He and she
60万Hit感謝企画

だだっ広い図書館の中、エド達は今日も目当ての資料がないかと館内を徘徊する。
コウも同じく彼らと共に本棚を見上げていた。

「戻るって言うんだから人体の構造…とかもかな」

独り言を呟きながら、コウはその本に手を伸ばす。




「…不親切な図書館ね…」

眉間に皺を寄せてコウが呟いた。
そんな彼女の声を聞きとめたのか、エドが隣の本棚から顔を覗かせる。

「どうかしたのか?」
「いやー…本がね。良さそうなのがあったんだけど…」

そう言って彼女は目当ての本の一段下に片手を付き、もう片方を伸ばす。
つま先で立っているのだが、それでも指を掠める程度の高さ。

「んー…」
「おいおい…危ないだろ、それは。今、踏み台を…」

エドがキョロ…と視線を巡らせたその時、コウの背後から手が伸びた。
その手は軽々と目当ての本を抜き取り、彼女の頭の上にポンと乗せる。

「目当てはそれでしょ?ついでに似たようなのも探してきたよ」
「メラ」

数冊の本を抱えたまま、メラノスはコウに微笑んだ。
成人男性の姿に変身した彼の身長は彼女と並んでも頭一つ分ほど高い。
ふと、彼はコウ越しにエドの方を向いた。

「――――― っ!」

勝ち誇ったような笑みに、エドの頭に血が上る。

「俺は向こうを探すからなっ!!」

図書館で話す音量ではないだろうと言う大きさで怒鳴ると、彼は本棚の向こうに消えていった。
立ち去る足音の大きさにコウは首を傾げる。

「…エド、どうしたのかしら?」
「……さぁ?」

まだまだガキだね、アイツも。
そんな事を思いながら、メラノスはエドの去った方に視線を向けるコウを見下ろした。












「兄さん…どうしたの?」
「…何でもねぇよ」

酷く苛立った様子の兄に、アルは静かに溜め息を漏らす。
長いテーブルが数台並ぶそこで、彼らは目星をつけた本を開いては手がかりとなる文章を探す。
しかし、いつもは周りの動向など全く気づかないで集中するエドが、今日ばかりは違った。

「ねぇ、アル。これはどうかしら?」

向かいに座るエドが本に視線を落としている事から、その隣に座るアルに相談を持ちかけるコウ。
その声も、いつもなら届かないのに…何故か彼女の声が異様なまでに耳に残る。
名もない感情が心の中で燻りを見せた。

「これは…そうだね。…うん。使えると思う」
「それはこっちの文章の説明として使われてるね」

アルの言葉に、メラノスのテノールが続く。
語り手としてもやっていけそうな声が、ただでさえ荒れているエドの心に波を立てた。

「ここと…この部分」
「あ、本当…」

椅子から立ったメラノスはコウの背後から本を覗き込む。
その部分を指で示していく彼らの距離は近い。

―― ガタンッ ――

椅子が大きな音を立てて後ろへと移動する。
一瞬しんと静まり返る館内だが、すぐにいつもの調子を取り戻した。
一方、目の前の彼の行き成りの行動にコウは首を傾げる。

「エド…?」
「向こうで探し物してくる」

そう言って心配そうに見上げる彼女を見ることもなく、エドは本棚へと戻って行った。
少しだけ悩んだコウだったが、すぐに立ち上がると彼の後を追う。

「…メラノス…あんまり兄さんをからかわないでよ」
「あれ、弟君の方は気づいたんだ?」
「アレだけあからさまだと誰でも気づくよ…」
「だろうね、うん。気づいていない鋼はガキだね」

先程までコウが座っていた椅子に腰掛け、彼は笑った。
そして、彼女の作業を引き継ぎながら口を開く。

「まだまだだよ。あんなすぐに熱くなるようなガキに…コウは任せられない」

小さく紡がれた言葉に、アルは再び溜め息を落すのだった。











「だから ――― コウには関係ない。もう向こうに戻ってろって」

先程から同じ問答を繰り返す二人。
初めの頃こそ潜めていた声は、次第にいつもの音量へと戻りつつあった。
それでも周囲に気づかれていないのは酷く奥まった場所の所為だろう。

「嫌」
「だーかーらーっ!」
「このまま立ち去ったら…エド、私の目を見ないでしょう?」
「っ!」

エドが息を呑む。
それに気づいたコウはゆっくりと彼に手を伸ばした。

「それにね、メラノスは……」
「頼むから!今だけはどこかへ…っ!!」

パシッと言う乾いた音と共に、コウの手が振り払われる。
その一瞬、エドとコウの視線が絡む。
悲しみと怯えの入り混じった眼を見て、エドは思わず口を噤んだ。

「…ごめん…誰だって一人になりたい時…あるよね」

何とかそれだけを紡ぎきると、コウはクルリと踵を返して走る。

「コウ…ッ!」

何故、あそこまで表情を歪めたのかがわからない。
ただその原因が自分にあると言う事だけは明白だった。
すでに姿のない彼女を追って、彼は長いテーブルの並ぶ場所を走る。

「そこのチビ。コウに何した?」
「チビじゃねぇ!!…どう言う事だ、メラノス」
「何したかって聞いてるんだよ。答えて」

いつもとは違った様子のメラノスに、エドは一瞬たじろぐ。

「…ただの八つ当たりだ…。コウの手を…振り払った」

彼の言葉を聞き、メラノスは盛大に溜め息をつく。
無言で椅子から立ち上がると、エドの前まで移動した。
顔を上げたエドの頬に、容赦ない拳が飛ぶ。

「何すんだよっ!!」
「コウにとって、振り払うって行為は何よりもしてはいけない事だ。

確かにお前を挑発したのは僕の方だけどね…ここまで馬鹿だとは思わなかったよ」
「え…?」
「過去のトラウマを無理やり引きずり出したんだ。それで許してやるからさっさと追え」

メラノスの言葉にエドは頬を押さえたまま立ちすくむ。
そんな彼を鋭く睨み、彼は再び声を上げた。

「お前が行かないなら僕が行く。どうするのさ」
「い、行くっ!」

慌ててそう答えると、エドは図書館から飛び出していく。
その数分後、メラノスとアルも二人を追うように図書館から放り出されるのだった。
館内はお静かに。











浅葱色の髪を流した背中を見つけると、エドはゆっくりと彼女に近づいた。
先程傷付けたばかりと言うだけに、どのように声を掛ければいいのかわからない。
言葉にならない声が零れ落ち、ただ時間だけが過ぎる。
その背中は泣いているように見えた。

「…えっと………ごめん」

小さい声でそう言う。
その声に反応するように、コウは振り向いた。
いつもの、とは言えない微笑みで彼女はエドを見つめる。

「謝る必要なんて…ないよ。私も配慮が足りなかったと思う」
「………」
「どうしたの?」
「…泣いて…るかと思った」

その言葉にコウはきょとんと目を見開く。
そして、苦笑と呼べる笑みに切り替えた。

「泣かないよ」

彼女の代わりに泣き出しそうな空を見上げ、コウは呟く。

「自分のためには泣かないって…決めてるから」

その信念を映す声色は凛としていた。

「…ごめん。俺…コウに八つ当たりしてた」
「うん。知ってる」
「………は?」
「だから、メラノスの行動にエドが苛立ってたの、知ってた」

彼女の言葉にエドはポカンと口を開けたまま立ち尽くす。
そんな彼を見てコウは堪えきれないといった様子で噴出す。

「何年メラと一緒にいると思ってるの?あの子がからかってる時の行動くらいすぐにわかるよ」
「………知ってたなら教えろよ…」
「教えようとしたらその声を遮ってくれたの、誰でしたっけ?」

がっくりと脱力したエドに向かって楽しげに言うコウ。
バツが悪そうに髪をガシガシと掻きながら「俺だな」と答えた。

「メラがふざけてる時には適当に流せばいいのに…」
「あー…努力する」
「ん。じゃあ、二人の所に戻ろうか」

エドの腕を引いてコウは半ば駆ける様にして図書館への道を進みだした。



「コウ~」
「メラノス、重い」
「…………………」
「忍耐が鍛えられそうだね、兄さん」




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05.08.25