動くのと共に、紅も動くと言う何とも面白おかしい光景。
紅が取り返せなくて口を尖らせようとした頃、その鞄はぽすっと彼女の頭に乗せられた。
「ほらよ。膨れんなって」
「誰も膨れてないし」
ふいっと顔を逸らし、紅は自分の頭の上に乗せられている鞄を彼の手から取り返す。
二度と失態を犯すまいと、胸に抱きしめるようにして鞄を両腕で抱えこむ。
そんな彼女の仕草に一護は笑った。
そして、先程彼女の鞄を奪った地点から数メートルも進めていないことに気づき、再び一歩踏み出す。
「変な奴だな、お前も。普通持たせたがるもんじゃねぇの?」
「そんな普通なら是非とも枠外に位置づけて欲しいわね。やっぱり自分で持ちたいでしょ」
「安心できねぇから?」
自身の鞄を肩に担ぎながら一護は問う。
彼の質問に、紅は勢いよく首を横に振った。
「まさか。そう言う事じゃなくてさ…………何て言うのかなー…」
そう言って言葉を詰まらせ、頭を悩ませる紅。
どんな些細なことであっても必死で頭を悩ませ、自分の言葉を紡ぐ彼女。
そんな彼女だからこそ、こうして長年上手くやって来られたのだと思う。
少し傾いた日が照らす彼女の横顔を眺めながら、一護はそんな事を考えていた。
「そう、対等。持ってもらうって言うのはさ、確かに甘えてるんだと思うけど…対等じゃないと思うから」
「…そうか?」
「そうだよ。まぁ、本人がいいなら別に構わないとは思うけど…私は嫌だからね」
念を押すようにして、紅はそう言った。
その言葉に何だか笑いを誘われ、一護はまた笑う。
今の台詞のどこに笑う必要があるのか、と彼の隣で紅が頭を悩ませていた。
「そう言えば…いつの間に居なくなったの?」
不意に紅が尋ねると、一護は何の事かわからない様子で首を傾げる。
そんな彼に「さっきの…先に帰っちゃった話の続き」と教える辺り、まだ少し根に持っているようだ。
「いつの間にって…俺は普通に教室から昇降口まで歩いたぜ?」
「…って事は、階段の所だね。私はそこから曲がって職員室に歩いていったから」
どうやら二人が知らない間に別れたのは靴箱の隣にある階段の前らしい。
そこで、一護は直接靴箱へと向かい、紅はそこを左に曲がって職員室に赴いたと言うわけだ。
「何で二人とも気づかなかったのかな…一護なんて私が声をかけるまで気づいてくれなかったしね」
とは言え、紅自身も気づいたのは職員室に行って…。
更に担任の「今日は黒崎とは別で帰るのか?」と余計なお世話とも言える言葉を聞いてからなのだが。
正しく、どっちもどっちと言う言葉がピッタリだ。
「階段から職員室までの廊下で妙な違和感があったのよね。その正体には気づかなかったんだけど」
一護が居なかったからなんだね。
そう言って、紅は自分で納得したように数回頷くように頭を動かす。
彼女の言葉に一護が驚いたような表情を見せた。
その変化に気づいた紅が不思議そうに首を傾げる。
「どうかした?」
「いや……同じ事思ったんだと思ってな」
彼の返事に今度は紅が目を瞠った。
まさか彼がそんな事を感じた…いや、感じてくれたとは思わなかったのだ。
紅は嬉しそうに破顔し、少しだけ顔を俯かせた。
「…それがホントなら…私は、嬉しいけどね」
まるで伝染したように一護の頬に朱が走る。
あからさまに照れるあたりが彼の初々しさを強調しているといえよう。
彼がそんな反応を示している間に、紅は落ちついて来たらしく今度は悪戯めいた笑みを口元に浮かべる。
「ね、寂しかった?」
「…んなわけねぇだろ」
口ではそう言いながらも顔を逸らす辺り、どこまで本音か一目瞭然。
紅はクスクスと笑い、そして彼の顔から視線を逸らして言う。
「私は寂しかったよ。一護が居ないって気づいた時」
紅は、他にも用事があったらしい担任の話を早々に切り上げて、彼を追ってきたのだ。
担任には申し訳ない事をしたなと、明日一言謝っておくことを心の中で決める。
彼女の言葉が意外だったのか、一護は思わず彼女の方を向いてしまう。
絡まった視線に、紅は微笑んだ。
「これからは遅れないようにします!」
軽く手を上げての発言に、一護は呆気に取られたような表情で彼女を見つめた。
そんな視線に笑う紅。
「そうすればお互い寂しい思いしなくてもいいでしょ?変な違和感もないし…一石二鳥ってね」
「…あぁ、そうだな」
紅は片目を瞑ってウインクを一つ。
一護はそんな彼女の仕草に流されたように言葉を紡ぎ、それが終われば呆気を苦笑へと切り替えた。
同時に、何とも彼女らしい言葉だと思う。
「んじゃ、置いてかないように気をつける」
そう言って一護はポンポンと彼女の頭を撫でる。
照れたように、それでも嬉しそうにはにかんだ紅。
そして、いつの間にか足を止めていた二人は、示し合わせたように歩き出した。
振り向けば、当たり前に君が居る
Thank you 1,000,000 hit!!
06.01.09