それが日常
60万Hit感謝企画

トントンと靴のつま先を玄関の床で弾ませながら、紅はリビングの方を振り向く。

「じゃあ、行って来ます!」

ドア越しに母親が返事を返すのを聞き届け、彼女は玄関のドアを開いた。




「お待たせ」

門扉のところで待っていた彼に声を掛ける。
玄関のドアが開く音で気づいていたのか、彼はすでに顔を上げていた。

「構へんよ。彼女待つんは彼氏の特権やし?」

悪戯めいた笑みを浮かべてそう答えるのは氷帝の天才こと忍足侑士。
紅は嬉しそうに笑って彼の隣に並んだ。
彼女が定位置に納まると、侑士は操作していた携帯をポケットに押し込む。
その手を紅の方に差し出し、彼は笑う。

「ほな、行きましょうか?お姫さん」
「…ええ。王子さ…………っ…駄目!似合わないっ…!」
「……そこは演技でもええから“王子様”言うてほしいわ…」

侑士は苦笑を浮かべながらそう答え、行き場なく彷徨っていた紅の手を取る。
そしてそのまま歩き出した。

「……で。いつまで笑っとるつもりなんやろなぁ、紅さん?」
「あー…面白かった。楽しい時間をありがとう、侑士さん?」

呼吸を整えるように深く胸を上下させ、紅は口角を持ち上げて侑士を見る。
彼は肩を竦めた。

「楽しんでもらえたみたいで何よりですわ」
「だってさー…関西弁の王子様とかいたら是非とも見てみたいよね」
「………わからんで?世界中探せば関西弁な王子の一人や二人…」
「関西弁は日本だけだから世界中探すのは無駄が多すぎよ?」
「あ、確かに。せやったら関西弁の王子は無理か…」
「うん」

他愛ない会話は続く。
決して飽く事なく口を開いては、お互いの声に耳を傾けた。









「何を見るの?」

商品棚を一瞥しながら紅は侑士に問いかける。
二人は大型スポーツ用品店に居た。

「ラケットとシューズ。そろそろ新しいの用意しとかんとな。再来週から大会も始まるし」
「って言ってもレギュラーは暫く試合ないでしょ?」
「せやで。レギュラーばっかり試合に出とったら準レギュラーの可能性を潰してまうからな」

そう答えながら侑士はラケットの棚に向かって歩く。

侑士が目当ての物を選び終えると、二人は店内を歩き回った。
自身もテニスをする上にマネージャーを務める紅にとって、馴染み深い商品は多い。

「へぇ…こんなのあるんだ…」
「何や?面白いもんでもあった?」
「うん。やっぱり大型の店は違うね」

一日だって回れそう。と紅は笑う。
そんな彼女の表情を見て、侑士は思った。
紅は本当にテニスが好きなんやな、と。

「時間決めて別行動するか?」

彼としては気を利かせたつもりだった。
しかし彼女は考える間もなく否の答えを返す。

「見たいものがあるわけじゃないし。それに侑士と一緒にいたいから」

紅ははにかむように微笑む。
正しく感極まって、と言った表現が正しいだろう。
侑士は嬉しそうに彼女を抱き寄せる。

「うわ!この上ないバカップル。愛されてるなぁ、侑士!」
「「…………………」」

突如聞こえてきた声に侑士は面白いほどピタリと静止する。
紅にも覚えのある声だった。

「…何でこんなとこにおんねん」
「あ?俺らが居ちゃいけねぇのかよ?」
「すみませんっ!邪魔しないようにしようと思ったんですけど…」
「っつーかこんな所でいちゃついてる方が悪いだろーが…」
「あー…紅久しぶり~」

棚の向こうからゾロゾロと出てくる集団。
紅にも侑士にも十分見覚えのある彼らだった。
頬を引きつらせる侑士を横目に、紅は苦笑を浮かべている。

「買出しをサボったかと思えばデートかよ」
「初めから今日は休みやったやろ?」
「必要がある奴は参加だって言っただろうが」
「何が悲しゅうて男と買い物に行かなあかんねん。可愛い彼女との方がええに決まっとるやん」

跡部とのやり取りを見守る一行。
向日が紅の隣まで歩いてきた。

「あんな事言われてるけど照れねぇの?」
「…慣れって怖いわね」

今まで何度も経験したのでそれなりに免疫がついたらしい。
紅は苦笑を浮かべ、再び商品に目を落とした。

「おい、雪耶。止めなくていいのかよ?」
「放っておけば?店内だって気づけば勝手に止めるでしょ。ねぇ、これとあれ、どっちがいいと思う?」
「…俺はこっち」
「宍戸はこっちか…。ねー、ジローちゃんはどっち?」
「俺はこれ~」
「…重いって」

ポテンッと肩に頭を乗せながら答える芥川。
彼の体重で座り込みそうになっている紅を宍戸が横から引っ張り上げる。
苦笑交じりにお礼を言って、紅は自分の足で立ち上がった。

「…そう言えば日吉は?」
「“買う物はありませんからご遠慮させてもらいます”だそうですよ」
「彼らしいね」

因みに樺地は沈黙を保ったまま跡部の後ろについている。
彼は紅と目が合うと軽く頭を下げた。

「じゃ、これ両方とも買ってこようかな。

殴り合いになりそうだったら止めてね。出場停止にはなってほしくないから」

残った彼らにそう言うと、紅はさっさとレジへと向かう。











「なぁー侑士ー…」
「嫌やっちゅーねん!何で折角のデートやのにお前らと遊ばなあかんねん」
「折角の休みなんだから一緒に遊ぼうぜ!?紅も一緒に来いよ!」
「うーん…侑士に任せます」

ゾロゾロと団体で歩く姿はかなり目立つ。
人数も関係するが、何よりその容姿は目を惹いた。
周囲の視線を己の身に絡めたまま、全員が慣れた様子で歩く。

「…あれ?お前ってそんなに歩くのゆっくりだったっけ?」

数歩分後ろを歩く紅と侑士に気づいたのか、向日がそう問いかける。
そんな彼を一瞥した後、跡部は二人を振り向く。

「紅、今度悠希も連れて氷帝に来いよ。転入手続きをしといてやる」
「悠希が同意すれば考えるわ」

その答えに口角を上げると、彼は「行くぞ」と言って去っていく。
それぞれが別れの言葉を交わし、跡部を追っていった。

「やっぱり皆といると楽しそうだね、侑士」

彼らの背中が見えなくなると紅はそう言った。
驚いたように目を見開く彼だが、納得したように苦笑を浮かべる。

「紅とおんのも楽しいんやで?」
「うん。わかってるから大丈夫。楽しそうな侑士を見るのは嬉しいし」
「…おおきに」

赤みを帯び始めた太陽を背に、彼らは帰路へと付いた。





「なぁ、侑士ってあんなに足遅かったか?」
「…女の歩幅に合わせるのは当然だろうが。くだらねぇ事聞くなよ」
「激ダサだな、まったく…」
「あ、そっか。でも侑士がそんな細かい事考えてんのか?」
「それは失礼ですよ、先輩。それにしても…意外と紳士だったんですね、忍足先輩」
「……それも結構失礼だぞ」




Thank you 600,000 hits!!

Request [ 600,000hits Project|kana様 ]

05.08.12