隣り合う存在を愛す
40万Hit感謝企画
「で、一日だけ預かる事になったんですか」
「ごめんね」
溜め息混じりに答える霧渡に、紅は申し訳なさそうに謝る。
彼女の隣には誰かを連想させる銀髪の少年の姿があった。
「……………何でこんな事になっちゃったんだか…」
先程まで、零番隊執務室は非常に賑やかだった。
今でこそ隊長である紅の一声でそれぞれ配置に戻ったもののその名残は残っている。
「暁斗くん、大丈夫?」
「何とか…」
部屋の片づけを手伝ってくれている少年、暁斗に紅が声をかけた。
床に散乱した書類を集め終えると、紅は漸く自分の席に戻る。
そんな時、漸く彼が執務室へ帰ってきた。
「副隊長霧渡、ただ今帰りました」
「三席樋渡も同じく。隊長お疲れ様です」
扉を開いてそう声を上げた二人に、紅は弾かれたように顔を上げる。
もっとも、紅が用があったのは片方だけだが。
「霧渡!!あなた一体何て説明してくれたの?さっきまで大変だったのよ!」
「あー…俺、何か言ったっけ?」
霧渡は頭を掻きながら樋渡に問う。
彼女は溜め息をつきながら「言いましたよ、思いっきり」などと肯定の意を示す。
「“執務室で隊長の子を預かってる”。そう雑談したのは副隊長でしょ…」
樋渡の口から告げられた内容に、紅は口角を引きつらせる。
長椅子に腰掛けて足を揺らしていた暁斗はそんな三人のやり取りを黙って見ていた。
「そういや言ったっけ…。だって説明するのも面倒ですし」
「面倒って…面白いの間違いでしょ…」
明らかに楽しげに細められる目を見て、紅は軽い頭痛を覚えていた。
そんな彼女の元に近づき、座る暁斗の頭を撫でる。
「それにしても…珍しい銀髪っすよね。白銀って言うんですかね」
頭を撫でられるのが心地よいのか、暁斗はご機嫌に目を閉じる。
そんな兄弟の様な二人を見て、紅は深い溜め息をついた。
「あなたの弟とでも言って置けばこんな事にならなかったのに…」
「無理ですよ。俺とこの子は似てませんから」
「私だって似てないわよ」
不貞腐れた感じで肘をつき、机の上の書類に目を通し始める紅。
彼女に暫く視線を向けていた樋渡が思い出したように手を叩いた。
「そういえば…先程十番隊の方にも喋ってましたよね、副隊長」
にっこりと笑顔で告げ口のような内容を話す樋渡。
彼女の言葉に、見惚れるような笑顔を浮かべる紅。
さすがの霧渡もこの時ばかりは顔を引きつらせた。
「――――で、こんな所にいやがるってワケか」
思いっきり眉を寄せてそう言う日番谷。
彼の表情には『迷惑』が前面に出ていた。
「助けてくれてもいいじゃない」
紅は答えながら出されたお茶を喉に通す。
「零番隊の事に俺を巻き込むな…」
「私も一応被害者って事でよろしく」
「連れて来るなよな、まったく」
怒っている風にも見えるが、実際は紅の行動と諦めているのだろう。
自分の部下であった頃もトラブルを持ち込んでくる人間だったのだ。
今更驚くことでもない。
「まぁ、いい。こいつの名前は?」
「雪耶暁斗。お母様の兄上のお子さん。用があるからって預かっていたらしいんだけど…」
「両親も用事が出来てお前に回ってきたって事か」
「今日だけだから大目に見てあげて」
そう微笑む紅に、日番谷は再び溜め息を漏らした。
そして彼女の連れて来た暁斗に視線を向ける。
双方の視線が絡む事数秒…
「噂に違わずそっくりですね」
行き成り乱菊の声が室内に響き、その場に居た三人が飛び上がる。
特に、日番谷の驚きようは酷かった。
彼の腰掛けていた椅子がガタンッと音を立てる。
「………帰ってたのか」
「ええ。ただ今帰りました。そんなに驚くことでもないでしょう?」
クスクスと笑いながら、乱菊が持って来ていた書類の束を机の上に載せる。
そんな彼女の方を向きながら紅が問う。
「“噂”…って何?」
「あぁ、知りませんでした?紅隊長の子供は実は隊長との子じゃないかって噂になってるんですよ」
「「……は?」」
本人らの声が重なる。
片方は不機嫌なまでに眉を寄せ、片方は呆気に取られた表情で。
それぞれの反応に再び笑いを含ませながら、乱菊は続ける。
「ほら、同じ銀髪でしょう?だからそんな噂が実しやかに流されてるんですよ」
「……って言うか、何で誰も疑わないの…」
「んー…二人とも仲がよろしいからでしょう?」
「いや、仲が良くても子供が生まれるにはそれなりに時間が必要でしょ…」
根本的なところに疑問を抱く紅。
普通の人間の心理としては当然の疑問であった。
しかし、それは乱菊の一言であっさりと崩されてしまう。
「それなら、“技術開発局が新に作り出した技術で”って事になってるらしいですよ」
「……………ひ、人の従兄弟を何だと思ってるのよ…」
噂が勝手に一人歩き…などと言う可愛らしい状況ではない。
紅は笑みを引きつらせた。
椅子に座ったまま聞いていた日番谷が、本日何度目かの溜め息を落す。
「それよりも…いいんですか?暁斗くん寝ちゃってますけど…」
乱菊の言葉に、二人の視線が暁斗の方を向く。
目線の先には長椅子に横になって寝息を立てる彼が居た。
「あらら。退屈だったのかな」
自分の事で手が一杯だった事ために、暁斗に構ってやる暇がなかった。
そんな自分に叱咤すると、彼女は彼の元に近づく。
長椅子の端に腰掛け、その銀色に輝く髪を梳いた。
「…じゃあ、ここで寝かせておくのも悪いから私の執務室に連れて帰るわ」
そう言うと、紅は立ち上がって死覇装の裾を払う。
そして、暁斗を抱き上げようと、その腕を伸ばした。
が、それよりも一瞬早く、彼の身体は横から伸びてきた腕に易々と抱き上げられてしまう。
「…冬獅郎?」
「行くぞ」
幼い暁斗を片腕で器用に抱き上げて歩き出す日番谷。
ハッとなって、紅も彼の後を追う。
日番谷の背中に乱菊からの声がかかった。
「隊長、仕事は?」
「終わった。後の分は帰ってから処理する」
「あ、乱菊さん!どうもお邪魔しました」
ペコッと頭を下げると、すでに廊下に出てしまっている日番谷を追った。
一人残された乱菊はクスクスと笑う。
「はっきり言わないあたりが隊長らしいですね」
何だかんだ言っても紅を大切にしている事は一目瞭然だった。
すでに処理済の書類を持ち上げてそれを捲りながら、乱菊はポツリと呟く。
「それにしても…アレを誰かに見られたらどうするつもりなのかしら…」
もちろん、彼女のそんな呟きは本人達には届かない。
「ありがとうね、冬獅郎」
彼の隣を歩きながら、紅は嬉しそうにそう言った。
いくら幼いとは言ってもやはりそれなりに体重もある。
十番隊の執務室からある程度離れている自分の執務室に連れて行くのは中々骨の折れる作業だっただろう。
「別に…」
「素直じゃないけど、優しいよね」
笑いを含めてそう言うと、日番谷から「うるせぇ」と声が返ってきた。
普段ならば何も考えずにその言葉を怒鳴る所なのだが…。
わざわざ音量を下げているのは暁斗を起こさないためだろう。
彼のささやかな心遣いに、紅は微笑む。
他愛ない雑談を交えながら、三人は執務室への道を歩んだ。
それを複数の人に見られているとは気づかずに。
「隊長たち…わざわざ自分たちの噂を肯定して歩いてきたんですか?」
今度は日番谷が紅の執務室で寛いでいた。
適当に書類を片付け、本棚の整理をしていた紅が霧渡の言葉に振り向く。
「何で?」
「執務室の前、人だかり出来てますよ?お二人で歩いてきたんでしょう?暁斗を連れて」
「うん。彼が暁斗くんを抱き上げてくれたから助かったわ」
嬉しそうにそう言う紅に、状況を把握した日番谷と元々わかっている霧渡が溜め息を漏らす。
「まぁ、そのうち興味が逸れて帰るわよ。放っておきましょう」
紅はそう言って再び書類整理に戻る。
数時間後には、執務室の外に居た人だかりも一人残らず持ち場に帰っていた。
紅が子供を連れていると言う噂を肯定したくない隊長や副隊長が動いたと言う話もあったが、
それの真実は闇に葬られたままである。
「ね、冬獅郎」
「ん?」
「冬獅郎の子ならこんな綺麗な髪になるのかな?」
「げほっ!!」
「……何を咽てるの?」
「お前………言ってる意味わかってんのかよ?」
「?普通に仮定の話をしてるだけじゃない…。何か変な事言った?」
「ほぉー…仮定…な」
「…な、何?その、何か企んでるような笑顔は」
「じゃあ、俺とお前の子なら銀髪の美人が生まれるんだよな?」
「―――――――― っ!?」
「おー、見事に真っ赤」
「そ…っ」
「“そ”?」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃないわよーっ!!!」
05.05.25