揺れ動く感情の中
80万Hit感謝企画
束縛するつもりはないけれど。
でも、ほんの少しだけ機嫌が悪くなる事くらいは…仕方のないことでしょう?
活気に溢れた町だった。
人々が言葉を交わし、時に笑い…己の商品を褒めちぎる声がコウの耳に届く。
旅の中で幾度となく見てきた風景であった。
しかし ―――
「眉間に皺」
ふに、と触り心地の良い肉球がコウの眉間を押さえる。
突如視界に飛び込んできた黒い物体に、彼女はより一層その表情を歪めた。
「人の眉間に手をつかないの」
ぐいっと彼を持ち上げ、己の膝へと移す。
不本意ながらも移動させられた彼は嫌そうに前足を突っ張った。
猫の力でどう足掻こうが、コウにとってはさして障害とはならないのだが。
「そんな顔になったらどうすんのさ。僕、嫌だよ。眉間に皺のコウなんて」
「メラノスに関係ないでしょ。いいから大人しくしていなさい」
自分の気を引こうと動かしてくる前足を横へと払いのけ、コウはそう言った。
メラノスは彼女の様子に長い溜め息を落とし、その原因となっている人物への恨み言を心の中で唱える。
彼女の視線が固定されている彼を睨むが、それが本人に届くはずなどなかった。
コウたちが腰を落ち着けているテラスからは向こうの通りが良く見えている。
先程図書館の場所を聞いてくる、と言ってこの場を離れていった彼らは、そこにいた。
「あのさ、この町の図書館って…」
とある店先で花を揃えていた女性に、エドが控えめに声を掛ける。
両手に花を抱えた彼女は振り向くなり顔を輝かせた。
「あらまぁ!可愛いお客さん!!ほら、姉さん達も来てみなよ!」
「なぁに?って…ホント。随分素敵な子じゃないの」
店の奥から出てきたのは彼女よりも二つほど年齢が上かと思える女性二人。
目元や口元が若干似ているように感じる事から、彼女らは三人とも姉妹であることが推測される。
「ねぇ、可愛らしいお客さん。何をご所望?何でも揃えてるわよ?」
「や、あの…」
小さくて、可愛らしいとも聞こえる言葉なのだが…。
彼女らの勢いに押されているエドがそれに気づく事はなかった。
大人の女性に囲まれた状態で彼は頬を赤らめる。
普段は大人びた部分も見せる彼だが、こう言う所は実に初心に見えた。
「あ、あのさ…図書館への道を…」
「図書館?それならこの道をね」
「~~~~~っ!?」
背中の方から肩に手を添え、もう片方の手を通りの向こうへと移動させる。
それと同時に、彼の耳元で発せられた声に、声にならない声を上げて身を固くするエド。
何とも自分の魅せ方をよく知っている女性達だった。
「…道筋はわかった?何ならもう一度説明してあげるわよ?」
「い、いや!!わかった!!ありがとう!!」
ズザッとブーツを地面に擦らせながら彼は引き下がる。
そんなエドの行動にクスクスと笑い、彼女は彼に合わせるように倒していた上半身を起こす。
「アタシ達、夜に踊り子やってるのよ。この通りの酒場だから、見に来てね」
「待ってるわね、可愛らしいお客さん?」
一番年下らしき彼女がにこりと笑顔を浮かべて言った言葉にもう一人が続ける。
彼女らの言葉に曖昧な返事を返し、彼は逃げるように走り出した。
「こんな事ならアルの方に行けばよかったっ!!」
彼の行動の一部始終を見ている人物が居るとも知らずに。
賑やかな足音が近づいてくるのを聞きながら、コウはテーブルを濡らすグラスの中のストローを動かした。
カランと涼しげな音が響くが、今の季節には少しばかり寒々しく感じる。
「待たせたな!」
そんな声と共に、彼はコウの向かいの席へと腰を降ろす。
一瞬だけ彼を一瞥するが、彼女の視線は再び道行く人々へと戻された。
その様子にエドが首を傾げる。
そして、先程までアルが座っていた席に丸まっていたメラノスの首根っこを持ち上げた。
「…何するのさ」
「コウ、どうしたんだよ?」
「………僕の所為じゃない。…原因なら知ってるけど」
宙ぶらりんの状態で彼の目線の高さに合わされたメラノスは不機嫌に答えた。
周囲の人は少し肌寒い気温を避けて、殆どが店の中へと腰を落ち着けている。
テラスに他に人はいなかった。
「何だよ、その原因って」
「…その足りない頭で考えてみたらどうだい」
「足りな…っ!!」
絶句する彼の手から逃れるように、メラノスはその手に軽く爪を立てた。
緩んだ隙間からスルリと抜け落ちると、何食わぬ顔でコウの肩へと飛び乗る。
甘えるようにその頬に擦り寄った彼を撫で、コウは立ち上がった。
「図書館の場所はわかったのよね?じゃあ、私も適当に踊れる場所を探してくるわ」
そう言って彼女はエドが何かを告げる前にと席を立つ。
が、そう上手くはいかなかった。
「あ!それなら、さっき聞いたんだけどこの通りの…」
「何?」
先程聞いたことをコウに伝えようとしたエドだが、彼の言葉の途中で彼女の視線が彼を射抜いた。
その場が極寒の地であるかのような錯覚を起こす。
「…………………イエ、何でも…」
「そう。じゃあね」
ふいっと何の未練もなく視線を逸らすと、コウは長い髪を揺らして店の中を通って外へと出て行った。
その背中を見送りながら、エドは再度首を傾げる。
「…原因…俺?」
置いていったのがまずかったか?と思うが、それは彼女とて了承した事。
笑顔で見送ってくれたのだから、それが原因とは考え難い。
「………だー!!わっかんねぇ!!」
ガシガシと頭を掻き混ぜ、彼はテーブルに突っ伏した。
結局、アルが戻ってくるまで彼は頭を悩ませていたのである。
「踊りたい?別に構わねぇけど…嬢ちゃん、踊れるのか?」
「その辺はご心配なく」
「そうかい。じゃあ、好きに踊りな。…って言ってやりたいところだが…」
酒場の店主は言葉を濁した。
町の人から聞いた話を元に酒場へとやってきたコウ。
店主からの許可を貰おうと思っていたわけだが…あまり色好い返事とは言えない。
「無理?」
「いや…今日は丁度町の花屋の三姉妹が踊る日でなぁ…」
「花屋…?」
コウがそう呟くとほぼ同時に、店の戸が開いた。
自然とそちらに向けた視線の先には、先程の彼女らの姿。
「どうも、おじさん」
「今日もよろしくねー!」
「お世話になりますわ」
三種三様の挨拶と共に彼女らはカウンターへと進んできた。
店主は丁度いい所に!とコウを彼女らの前に押す。
「どうもこの子が踊りたいらしくてな、どうしようかと話してたんだ」
「この子が?」
彼女らの視線を一身に集めるコウだが、彼女は臆する事なく視線を返した。
好奇の目で見られることには慣れている。
「「「…ルデンタ?」」」
三人の声が綺麗に揃った事実にも驚くが、何より彼女らの紡いだ言葉。
目を見開くコウの行動は、彼女らの言葉を肯定していた。
「わお。ホントにルデンタ?」
「ご、ご存知なんですか…?」
「当然よ」
「踊り子をしている以上、その頂点とも言われる“時の踊り子”の存在を知らないわけはないでしょう?」
「逢えて光栄だわ」
そう言って手を差し出してくる彼女らと握手を交わし、コウはあまり例を見ない反応に苦笑した。
思っていた以上に、自分は有名になっていたらしい。
「ねぇねぇ!今日、踊りたいんでしょ?」
「あ、はい。出来れば…」
「それなら、私達と楽しまない?」
にっこりと笑って、彼女らの長女らしき女性がそう言った。
三人の奏でる音にあわせ、コウの着衣が舞う。
時折、スパイスとなるようなシャンッと言うブレスレットの音が響いた。
彼女らの一糸乱れぬ歌声に共鳴するようなコウの声。
今日出逢ったのが初めてとは思えないような存在感が、そこにあった。
一曲目が終わり、割れるような喝采を浴びる。
三姉妹のうち二人が舞台から降りてきた。
残る一人の歌が聞こえ始め、それに合わせるようにコウが足を踏み出す。
「あ、来てくれたんだ?」
照明を落とした店内の隅に居た金髪の彼に気づいた一人が、小声でそう話しかけてきた。
踊りに魅入っていたエドが我に帰ったように顔を上げる。
「何?あの子目当て?」
「あー…まぁ」
「で、お隣さんは?」
「俺の弟なんだ」
エドがそう言えば、彼の隣に座っていたアルはペコリと頭を下げる。
へぇ、と声を漏らしたが、彼女はそれ以上何も言わなかった。
「ルデンタってキミのお連れさん?」
「…ああ」
「ふぅん…。そっかそっか。だからねぇ…」
「な、なんだよ?」
ニヤニヤと笑う彼女にエドは問いかける。
彼女は笑って答えた。
「あの子、初めは嫌そうだったのよ。
初対面で嫌われるような事してないのにって思ってたんだけど…キミが関係してたのね」
「俺?」
「店の前…通り挟んで向こうのテラスでキミを待ってたでしょ、彼女」
「あぁ、そうだけど…」
それが何だ?とでも言いたげな視線を向けるエド。
早く続きが聞きたい彼に、彼女は肩を竦めた。
「ここまで言ってわかんないって…キミ、結構鈍感ね」
彼女の言葉に思わず声を荒らげそうになるエドだが、踊りの最中である事を思い出し口を噤む。
不満げに顔を逸らすことは忘れなかったが。
「アタシたちがキミに構うのが嫌だったんでしょ?可愛いヤキモチじゃないの」
「………ヤキ…モチ…?」
呟き終わるが早いか、エドの頬は赤く染まる。
照れるように口元を覆った彼は慌てて顔を逸らした。
アルの肩に居たメラノスが「漸く気づいたのか」と言うような視線を向けていた事など、もちろん知らない。
「さて、と。初心な子をからかうのはこれくらいにしておこうかな。出番だし」
楽しげにそう言うと、彼女は少しだけ乱れた髪を手櫛で整えた。
そして、舞台で待っている彼女らの元へと歩き出す。
「もう一曲だけ踊ったら、キミのお姫様を返すから。もうちょっとだけ待っててね」
後ろ手に手を振りながらそう言って、彼女は舞台へと上がった。
エドの反応は…きっと、彼女の予想通りだろう。
エドと話していた彼女が踊りの最中にコウと背中合わせになった。
「優しい眼で見てるわよ?羨ましいくらいに素敵な彼ね」
そんな彼女の言葉にコウの動きが一瞬だけ鈍る。
それを知っているのは彼女だけだったが。
「…お疲れ」
「あ…うん。ありがとう」
「「……………」」
「弟くん。あんな純情カップルに付き合いきれないと思うのは僕だけかい?」
「…何か…見てるこっちが照れてくるね…」
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05.10.23