ふとした言の葉に枯れる心は
40万Hit感謝企画
※連載自体は原作沿いですが、今回のみアニメ設定と思ってください。
「あぁ、コウ。探したよ」
にこやかな笑顔を浮かべてそう言ったのは誰だったか。
いや…もちろんコウの知っている人物なのだが。
現実逃避くらいは許して欲しいと、彼女は心の中で密かに涙した。
いつものように時間前に出勤したコウ。
いつものように仕事をして、自分の休憩時間にはロイをからかって。
そうしていた彼女を、いつもとは違う出来事が待っていた。
「……何でこんな所に来てるんだ」
呆れたように額に指先を当てて呻くコウに、目の前の男は楽しげにニコニコと笑う。
「コウに用があったからに決まってるだろ?」
「じゃあ、さっさと用件を話して帰ってくれ」
「別にいいけどさ…これを言うと、多分怒るんだよな…」
一応は変身してきているから、男…エンヴィーは口調を変える。
それすらも嫌そうに、コウは不機嫌を隠そうともしなかった。
見目麗しい男が超有名なコウ・スフィリアを尋ねてきた。
噂は瞬く間に司令部内の隅々まで行き渡り、暇であるはずのない軍人が待合室に詰め掛けている。
すぐに自分の部屋に連れ込めばよかった―――コウが密かに後悔していたのは言うまでもない。
もっとも、それはそれであらぬ噂がたったことは間違いないのだが。
「ラースの面倒見ててよ。俺仕事だからさ」
「断る。今現在進行中で私だって仕事中だ」
「即答しなくてもいいだろ。あぁ、ちなみに連れて来たはいいけど、建物の中に入ってから逸れたんだ」
見る者を魅了するような綺麗な笑顔を浮かべてエンヴィーがそう言い放つ。
コウの表情が目に見えて固まった。
そして、引きつった笑みをはり付けてエンヴィーに詰め寄る。
「な…何でラースをこんな所に連れて来るんだよ!!」
「いやー…だって、俺も急に仕事頼まれてさー…。手のかかる子供じゃないんだし、面倒見ててよ」
「アイツは十分手のかかる子供だ!第一ここにはエドワードだって来るんだぞ!!」
「大丈夫だって。俺の仕事がおチビさんの監視だし。こっちには来ないよ」
「そう言う問題じゃねぇ!!」
声を潜めているために、二人以外にこの会話は聞こえない。
会話の断片だけでも聞き取ろうと、周囲の耳はすでにダンボ状態である。
そんな周囲の反応を見て、エンヴィーがニヤリと口の端を上げた。
彼の笑みに嫌な予感を覚えずにはいられないコウ。
そして、彼女は自分の直感が正しかった事を悟る。
「コウ。自分の子供の事なんだから…我儘言うんじゃないよ」
先程まで声を潜めていたのが嘘のようにはっきりと、その言葉を唇に乗せる。
笑みを引きつらせたまま固まったコウに、エンヴィーが再びにっこりと笑った。
「じゃ、仕事が終わったら二人を迎えに来るからね」
そう言って立ち上がるエンヴィー。
彼女に背を向けようとして、ふと思い出したようにポンッと手を叩く。
エンヴィーはソファーに深く腰を降ろして固まっているコウの前で腰を折ると―――
「――――――――っ!?」
「「「「「きゃあああああぁああっ!!!」」」」」
エンヴィーがコウの頬にキスを落すや否や、周囲の女性らが一斉に叫んだ。
「仕事、頑張ってね」
微笑みを残すとエンヴィーは去っていった。
彼と入れ替わりに、向こうの廊下からひょっこりと話題の彼が姿を見せる。
「あ、コウ!」
ラースはコウの姿を認めると、嬉しそうに駆けて来た。
その様子にコウは深い溜め息を落す。
「何処行ってたんだ?ラース」
「はは…よそ見してたら放って行かれた。今日はコウと一緒に居るように言われたよ?」
「あぁ、そうだな…。仕方ないし、私の部屋においで」
そう言うと、コウはラースの手を引いて歩き出した。
かなり若いが……親子に見えないこともない。
その場に居た全員の頭の中で
少年=先程の人物とコウの子供
と言う嬉しくない方程式が出来上がってしまった。
「前に迷子が来たときも大変だったけど…これはまた酷い有様だな」
コウはデスクの上に肩肘をついた状態で苦笑を浮かべる。
部屋の中のソファーではラースが大人しく本を読んでいた。
そんなラースが顔を上げてコウの方を向く。
彼女は数枚の手紙を手に、苦笑いを浮かべていた。
「どうかしたの?」
「ん?あぁ…どうにもお前の事を私の子だと思った人が多いみたいなんだよ」
さっきから幾度となく、書類の間に挟まれた事実関係を問う手紙を発見しているのだ。
さすがのコウも愛想笑いを浮かべていられる状況ではなくなっている。
ラースは彼女のデスクの脇に来ると、その手紙の内容を走り読みした。
そして叱られた子犬よろしく、しゅんと頭を垂れる。
「ごめん…」
「何でラースが謝るんだよ。別にお前は悪い事してないだろ?」
ラースの頭を撫でると、コウは持っていた手紙を適当にまとめてデスクの引き出しに押し込んだ。
その時、丁度ドアがノックされる。
「大佐、追加の書類です」
「…また?」
「…また、です」
げんなりとした様子でコウが手を差し出す。
レイから書類を受け取った拍子に、隙間に挟まれていた手紙がバサバサと落ちる。
一番床に近い(身長が低い)ラースがそれを拾い上げてコウに渡した。
「さんきゅ。っつってもいらないんだけどな…」
そう言いながらも、コウはラースからそれらを受け取る。
手紙と呼ぶにはあまりにお粗末な紙切れ。
それらにびっしりと敷き詰められた文字の羅列を目の当たりにし、コウは一際大きな溜め息を落す。
嫌々ながらもそれに目を通しているコウを見て、レイが思い出したように口を開いた。
「そう言えば…先程受け付けに人だかりができていましたよ」
「へぇー…それが何かあるのか?」
三枚目の手紙と四枚目の手紙を入れ替えながらコウが答える。
彼女の視線は依然として自分の手元に落とされたままだ。
すぐ脇においてあったコーヒーに手を伸ばしてその中身を啜る。
「何でも、スフィリア大佐の旦那様がお越しとか」
「げほっ!!」
「コウ!大丈夫!?」
ラースが慌てた様子でコウの背をさすった。
そんな彼の優しさに、頑張って浮かべた笑顔を見せると漸く顔を上げるコウ。
レイが困ったような表情を見せていた。
「“お迎え”がいらっしゃったようですね、大佐。今日はもうお帰りになってください」
「?」
「さすがはコウ。よく出来た部下を持ってるね」
突如開かれる扉と共に、聞きなれぬ声がコウの耳に届く。
ツアーコンダクターよろしく団体さんを引き連れた彼、エンヴィーはコウに微笑みかけた。
「……仕事は終わったのか?」
「うん。ラース、いい子にしてたか?」
コウのデスク前まで歩いてきたエンヴィーはラースの頭を撫でて問う。
ラースは頷いた。
惜しみなく笑顔を振りまくエンヴィー(中身だけ)に、後からついて来ていた女性らが頬を染め上げる。
「………ルシェリ中尉、これの提出を頼む」
「わかりました。お帰りですか?」
「あぁ、これでは仕事にならないからな」
無造作にソファーにかけてあった上着を取り上げると、エンヴィーの元へと近づくコウ。
普段から私服で仕事をしているコウは、着替えの時間を取る必要がない。
自分の元へと駆けて来るラースに微笑み返し、コウは顔を上げる。
そこには笑みを浮かべたエンヴィーがいた。
彼はコウの手を強く引くと、その肩に自分の腕を回して引き寄せる。
「悪いけど…俺の奥さんもらっていくね」
エンヴィーの声に、本日二度目の叫び声が司令部を震わせた。
「誰が奥さんだ、誰が」
「やだなぁ、ノリだよノリ」
「コウ…」
「…ラース…頼むから哀れむような視線を向けないでくれるか…」
後日、三人揃っている写真が司令部内で飛ぶように売れていたのはまた別の話である。
05.05.20