薄暗い部屋の中。
コウは一人古ぼけたソファーに身を沈めていた。
その体勢のまま声を出すわけでもなく過ごしていれば、漸く部屋のドアノブが回る。
振り向いた先に居たのは少しばかり驚いた顔を浮かべるラストだった。

「おかえり、ラスト。お疲れ様」
「ただいま。…珍しいわね。コウが一人でいるなんて…」
「コウ、ただいま~」

ラストの後ろから転がるように室内に入り込んでくるグラトニー。
生まれたのは彼の方が早いはずだが、コウよりも幼く感じてしまうのはその言動ゆえの事だろう。
彼ににこりと笑って「おかえり」と返すと彼女はソファーから下りてラストの前に立った。

「ラスト」
「…どうしたの、改まって」
「お願いがあるんだ」












彼は床の心配をしたくなるような足取りで廊下を歩いていた。
とある部屋の前に着くと、躊躇う事なくそのドアを開く。
バンッと激しい音と共にそれは開かれた。

「ラスト!どう言う事だ!!」

ドアを閉めることすらも忘れ、エンヴィーはズカズカと部屋の中に入る。
そして中ほどのソファーに座ったラストに掴みかかる勢いで怒声を発した。
滅多に見られないほど怒りを露にする彼に、ラストは肩を竦める。

「何が?」
「コウの事だよ!わかってるんだろ!?」

彼の声にラストはやはりと言う風に溜め息を零した。
そして、足を組みなおして彼を見上げる。

「あの子が決めたことよ。私はただあの子の願いを聞いただけ」
「だからって…何で俺のパートナーから外すんだよ!」

コウが決めたことだから、と再び同じ事を繰り返すラスト。
彼女の返答に、エンヴィーは付近にあった本棚に拳を沈める。
力を加減される事のなかった本棚は見事に砕けた。
中の本がバラバラと零れ落ちるのを見ながらラストは再び溜め息を落す。

「何でコウが俺から離れたがるんだ!」
「…理由が聞きたければあの子に直接聞きなさい。私からは話さないわ」

その言葉にエンヴィーはラストを睨みつける。
見るものを竦ませるような眼光。
それ以上の問答をする気はないのか、彼はクルリと踵を返してドアの方へと歩いていく。
そんな彼の背に、ラストが口を開いた。

「怒るのは別に構わないけれど、大事な妹に怪我させれば許さないわよ」
「俺にとってもコウは妹だよ」

追ってきた声にそう返し、エンヴィーは足音荒く部屋を立ち去った。

「まったく…。妹だなんて思ったことは無いくせにね」

ラストの苦笑を見たものは誰もいなかった。











一人がこれ程心細い物だとは思わなかった。
自然と急くように足取りが早まる中、コウはそんな事を考える。
結局の所、自分は彼の隣に慣れすぎていたのだと自覚した。

「これで、良かったんだよね?」
「良いわけないでしょ」

突然の声にコウの肩が揺れる。
黒い髪を揺らして振り向けば、映ったのは自分以外の黒。
不機嫌と言うよりは明らかに怒っている様子のエンヴィーに、コウは不思議そうに首を傾げる。

「何か怒ってる…?」
「わからないの?」

質問に質問で返され、コウは再び疑問符を浮かべる。
そんな彼女の反応にエンヴィーが深い溜め息をつく。
そうでもしなければ彼女を怒鳴りつけそうなほどに、自身の内は煮えくり返っていたから。
離れることなど、許せるはずも無い。

「何で俺のパートナーから外れたの?」

直接的な言葉にコウは目を見開いた。
何故それに関して彼が怒るのかがわからない。

「だって………エンヴィー嫌だったんでしょ?」
「は?」
「最近僕が慣れてないからって殺しの仕事が入ってなかったから…何だかイライラしてるみたいだった。

僕の事を考えて仕事を選んでくれてるのは嬉しいけど…君が嫌がる事はしたくない」

コウの言葉に嘘偽りは見られない。
その答えに、今度はエンヴィーが軽く目を瞠った。

「つまらない仕事ばっかりだったからストレスが溜まってるんだと思ってたんだけど…違ったの?」
「…俺、そんな機嫌悪かった?」

エンヴィーが問いかければ彼女はこくりと頷く。

「ちょっと待って。って事は…コウが俺のパートナーから外せって頼んだのは…」
「君のためだよ。僕と一緒じゃなければエンヴィーももっと大掛かりな仕事が出来ると思ったから」

それが嫌だったのか?とコウは首を傾けた。
生まれてまだ一年経たない彼女は良くも悪くも純粋。
良かれと思って取った行動が結果として彼に怒りを与えるとは思わなかったようだ。

「………俺から離れたかった…んじゃないの?」
「は?それこそわけがわからないよ。何で僕が君から離れたいと思うのさ。一秒だって離れたくないのに」
「………………はは…」

コウの迷い無い言葉にエンヴィーは乾いた笑いを漏らした。
どうやら自分は意味のない心配をして、勝手に怒っていたらしい。
その答えに行き着くと、怒りが急速に冷めていくのを感じた。

「まったく…心配させないでよ…」
「心配?」
「俺から離れたがってるんだと思った。一瞬でも殺意すら湧いたよ」

手に入らないならば、その命を奪ってでも傍に。
そんな負の感情が一瞬でも彼女に向いてしまったことを激しく後悔した。
その考えを悟ったのか、コウはクスクスと笑う。

「君から離れたいといったその時は、殺してくれればいいよ。それを望んだ僕に生きる価値は無い」
「…そうだね。考えておくよ」
「ま、そんな事絶対にありえないけどね」

そう言ってコウはまた声を上げて笑う。
止めていた足を動かし、一歩また一歩と彼に近づく。
そしてその真正面に立つと、彼の頬に手を伸ばした。

「何で怒らせちゃったのかわからないけど…君だけは裏切らない。この命に誓って」
「俺も誓えるよ。コウを裏切らないって事だけは」

頬に落ちてきたキスを受け止め、コウははにかむように笑む。
そしてふと思い出したように彼を見上げた。

「これからは…少しはストレス発散出来る?」
「無理」

一秒も悩む事なく即答する彼。
コウは思わず間の抜けた表情で彼を見つめてしまった。
そんな彼女にクスクスと笑い、エンヴィーは言う。

「コウがいないと余計にイライラするから。元通りに俺のパートナーでいてよ」
「でも…」
「それに、俺殺しが出来ないからイラついてたわけじゃないよ」

いくら彼女と一緒の仕事とは言え、そればかり続くのはいただけない。
確かに簡単すぎたと言うものも関係しないとは言えないが…。
ただ、忙しかったと言う事がその原因だ。
それを説明するとコウは苦笑いを浮かべる。

「結局僕がした事は無意味だったって訳か…」

しかも無駄に怒らせちゃったし、とコウは言う。
そんな彼女の腕を引き、その身体を抱きしめながらエンヴィーは答えた。

「俺は改めて感じたよ。コウ無しじゃ駄目だね。お父様の言いつけさえ守れない」

彼女が離れると考えただけでもアレだけ不安定になれる自分。
彼女を失った時の自分など、考えられないほどだった。

「傍に居て。例え俺の為だとしても…離れないで」
「…わかった。ごめんね」

謝るコウに、その頭を撫でることで気にしていないと教える。
そしてその手を取って歩き出した。

「帰ろうか?明日からはまた忙しいしね」
「うん」

素直に頷いて自分に続く彼女に笑みを返し、エンヴィーは地面を蹴った。





言葉一つも君のため


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06.01.14