奥深くに沈めたそれは
80万Hit感謝企画
「紅、悪い!ちょっと今日は行けそうもねぇ!!」
酷く焦った声が電話口の向こうから聞こえてきた。
どうしたの、と問われる時間すらも惜しそうな彼に、紅は苦笑を浮かべた。
「いいよ。この埋め合わせはしてもらうからね」
「あぁ、わかってる。じゃあな」
早々に切られた電話。
「折角色々と連れ回そうと思ってたんだけど…残念」
待受画面へと移ったそれをパタンと閉じ、ベッドの上へと放り投げた。
学校から帰ってきた紅はラフな服へと着替え、商店街を歩いていた。
本当ならば一護と遊びに行く約束をしていたのだが…急遽彼からキャンセルがあったのは数分前。
彼から予定を…しかもこんな直前に変えられる事は皆無に等しい。
「急いでたけど…何かあったのかな?」
暇になった放課後を母親から言いつけられた夕食の買出しへと充てながら紅は呟いた。
片手には本日の夕食の材料となるであろう食材の入った袋がある。
感謝すべきは、昼間のうちに殆どの買い物が済まされており、足らずを補うだけでよかったと言う事だろうか。
ふと、紅とすれ違った高校生二人組みの会話が彼女の耳に飛び込んできた。
「でさ、俺らよりも遥かにガタイのいい学生を運んで行ったんだ」
「マジかよ?この辺で詰襟って言えば…馬芝中じゃねぇ?」
「あぁ、多分な。んで、その男を捜してたのが派手なオレンジ色の髪の男でさー…」
ガタイのいい学生。オレンジ色の髪の男。
覚えのある単語に紅はピタリと足を止めた。
それに気づかず、高校生らは会話を楽しみながら歩いていく。
少しだけ悩んだ後、紅は顔を上げて口を開いた。
「…あの、そこの高校生のお兄さん方」
「え?」
彼らが振り向いた先に居たのは、年齢差など感じさせないような笑みだった。
「今の話…詳しく聞かせていただけませんか?」
「大事な幼馴染ほったらかしてこんな奴らとこんな所で放課後デート?」
背後からそこら辺に転がっていた木の板で殴ろうとしていた男が吹き飛んだ。
同時に聞こえてきた、女物の声。
肩を越えている栗色の髪をゴムで束ねながら、彼女はニッと口角を持ち上げた。
「…紅?」
「はいはい、紅さんの登場ですよ。あぁ、チャド無事?」
一つに括りあげた髪をピンッと背中へと払い、紅は椅子に縛られるチャドを見た。
殴られたようだが、特に酷い怪我もなかったようだ。
「何だァ?女は引っ込んでな」
そう言って絡んでくるのはいかにも、といった風貌の男だ。
着ている制服から考えて、同じ中学生だろう。
顔だけで判断するならば学生とは言えないのだが。
紅はそんな彼らに向かってにこりと微笑んだ。
「うちの友人がお世話になったようで」
「黒崎とチャドの事か?あぁ、まったくだぜ。おかげで仲間の男前が台無しじゃねぇか」
どこが男前だ。
そう問いたがる口を何とか自制し、紅はにこにこと笑みを絶やさない。
男を通した向こう側では一護とチャドが心なしか顔を引きつらせていた。
「ま、お前が変わりに相手してくれるなら話は別だけどなぁ?」
「ば…っ!!止めろ!!」
一護が言い終わるが早いか、紅は回転をかけながら男の頬を強かに打ちつけた。
綺麗な弧を描いて吹き飛んでいく男。
何やら面白いあだ名を彼の仲間が呼んだ。
それを見た一護が額を手で覆う。
「だから止めろって言ったのに…」
「相手のために止めるなんて酷いんじゃない?」
「…笑顔でぶっ飛ばすお前の方がよっぽど酷ぇよ」
「自分の大事なものを傷付けてくれたヤツに慈悲の心を持てるほど優しくないわ」
何とも彼女らしい答えに一護はふっと表情を緩めた。
殴られた頬は痛いが、それを感じない程の安心感。
トンと背中に感じる彼女の熱がどこか懐かしく感じた。
そう言えば最近は喧嘩に彼女を巻き込まないようにしていたな、と一護は頭の中で考える。
「やっちまえ!!」
ぶち切れた男らが二人にかかってくるまで、そう時間は要らなかった。
「あー…冷凍食品が…」
袋の中を見下ろしながら紅が残念そうな声を上げる。
先程から幾度となく活躍した右手は若干痛み、それをフラフラと揺らしながら溜め息を零した。
彼女の足元には伸された男共が転がっているが、そんな事を気にするような彼女ではない。
口元に滲んでいた血を拭い、一護が彼女の隣に立つ。
「買い物帰りだったのか?」
「うん。急に出来た暇だったから」
「…悪い」
頬を掻きながら顔を逸らした彼。
隣ではチャドが苦笑を浮かべていた。
「いいよ、別に。誰かの為に必死になれるところ、好きだから」
愛の告白のような口調ではなく、すんなりと心に響く。
彼女が何でもない時に「好き」と言う言葉を紡ぐのは、その人格を褒めている時だと知っているから。
ふっと笑みを零した頃、一護は漸くチャドが縛られていた事を思い出す。
「あ、悪い!今解いてやるよ」
そう言ってみるが、彼の身体を縛り付けているのは頑丈なワイヤー。
以前彼が同じような手口で袋叩きにあったと聞いていたが…今回も同様らしい。
「何か、最近ワイヤー使う奴多いね」
「普通の縄だったら切れるからだろうな」
「あぁ、なるほど。……って、何のんびり答えてんの」
呆れた様な、それで居て彼の無事に安堵するような…。
そんな声だった。
苦戦する事数分、漸くチャドの身体は解放される。
「手…ひりひりする…」
ワイヤーを解こうと頑張っていた手は心なしか腫れ、赤くなっていた。
風を通せば少しでも楽になるかな、と紅は両手を揺らす。
「すまん…」
「ん?別にいいって。チャドにはいつも助けてもらってるからね」
その恩返し、と彼女は笑う。
紅は反動をつけて立ち上がると、ジーンズについた土埃を払った。
「さて、と…。一護の家にお邪魔してもいい?」
「別に構わねーけど…」
「手当、必要でしょ?」
語尾を濁した彼の言葉を読み取り、紅はそう言った。
確かに、二人は紅が参戦する前からの怪我が多い。
傍から見ている分には十分に痛々しい物だった。
「俺はいい。一護の手当をしてやってくれ」
「…了解。ちゃんと自分でしなよね?」
「あぁ、わかってる」
チャドはそう言って口元を持ち上げ、紅の頭に手を乗せる。
かなりの身長差の所為で彼女の頭はすっぽりと納まってしまう。
まるで子供のようだな、と思いながらも紅は微笑んだ。
若干危ない足取りながらも、チャドは家へと帰っていった。
その背中を見送ったあと紅と一護も帰路を歩みだす。
「言ってくれれば加勢したのに…」
一護の家で救急セットを借り、紅は彼の手当をしていた。
彼女が着いた時にはすでに数が半分になっていた事と、あんな連中にも女だからと言う躊躇いがあった事。
その両方が作用して、幸いな事に紅に怪我はなかった。
傷口に触れさせた消毒液が沁みるのか、一護は時折表情を歪ませる。
「そうだろうと思って言わなかった」
「…だろうね」
ボソッと呟かれた言葉に紅は苦笑を浮かべる。
彼が自分を巻き込まないようにしていた事はわかっていた。
護られている、といえる状況に何だかくすぐったいような感覚がこみ上げる。
しかし、同時に寂しさもあった。
「………悪かったな。今日は…急にキャンセルになっちまって」
偶然チャドが捕まったと言う事を耳にして、考える間もなく走り出していた。
途中で彼女との約束を思い出したから連絡を入れる事は出来たのだが。
それでも、彼女からすれば訳のわからない内容だっただろう。
「これが一護じゃなかったら浮気かな、とか考えるんだけど…」
「バ…っ!浮気なわけあるか!」
「でしょ?だから、別にいいってば。全然怒ってないよ」
手際よく彼の頬やら腕やらの傷の手当を進めていく。
これだけ頻繁に怪我をされていれば、この程度なら慣れてしまっている。
腕に巻いた包帯の端を始末すると、紅は救急セットを片付け始めた。
「…ホントに生傷絶えないね、一護は」
絆創膏やら包帯やらに包まれた一護を見下ろし、紅は呟く。
それらがチャドの為に飛び込んだ所為だと言うのだから…所謂、名誉の負傷と言う奴なのだろう。
それにしても…と紅は思う。
「相手が絡んでくるんだから仕方ねーだろ」
「それはそうなんだけどね。まぁ、一護は強いし…大丈夫だとは思うんだけど…」
やはり、心配なのは変わらなくて。
友人思いなのはいいことだが、少しは自身の事も考えてほしいと思う。
それは彼らしさを損なわせる事になるだろうから、口には出さないけれど。
「加勢に呼ばなくてもいいから…ちゃんと怪我したら教えて?」
自分の事を思ってくれるのは嬉しいが、やはり完璧に除け者扱いされるのは嫌だと思う。
せめて手当くらいは出来るから。
そんな思いを篭めて、紅はそう言った。
彼は苦笑を浮かべながらも、その言葉に頷きを返す。
「さて、手当も終わったし…私も帰るね」
家を出る時に羽織っていたコートを持ち上げ、紅は彼にそう言った。
それを聞いた途端に一護は立ち上がる。
派手な運動をした所為で心なしか関節が軋むのを誤魔化して。
「送ってく」
「…じゃ、お願いしようかな」
彼の怪我を思って少しだけ悩む素振りを見せた紅だったが、どうせ彼は引かないだろうと判断してそう答える。
一護は彼女の手から荷物を取り上げて、先に玄関の外へと向かった。
ごく自然な優しさにふと笑みを零し、紅もその後を追って夕日に染まる道へと足を踏み出す。
長く伸びた影を寄り添わせながら、二人はのんびりと歩き出した。
「…ま、他の女と浮気される事を考えれば…その心配がないって事は喜ぶべきなんだろうけど」
「………いつまでそのネタを引き摺る気だよ、お前…」
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05.10.22