ただ傍に在りたいと願う
80万Hit感謝企画
自分の背後には漆黒の髪を流した男。
そして、前の男も同じく漆黒の髪を長く流す男。
そんな状況下で、コウは只管笑い堪えていた。
ざわざわと騒がしい声によって、神田の意識は覚醒した。
普段安眠を妨害する彼女は、今日は任務だったはずだ。
だから今日こそはゆっくりと休めると思ったのに…。
不機嫌に眉を寄せ、彼はベッドから起き上がった。
スプリングがギシリと音を立てるのを聞き流し、そこから立ち上がる。
丁度その時、ドア一枚向こうの喧騒がより大きくなった。
「誰だよ…?」
寝起きの掠れた声でそう呟く。
パサッと視界に落ちてきた髪を後ろで束ね上げ、彼は椅子に掛けてあったコートを羽織った。
そのまま部屋を後にする。
少々乱暴にドアを閉じた所為で、部屋の外に掛けられたどこがいいのかわからない絵が揺れる。
廊下を進んでいけば、騒がしい方へと足が向いていることに気づいた。
原因が気にならないといえば嘘になる。
しかし、態々なけなしの野次馬根性を発揮するつもりなどなかったのだが。
そんな事を考えながらも、彼は足の向いた方だからと歩みを進めた。
「ちょ…ラビ!それはさすがに…。神田が来たら怒るよ?」
高く澄んだ声は一際聞き取りやすい。
それが自分の知っている声なら尚の事。
またアイツに安眠妨害されたのか…。
神田の表情がまた一段と険しくなった。
そして、彼は最後の角を曲がる。
「コウ」
「んー?」
「後ろ向いた方が良さそう」
目の前の彼が、自分の後方を指差してそう言った。
彼の姿形で和やかな表情を浮かべられると、この上なく調子が狂う。
そんな事を考えながら、コウは指さす方を振り向いた。
彼女が自分の行動に後悔するまで一分と必要ない。
「………や、神田。おはよ」
引きつった笑みを浮かべ、彼女は片手をあげた。
不機嫌きわまりない彼は眉間に深く皺を刻み、その身長差で彼女を見下ろす。
さすがに慣れているとは言え、コウも恐いものは恐い。
賞賛できるほどの素早さで彼女は先程神田の来訪を教えてくれた彼の背後へと回り込む。
それがより一層神田の不機嫌を煽ったなど…彼女が知る由もない。
「…何やってんだ、お前」
「あー…うん。………………浮気?」
今度はコメカミに青筋が走る。
「うわ!冗談!!冗談だからっ!!」
こんな時にからかうんじゃなかったと内心冷や汗をかきながら、コウは盾にしている彼のコートを引っ張った。
「ちょっと!どうすんの!?何かめちゃくちゃお怒りなんだけどっ!!」
「お、俺に言われても困るっ!第一、これはアクマの所為じゃん!?」
小声でヒソヒソと話す二人。
先程まで彼女らと共に騒いでいた団員は神田の登場をきっかけに、蜘蛛の子を散らすかのごとく逃げた。
結果、逃げ遅れた二人が貧乏くじを引くことになったと言うわけである。
「で、誰だよ?こいつ」
そう言いながら彼は六幻を抜刀し、その切っ先をコウの盾となっている彼の喉元へと向けた。
降参とばかりに両手を上げる彼。
「ちょ…ユウってば!こんなナリだけど、これラビ!!」
慌てた様子でコウが彼の後ろから飛び出してきて、神田の腕を脇へと退けた。
言葉の内容を聞き取ると、彼は静かに腕を下ろす。
ほっと安堵の息を漏らす二人を気遣うでもなく、彼は鋭い視線を向けてきた。
「説明しろ」
「あー…実は…」
そう言ってコウと…神田と瓜二つの容姿に変わってしまっているラビが顔を見合わせた。
コウとラビが揃っていれば、特に問題ない任務のはずだった。
無事イノセンスも保護し、後は総本部に帰るだけとなった、その時。
少し…ほんの少しだけ気を抜いた事から、アクマへの対応が遅れてしまったことがきっかけ。
「それが不運な事にレベル2のアクマだったんさ」
「そうそう。不運の重なりって言うの?そいつの能力が…脳内コピーみたいなわけのわからない奴で」
ラビが攻撃を受けた直後にアクマを破壊したコウ。
慌てて駆け寄った彼女を待っていたものは…。
「神田の姿になっちゃったラビだったってわけ」
と説明してコウはラビを指す。
ニカッと笑った彼。
本来の姿ならば、至極楽しげな笑顔だなぁで済んだのだが…。
ここで忘れてはならないのは、未だ彼が神田の姿から戻れていないと言う事である。
「笑うな!!気色悪いっ!!」
「っと!何すんさ!ユウって自分の事攻撃出来んの!?」
「俺の顔で妙な喋り方するな!!」
「げ…ちょ、タンマ!!今イノセンス使えねぇんだって!!」
六幻を構えだした神田に、ラビは顔を青くしてコウの後ろへと駆け込んだ。
先程とは立場が逆になってしまっている。
「とりあえず抑えて抑えて。元はといえばアクマの所為なんだからさ?」
宥めるようにコウがそう言うが、返って来るのは鬼も裸足で逃げ出しそうな眼差し。
肩で息をしながら乱暴に椅子へと腰を降ろした神田。
その脇に、コウらも座り込んだ。
神田二人と彼女、と言う何とも不思議な光景である。
一方は表情豊かな神田で、もう一方は烈火の如く怒りを内面に抑え込んだ彼。
戻ってしまわないうちに表情豊かな彼を写真か何かに収めたいと思うのだが…。
神田本人の前でそんな事を吐きでもすれば、容赦なく六幻が迫ってくるだろう。
「いつ戻るんだよ?」
漸く落ち着いたのか、彼は六幻を鞘に戻しながら問いかける。
気に入らない事に変わりはないらしく、出来るだけラビを視界に入れないようにしているようだ。
「コムイさんが今頑張ってくれてるから。…明日って言ってたよね?」
「うん。身体の方は異常ないから、放っておくのが一番だってさ」
ヒラヒラと手を振りながらラビは答える。
因みに、彼は初め自分の団服を身に付けていた。
だが…あまりにも似合わないと言う事で臨時のコートを着用している。
あの姿を本人に見られていれば、コウは本部の修復に二・三日潰される事となっただろう。
「戻っちゃうの、勿体無いよね…」
「コウ?」
「こんな表情豊かなユウ、二度とお目にかかれないじゃん」
「や、さすがにずっとこの状態だと俺も困る」
確かに話題としては至極面白いし、現状はかなり楽しんでいる。
だが、元に戻れないとなれば話は別だ。
それを告げれば、コウは今思い出したとばかりにポンと手を叩く。
「そっか。ラビが居なくなるのも困るね」
ふむ…と彼女は自身の顎に手をやって何やら思案する。
また突拍子もない事を考えそうだな、とラビと神田は溜め息をついた。
「よし!ラビ!!」
「はいはい?」
コウの行き成りの行動には慣れている。
ラビは驚いた様子も構えた様子もなく返事を返した。
そんな彼の腕を引いて立ち上がらせると、コウはニッと口角を持ち上げ、笑う。
「デートしよう!!」
「「は?」」
ラビと神田の声が綺麗に重なった。
そんな事お構い無しにコウは続ける。
「今のうちに色んなユウを見ておくことにするの!ほら、急いで~」
「お、おい!ちょっと待てっ!!」
「んじゃ、ユウは留守番よろしくね。そんな変な事はさせないから!」
「そう言う問題じゃねぇっ!!」
ぐっと親指を立てて言い切るコウに神田は声を荒らげる。
一方彼女に腕を引かれているラビはすでに諦めモードへと突入していた。
こうなった彼女が止まった例はないのだから、足掻くだけ無駄である。
さっさと走り出すコウにあわせて、ラビも同じく足の速度を上げた。
止める間もなく走り去った彼女らの背中を見送った神田。
暫くは唖然としていた彼だったが、ハッと我に返るととある場所へと足を急がせる。
「コムイ!!例の薬はまだ出来ないのか!?」
「例のって…あぁ、ラビくんの?」
呑気にコーヒーを啜るコムイに、神田は足取り荒く近づく。
「そうだよ!!これ以上あいつらを好き勝手させれるか!」
「…薬はもう渡してあるよ?」
「…………………は?」
「ラビくんが元に戻る為のでしょ?ちゃんとコウちゃんに渡してあるよ」
「……………………………………………」
「…で、満足した?」
「うん!はい、協力してくれてありがとね」
本部の外へとやってきた二人。
コウは満足げに笑顔を浮かべ、ラビに試験管に入ったそれを渡す。
それを飲み干すと、彼は苦笑いを浮かべた。
「しっかし…コウも好きだな。ユウをからかうの」
「こればっかりは止めらんないね!」
程なくして元の姿へと戻ったラビ。
その調子を確かめるように身体を動かす彼を、コウは笑いながら見ていた。
その時…。
「コウ ―――――――― ッ!!!」
「お、ユウ様がお怒り」
「あちゃー…めちゃくちゃ怒ってんな、アレは」
窓ガラスが揺れるほどの怒鳴り声は、外に居る彼らにも届いた。
見つかればただではすまないと言うのは火を見るよりも明らかだろう。
さっさと逃げる事を決めたのか、コウは指笛を鳴らした。
バサッと翼を羽ばたかせて彼女の元へとやってきたアズを撫で、彼女はラビを振り向く。
「んじゃ、逃げるわ。ラビはどうする?」
「俺は適当にやるって」
「そう?んじゃ、行こうか」
漆黒の彼に飛び乗り、コウは空へと舞い上がった。
暫くは適当に身を隠すかな…等と考えながら、彼女は彼から逃げるように飛んだ。
途中、窓から見えた神田に手を振る事も忘れずに。
Thank you 800,000 hits!!
05.10.21