刹那で消え去った
80万Hit感謝企画

思い出を閉じ込めた一枚のそれ。
いつまでも色褪せる事のない一瞬を閉じ込めたそれに嫉妬するほど…
幼いつもりはないんだけどね?





ごろんと仰向けの状態で喉を仰け反らせる紅。
逆さまの視界に、何だか無造作にしまわれているそれが目に入った。

「あ」
「…どうかした?」
「これ何?」

ベッドに寝転がっていた紅。
彼女は、よっと身体を乗り出して本棚に整頓された本の上に置かれたバインダーを手に取った。
あと少しで終わるから、と言って課題を片付けていた蔵馬がシャープペンシルを片手に椅子を動かす。
彼の視界に、今しがた紅が取り出したと思しきそれが飛び込んでくる。

「アルバムの事?」
「あ、これアルバムなの?」

そう答えながら紅はそれを見つめる。
腕を伸ばしているのが辛くなってきたのか、クルリと身体を反転させるとうつ伏せの状態で肘をついた。
それを自分の前に置き、まだこちらを向いたままだった蔵馬を見上げる。

「見てもいい?」

恋人とは言え、踏み込んではならない場所はある。
同時に踏み込んで欲しくない部分も確かにあって…。
だからこそ、こうして相手を気遣う一言を紡ぐ事のできる優しさが愛しいと思う。

「別に構わないよ」

ふっと表情を緩めての返事に、紅の顔にも笑みが浮かんだ。
丈夫に作られた表紙を捲る姿はどこか楽しげで、意外な一面だなと蔵馬は思う。
数秒間そのページを楽しんだ後、ゆっくりした動作でそれを捲る。
そんな作業を繰り返す紅にふと笑みを零し、彼はさっさと課題を片付けるべく机へと向かった。












「……………か…」

彼女がアルバムを見始めてから数分後。
今の今まで貫いていた沈黙を、彼女自身が割いた。
丁度最後の問題の解答を書き終えた彼は彼女を振り向く。

「“か”?」

不自然に止められた声に蔵馬が首を傾げる。
そんな彼の声に後押しされたように、紅がその続きを紡いだ。

「可愛い…」
「……………!?」

蔵馬はポツリと紡がれた言葉に彼女の脇からそれを覗き込んだ。
そこにファイルされていたのは見紛う事なき自身の幼き日の姿。

「蔵馬の子供の頃って見たことないよね。何だか凄く新鮮…」

僅かに頬を赤らめて嬉しそうに語る紅に、蔵馬は軽い頭痛を覚える。
彼は一時期はまっていた風景写真のアルバムだと思ってOKしたのだが…。
よりによって子供時代の写真がファイルされてあるアルバムだったとは思わなかった。

「…そんな物見て嬉しい?」
「え?うん。だって…妖狐の時だって大人になってからでしょう?」


幼少時代と言うのは凄く短い。
況してや妖怪の彼らとなればそれはほんの一瞬に近いのだ。
その間に出逢えなかった事を悔やむつもりはない。
だが、こうして人としての子供姿を見て喜ばずに居られるほどそれに対する思いは小さかったわけではない。

「今ほど癖がないのね」

いつの間にかベッドの隣に座っていた彼の髪に指を通す。
妖狐のときのようなサラリとした銀糸ではないにしても、彼の髪はスッと彼女の指を毛先まで滑らせた。
もう片方の手元にある写真に写る彼の髪はまだ短く、そして癖も少ないようだ。

「蔵馬と出逢うのはいつだって成長してからね」

苦笑に似た笑みを零し、紅はペラリとページを捲った。
新に現れた写真に視線を落とし ―――

「………あ」
「………………………」

蔵馬が写っているわけでもないのに大事にファイルされた写真。
その中に写っていたのは微笑む少女の姿だった。












「…ごめん」

「あー」だの「うー」だの言葉にならない声を漏らす事数十秒。
暫く彷徨っていた視線を伏せ、彼はそう言った。
そんな彼の内心が手に取るようにわかる紅は、クスクスと笑う。

「何も謝らなくても…。別に咎めるつもりは更々ないわよ?恋愛は自由だし…」

自分に見せたことを後悔しているであろうその写真の挟まれたページを閉じる。
小学校と思しき年齢の時の恋を謝られても、こちらとしても反応に困る。
のだが、彼はそんな事は頭の隅にもないようだ。
寧ろ、彼のほうが困り果てていると言う様子。

「ごめん。俺が覚えてなかったから…覚えてたら、こんな…」

普段は見られない彼に、紅は「もういいのに」と思いながらも口を噤んだ。
結局、いくら止めたところで蔵馬が納得する事はないだろう。
全てを吐き出してからじゃないとこちらの言葉を聞き入れる事はないだろうから。
そんな思いで、紅は寝転がったまま彼を見つめる。
彼の様子を見ていれば、ざわついた心は刹那で凪を迎えた。
その瞳は優しく…責める色など全くなかったのだが、彼はそのことに気づいていない。
紅は楽しげに目を細め、彼の動向を見守った。










それから約一時間。
蔵馬にしては冷静さを取り戻すまでかなりの時間がかかったと言えよう。
浮気がばれた亭主のように慌てる彼は、紅から見れば実に新鮮だった。

「今は紅だけだから」

その言葉で締めくくられた彼の懺悔の時間も終わりを告げ、再度アルバム観賞へと戻っていた。
先程までベッドに寝転がっていた彼女も、今では蔵馬の隣に肩を並べて座っている。

「へぇ…綺麗ね」

例のアルバムよりも一回り小さいそれを手に、紅は呟いた。
そこにファイルされた写真はどれも風景の一瞬を写し取った物だ。

「紅は…アルバムとかは?」
「そうね。写真は…まぁ、あることにはあるけど…」

どこに行ったかしらね、と苦笑を浮かべる。
写真を思い出と共に残す、と言う考えを持つ女性は決して少なくはない。
元々そう言った事に拘らない彼女だとわかっているのだが、蔵馬は意外だった。

「数えられるほどしかない上に興味がないんだから…仕方がないでしょう?」

山の葉が色づく様子を納めた一枚に視線を落としながら紅が答えた。
今まで写真のような物に感動を覚えた事はない。
むしろ、その一瞬を残してしまうそれが嫌いだった。

「いつでも誰かを探している自分が写っているなんて…気に入らなかった」
「誰か…?」
「うん。もう見つけたからいいんだけどね」

そう言って紅は彼の肩に頭を乗せる。
彼女の言っていることを理解した蔵馬は微笑み、彼女を引き寄せた。

「…今度、一緒に行こうか」
「え?」
「その場所」

開いているページの写真はこの付近のようだ。
風景がいいと学校でよく聞く場所。
蔵馬は紅の手を取り、その指に唇を落としながら囁いた。

「俺と思い出を増やしませんか?」

取られた手を握り返し、紅は微笑んだ。



蔵馬には話していなかったことがある。
恐らく、彼自身は気づいていないだろう。
あの少女と共に写っていた写真の彼は ――― 誰か別の人物を探すような目をしていた事に。
そして今。
彼の優しい眼差しを見て、紅は思うのだ。
自惚れでなく、その穴を埋められるのは自分だけだと。
この眼が映すのが自分だけだとわかっている今、過去の事を責め立てる事など愚行以外の何物でもない。
彼自身には後ろめたい気持ちがあるようだが…。

「(これを伝えるのは…もう少し後でもいいかな。)」

今は珍しくうろたえていた彼を見れたと言う事だけを楽しんでおこう。



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05.10.24