君と私と、そして…
40万Hit感謝企画

追えば追うほど、開く距離。
孤独感に苛まれることも少なくはない。
けれど、見せるのは背中ばかりじゃなかった。

その笑顔に向かって、今―――




「父さんも行くの?」

黒髪の少年が玄関で待っていた。
用意を済ませ、二階から降りてきた成樹にそう声をかける。

「せやで。一緒に行かせてもらうわ」
「ふーん…母さーん、まだ?」

履き慣れた運動靴の紐を縛りながら少年、暁斗はリビングに居るであろう紅に声をかける。
もうすぐだと言う旨の返事が返って来ると、彼はネットに入ったボールを持って玄関を開ける。
それを追う様に成樹も車のキーを片手に外へ出た。
外からの風を受けて、金色の髪がふわりと揺れる。
日に透けて煌く金髪を下から見上げるようにして、暁斗はそれに目を奪われていた。
ふと、視線を感じたのか成樹の視線が彼の元へと降りる。

「いくら男前やからって見惚れやんとって」

そんな軽い言葉に、暁斗は「んなわけないだろっ!」と顔を逸らす。
図星だと言っているようなものだが、生憎暁斗は気づかない。
成樹は笑い出したいのを何とか抑えながらガレージへと向かう。

「何?えらく成樹がご機嫌ね」
「!?」

ビク!!と暁斗が飛び上がる。
後ろから声をかけた紅はそんな彼に様子に首を傾げる。

「そんなに驚かせた?」
「いや…。大丈夫だけど…準備終わったの?」
「ああ。急がないと時間が少なくなるからね」

にっこりと笑いながら玄関の鍵を閉める。
鍵を鞄の中に押し込むと、紅は手首にまいていたゴムを唇に銜える。
そして、慣れた手つきで自らの髪を結い上げ始めた。
サラリとした質感の髪は、絡まる事なく綺麗に結い上げられる。
暁斗と同じ色のそれが揺れ、やがて重力に従って彼女の背中へと落ち着く。
学生時代には綺麗な銀色へと染めていた髪は、暁斗を妊娠した時に染めるのをやめた。
我が子に影響があるから、などと思ったわけではない。
必要がなくなったのだ、と紅は言う。

「ほら、父さんが待ってるよ。早く乗りな」

ぼんやりと自分を眺めていた暁斗の背を押して後部座席へと誘うと、自分は助手席のドアを開く。

「運転しようか?」
「いや、ええよ。はよ乗りや」
「ありがと」

彼の答えに微笑むと、紅はシートに腰掛けてシートベルトを着用する。
後部座席で暁斗が落ち着いたのを見ると、成樹は車を出発させた。














「ほらほら、足元ばっかり見てると…」

紅の足が暁斗の足のすぐ脇を掠める。
慌てて足元のボールを守るように後方へと移動する暁斗。
死守できたそれにほっと息を吐こうとした、その時。

「周りの事忘れたらアカンって」

いとも簡単にボールは成樹によって掠め取られてしまった。
まず呆気に取られた暁斗だが、漸く事を理解すると悔しげに唸る。

「あー!!また取られたっ!!」
「修行が足らんなぁ」

口角を持ち上げながら成樹がそう言った。
ますます悔しがる暁斗に、紅はクスクスと笑う。

今や日本のサッカー界になくてはならない存在とも言える、成樹。
世界にすら認められている、紅。

この二人の間に生まれた暁斗の技術は目を瞠るようなものだった。
それでも、両親にはまだまだ背伸びしても届かない。
同じ道を歩む必要はないと言われて育ってきた暁斗だったが、それでも彼はサッカーを選んだ。
ゆくゆくは両親と同じ位置まで上り詰める為に、日々練習を重ねている。
最高のコーチを二人も抱えて。

「ちょっと休憩入れようか。暁斗、しっかり水分補給しなよ」

肩で息をしている暁斗を見かねて、紅がそう言い出した。
成樹の方も同意見であったらしく反論はない。
紅が持って来ていたドリンクを暁斗に渡した。

「ありがとう、母さん」

ベンチに座って紅手製のドリンクを喉に通す。
冷たいそれが身体に染み込んでいく感覚がなんとも心地よい。

「…さて、私達も身体を動かしますか」
「せやな。暁斗はもう少し休んどきや」
「身体が楽になったらいつでも入っておいでよ」
「わかった」

暁斗の返事を聞くと、成樹は足元で遊ばせていたボールを蹴り上げる。
二人が風のように走り出した。
フィールドを蹴って、二人が一つのそれを奪い合う。
いや、奪い合うなどと言う暴力的なものではない。
それは酷く目を惹き、そして何より綺麗に見えた。
暁斗は息をするのも忘れたように、二人のそれを見つめ続ける。

「凄い…」
素直に零れ落ちる言葉。
楽しげに笑いながら、二人は続けていた。





母さんに教わっている時は楽しい。
父さんに向かっていく時は面白い。
二人と共にサッカーをするのは、本当に気持ち良い。

なのに、どうしてこんなにも距離を感じるのだろうか。

二人に教われば教わるほど、二人との距離を痛感する。
それが悔しくて、密かに流した涙もあった。




「暁斗?」

不意に、紅が暁斗の名を呼んだ。
突如現実に引き戻された暁斗はハッとした表情を見せる。
彼女は成樹との勝負の合間に暁斗の様子がおかしい事を感じ取ったらしい。
成樹も、今はボールを止めて暁斗へと視線を向けている。

「どうかした?」
「な、何でもないよ!」

心配する母を安心させるように、慌てて頭を振る。
それは紅もわかっていたが、本人がそう思うならばそれ以上何も言わない。
ただ、彼に向かって手を差し伸べた。

「ほら、もう疲れも取れただろ?」

微笑みを浮かべて暁斗を呼ぶ紅。
その隣で、成樹が軽く手招きしていた。

「いつまでも休憩しとったら日が暮れてまうで?おいでや」

暁斗は弾ける様にベンチから立ち上がった。
そして、フィールドを駆ける。
距離は一歩、また一歩と縮まり、やがてゼロになった。
そのままの勢いでボールを奪おうとした暁斗。
だが、やはり成樹の技術の方が勝っていた。

「甘いで」

そんな一言と共に、ボールはヒラリと宙を舞う。
つんのめる様にして勢いを何とか殺す事に成功した暁斗。
再び成樹の足元にあるボールに食らいついた。

「こらこら、焦らずに周りをよく見なよ」

クスクスと笑いながら暁斗の背後からその肩に両手を乗せる。
背の低い彼のために腰を折ると、成樹の方を向きながら暁斗にアドバイスをしてやった。
暁斗は笑顔で頷く。

「入れ知恵か?」
「いえいえ。アドバイスですよ、成樹さん?」

にっこりと答えると、紅は二人の邪魔にならぬように後方へと下がる。
暁斗はもう一度駆け出した。
そのまま勢いを殺さず、強引に力でボールを奪おうとする。

「力では勝てんって」

そう言った成樹。
不意に、暁斗は自らの押す力を緩めた。
暁斗の押す力に合わせて自分も力を加えていた成樹。
その均衡が崩れ、僅かに体勢が崩れる。
ほんの一瞬の隙を、暁斗は見逃さなかった。

「取った!!!」

ボールは暁斗の足に納まり、彼は嬉しさのあまりにそれを放り出して紅の元へと駆ける。

「母さんっ!!取ったよ!!父さんに勝ったーっ!!」
「おめでとう。よく出来たな!」

笑顔で暁斗の頭を撫でる。
嬉しそうに跳ねる暁斗を見て、成樹は苦笑を浮かべた。

「まさかカザと同じ方法で来るとは思わんかったわ」
「やっぱり覚えてた?」
「忘れるかいな。俺の人生を変えた男やで?アイツの成長が始まった瞬間言うても間違いやあらへん」
「…だね」

嬉しそうに笑顔で駆け回る暁斗を見て、二人は笑みを浮かべる。
やがて自分たちを追い抜くかもしれない暁斗。
淡い期待と、そして限りない喜びがある。




父さんと母さんと…そして僕。
二人は同じ位置に居て、僕だけが離れた場所に居た。
その距離に孤独感を感じたこともある。
だけど、二人は簡単に手を差し伸べてくれるんだ。
それを目指して、一歩、また一歩。
進めば、きっと近づける。
二人は待ってくれてるから。


背中を追うのも悪くないけど…
やっぱりその笑顔に向かって走るのが一番だよね!

05.05.26