Time goes by
60万Hit感謝企画

二人が離れていた間の『時』が戻る事はない。
俺には俺の、紅には紅の生活があると言う事はわかる。
わかっているけど ―――
もう少しくらい気にかけてくれてもいいと思いますよ?



次の授業の教科書を開き、蔵馬はぼんやりと窓の外に視線を向けた。
人間として教師の授業を受け、クラスメイトと言葉を交わす。
今までと何ら変わらない日常。

ふと、視線の先に次の授業の為に廊下を歩く生徒の姿を捉えた。
友人とふざけ合いながら歩く男子生徒や、お喋りに励む女子生徒。
その中に、大人しそうに歩く生徒を見つけた。
自然と蔵馬の口元が持ち上がる。

「…紅」

さすがに中庭を挟んだこの距離で、蔵馬の呟きが届くはずもない。
隣を歩く友人と思しき女子生徒の言葉に相槌を返し、微笑む。

「南野くん、ちょっと聞きたいんだけど…」

図々しくも掛けられた声に、蔵馬は彼女から視線を外す。
人当たりの良い笑みを浮かべて声の主へ声を返した。











「雪耶さん。彼のお呼びよ」

四時間目が終わって間もなく、紅は女子生徒からそう声を掛けられた。
机の中に仕舞おうとしていた教科書を手に首をドアの方へと向ければ、壁にもたれる彼が目に入る。
紅の視線に気づいたのか、蔵馬はふっと表情を緩めて片手を持ち上げた。
数人の女子の目が、彼の視線の先に居る紅に集まる。
嫉妬と羨望がむき出しにされたそれを感じ、紅は肩を竦めた。

「ありがとう」

取り次いでくれた彼女にそう言うと、紅は鞄に何冊かの教科書を放り込んでそれを手に席を立つ。
一言二言話し、彼らは並んで教室を後にした。







昼食の定番と言えば屋上だが、それはあくまで二人ともが賛同できれば、である。
紅と蔵馬が向かった先は職員室。

「失礼します。視聴覚室の鍵をお借りしてもよろしいですか?」

一声かけて部屋の中へ入った蔵馬は、近くにいた教師にそう言った。
二つ返事で鍵を受け取ると、彼はその足で紅を連れ立って視聴覚室へと移動する。

「相変わらず優等生です事」
「まぁね。教師受けはいいに越した事はない。こう言う時のために、ね」

一番上の階に上がり、奥まった廊下を進めば、目的の教室に辿り着いた。
慣れた手つきで鍵の束からそれを選び抜き、ドアを開いて紅を中へと通す。
入った後に鍵を閉めるのも忘れない。

「空気が篭ってるわね。窓開ける?」
「…いや、空調をつけようか。今日はあまり風がないし」
「了解」

荷物を机に載せてリモコンを操作しに壁へと近づく紅を見送り、蔵馬は椅子に腰を降ろす。
操作を悩んでいるのか、彼女の動きが一瞬止まる。
選ぶような仕草で指を動かし…どうやら目当てのそれを発見したようだ。
ピッと言う電子音と共に天井の空調が緩やかに動き出す。
それを見届け、紅は蔵馬の正面に座った。

「…何?」

ずっと視線を感じていたのか、紅は首を傾げながら蔵馬を見る。
彼は少しだけ笑って「別に」と応えた。
授業の間は離れていて、休憩時間に言葉を交わす。
昼食を共に済ませ、日が傾けば歩みを同じくして帰路へとつく。

これが最近の二人だった。












昼食を済ませると、紅は持ってきた教科書を開いた。
ノートに文字を書き連ねる姿を、蔵馬はまたぼんやりと眺める。
伏せがちに視線を落す目は自分を映していない。
言葉に出来ない感情が蔵馬の中を渦巻く。
不意に、耳にかけていた髪がサラリと彼女の頬に流れ落ちた。
蔵馬はその髪に手を伸ばす。

「…蔵馬?」
「何?」

自分の髪を梳く手に、問題に向かっていた紅が顔を上げた。
蔵馬は笑みを浮かべて彼女に答える。

「どうしたの?何だか嬉しそうね」

彼の表情を見た紅は不思議そうに首を傾げながらそう言った。

「紅が俺を見てるから、かな」

すいっと髪を指から抜き去ると、彼の手は紅の頬へと滑る。
肌理細やかな肌はその熱を蔵馬へと伝えた。
彼の言葉に、紅は驚いたように目を開き……やがて言葉を吐き出す。

「蔵馬……拗ねてるの?」
「…………………………は?」

予想外の答えに、今度は蔵馬が驚く。
思わずその手も止めてしまった。
彼の内心を知ってか知らずか、紅は続ける。

「だって…構ってあげなかった時の悠希と同じ表情だから。違った?」
「いや、使い魔と一緒にするのはどうかと思うけど…」
「んー…でもそっくりよ?」

苦笑に似た笑みを口元に刻み、紅は言う。

「…じゃあ“そうだ”って言ったらどうする?」

悪戯めいた笑みは蔵馬によく似合う。
そんな事を考えながら、紅は同じく微笑んだ。

「ご機嫌取りに勤しまなきゃいけないわね」
「へぇ…何してくれるの?」

蔵馬が首を傾げて紅の動向を見る。
挑発染みた表情を浮かべ、紅は椅子から立ち上がった。
長い机を回るようにして彼の隣に立つ。
見上げる視線と、見下ろす視線とがかち合った。
椅子に座る蔵馬の膝の間に片足の膝を乗せ、彼の頭を抱き寄せる。
優しい抱擁に、蔵馬はクッと口角を持ち上げながら目を閉じた。

「俺は子供じゃないんだけど?」
「嫌なら止めようか?」
「…大歓迎」

人の…紅限定だが、彼女の髪を梳く事はあっても、その逆は少ない。
髪が細い指をすり抜ける感覚は何とも言えず心地よかった。
何より、その安心できる腕に、心の中に渦巻いていた感情が解けていく。

「ねぇ、何が嫌だった?」

どれ位時間が経ったのだろうか。
不意に、紅が蔵馬の耳元で問う。
目を閉じたまま、彼は静かに答えた。

「交わる事のない時間に嫉妬したんだろうな…。君の過去、現在…未来。全てが欲しい」
「…時を戻す事は出来ないけど…。それでも、今とこれからなら」
「………あと、俺と一緒の時くらいは勉強しないで欲しいな」

ポツリと付け足すように言われた言葉に、紅は思わず吹き出した。
彼女の行動にムッとした様子で顔を上げる蔵馬。

「あれは…放課後の時間を取る為よ?課題を終わらせておかないと家でゆっくり出来ないでしょ」
「でも…」
「じゃあ、学校でのんびり過ごすのと、家でのんびり過ごすの…どっちがいいの?」

そう問いかけ、紅は見上げる蔵馬の唇に軽くキスを落す。
そしてこう続けるのだ「ここだと、これ以上望めないわね」と。
蔵馬の答えなど、決まっている。

「……………家、だな」
「でしょ?蔵馬も一緒に課題をしましょうよ。そうすれば早く終わるだろうし」
「わかった。明日からはそうしようか」

その答えに紅は嬉しそうに笑って頷く。
グラウンドからの声が耳を掠める中、二人はもう一度唇を合わせた。



「一つ気になってたんだけど…視聴覚室って生徒は単独の立ち入り禁止よね?」
「…優等生だからね。大丈夫。紅も成績は悪くないだろ?先生も何も言えないって」
「…………。(49位を取るように頑張ってるとは言えないなぁ…。)」
「?何か言いたい事でもあるの?」
「べ、別に…」




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05.08.24