憩いのひととき

「紅ちゃ~ん」

零番隊執務室に間延びした声が響く。
名前を呼ばれた本人、紅は軽く溜め息を吐いてその人物を見た。
この人物が自分を「零番隊長」と呼ぶのではなく「紅」と呼ぶ時には大抵遊び心が込められている。

「今日は何を理由に飲むんですか?」
「お!さすがやな。ボクの考えもわかるようになってきた?」
「ええ、市丸さんがわざとわかるようにしてくれていますので」

にっこりとそう返す紅。
市丸は貼り付けたような笑みを崩さずに執務室内へと足を踏み入れる。

「今日は紅ちゃんが主役やねんから…連れて行かんと他の隊長さんに怒られてまうわ」
「…私が?」














「何で私が主役なんですか?」

殆ど隊の隊長、副隊長+αが集う中で紅はほぼ中央に座っていた。
もちろん彼女の意思は通らずに半ば無理やりに。
ちなみに総隊長は忙しい方なので必然的に不参加。
馴れ合いを好まぬ隊長も不参加で、飲みたいが故に集まったと言う隊長らもちらほら。
その面子を見れば、自ずとその参加理由も見えてくるようだった。

「そのピアスと今日の面子を見ればわかるんちゃう?」

そう言って市丸が指さしたのは紅の耳に光る小さめのピアス。

「…私の…誕生日ですか?」
「他に何があるんだ、馬鹿野郎」

隣で酒を傾けた日番谷が答える。
紅の手にもすでにお猪口が渡されている。
だが、それを使っている者はあまりに少ない。
酒瓶から呷る者が殆どだ。
特に更木の周りにはすでに数本の酒瓶が転がっている。

「…ありがとうございます…」

何とも個性豊かな面々が集まり、紅の誕生日と言うのはあくまで口実のようにも聞こえなくない。
それを理由に酒盛りに参加している者も居る事には居るのだが。

「気にするな。兄らはただ飲みたかっただけだ」

少し距離を取った所に座っていた白哉が静かにそう告げる。
紅の考えていた通りの言葉に、彼女は思わずクスクスと笑った。

「そうみたいですね。更木さんなんかはもう出来上がっちゃってますし」
「ああ。兄は酒に強いから…もっと飲むだろうな」
「かく言う白哉さんもかなり飲んでいるように見えますよ?」

紅が白哉の前の酒瓶を指差して言った。
確かに、更木ほどでないにしろ空が三本あれば誰でもそう思うだろう。
それくらいで彼が酔うなど想像も出来ないが。

「…未成年なのにいいのかなぁ…」
「……お前な…そんだけ飲んでから言う科白じゃねぇだろ…」

日番谷の呆れた様な視線を受けて、紅は「そう?」と首を傾けた。
彼の言う事は尤もである。

「紅ちゃーん!!お誕生日おめでと!注いであげる!!!」
「やちるさん。…じゃあ、お願いします」

ぴょーんっと背中に飛びついてきた彼女の笑顔を返すと、紅は空のお猪口を差し出した。
嬉しそうにニコニコと笑顔を振りまきながらやちるが徳利を傾ける。
彼女の頬は赤い。

「はい!どーぞ!!」
「ありがとう」

紅の唇がそれを離れるまで、やちるはニコニコとした笑みを彼女に向けていた。
向けていたのだが―――

「やちるさん!?」

急に倒れた。
彼女が床と仲良くなる前に、紅は持ち前の反射神経をフル活用して彼女の身体を抱きとめる。

「ちょ、やちるさん!?やちる!!」
「あー、やちるはダウンしたか。ほっとけ、紅。コイツは酒に弱いくせにすぐに飲みすぎるんだ」

どこから現れたんですか。
そう言いたくなるほどに突然。
突然更木は紅の隣に立っていた。

「世話かけたな」
「いえいえ」

紅の腕からやちるを持ち上げる。
抱き上げる、などと言う優しい受け取り方ではない。
子猫よろしく襟元を掴んで移動する運び方のどこが“優しい”などと言えるだろうか。

「…更木さんって思ったより世話焼きよね?」
「……本人に言ったら喜んで斬魄刀を抜いてくれるだろうぜ」

日番谷に向かってひっそりと告げた紅に、彼は溜め息混じりにそう答えた。















隊長らの体力は侮れないもので、数時間経過した今でもまだまだ彼らは余力を残していた。

「皆さん元気ですねぇ…」
「ここまで来ると体力馬鹿だな」
「冬獅郎も交ざってくれば?」
「遠慮する」

一言で切り捨てる彼にクスクスと笑う。

「雪耶隊長。おめでとうございます」

これで何度目かの祝いの言葉。
紅は飽きる事なくそれに満面の笑みと言葉を返していた。

「紅ちゃ~「雪耶隊長、おめでとうございます」」

間延びした声を遮るようにして、凛とした七緒の声が紅の耳に届く。

「ありがとう、七緒さん。今まで通りに名前で呼んでくださいよ」

冗談めかしにそう言うと、七緒は少し困ったような表情を見せる。
根が真面目なだけに、彼女は紅が隊長である故に言葉遣いを直したのだ。
紅が十番隊に居た頃はもう少し(彼女を基準としてだが)砕けた喋り方だった。

「…では、紅隊長でいいですか?」
「んー…その後のはいらない!…んだけど、今はそれで納得しておきます」

そう答えて、紅は彼女に笑みを向けた。
二人が和んだ頃、漸く言葉を遮られた人物が復活する。

「ちょっと、七緒ちゃん。酷くない?」
「さぁ?紅隊長に変な輩を近づけるわけにはいきませんから」
「変なって…。仮にも君の隊長なんだけど…。あぁ、紅ちゃん誕生日おめでとう」

少しだけいじけた様に肩を落とした後、すぐに表情を取り戻して紅を振り向く。
祝いの言葉を告げると、紅は嬉しそうに表情を緩めてお礼を述べた。

「あー…紅ちゃんはいつまで経っても可愛いねぇ」

どこぞの酔っ払いのような表情を見せた後、京楽は両腕を広げて紅に迫る。
だが、それは瞬く間に阻止された。
京楽の着物の裾を白哉が踏み、七緒がいつもの如く持っていた分厚い本を彼の頭に落す。
そして、紅は背後に居た日番谷によって保護されていた。
日番谷と七緒が阻止に入るのは予測できた事だが、白哉までそれに参加した事は驚きだ。
尤も、すぐに先ほどの場所へと戻ったが。

「ご迷惑をお掛けしました」
「はは…。でも嬉しかったです。ありがとう」

七緒の丁寧に頭を下げた後、紅に向かって僅かながら微笑みを見せ、京楽を引き摺ってその場を去った。

「冬獅郎もありがとう。急なことで驚いて…今一反応が遅れたわ。こんな事じゃ白哉さんに怒られちゃうね」

すでに自分の席へと戻っている白哉に視線を向けて苦笑を浮かべる。
そして、日番谷へと視線を戻した紅。

「気にすんな。それより、よかったな。皆に祝ってもらえて」
「…うん」

いつもより柔らかい笑顔を浮かべて、紅は答えた。
そんな彼女の笑顔に釣られるようにして日番谷も表情を緩める。





更に数時間後。
すでに一日の4分の1以上を飲み明かしている。
今虚に襲われたら一溜まりもない様な気はするが、そこは彼らとて腐っても隊長、酔っても隊長。
自分達でどうにかするだろう。
とは言え、現状を見ればその判断はどうにも危うい気がする。

「……なんで皆倒れてるの?」

言葉と共に紅が首を傾げる。
紅の視線の先には、すでに床と仲良くなっている面々。
むしろ起きている者の方が少ないくらいだ。

「失礼しま……す…。何ですか、この有様は」
「あ、霧渡。どうしたの?」

そんな時、丁度部屋へと足を踏み入れた霧渡。
状況を判断するなり、彼の眉間に皺が刻まれる。
ちなみに彼は静かな時間が好きな為に今回の宴には不参加であった。

「や、そろそろ戻って頂こうと呼びに来たんですけど…。隊長たち…ですよね?」
「ありがと。うん、本人たち。白哉さんなんかは酔う前に帰ったみたいだけど」
「…隊長は飲まなかったんですか?」
「まさか。こんな宴の席で飲めないほど子供じゃないよ」

ケロッとそう言ってのけた紅。
彼女は頬が上気しているわけでもなく、呂律が回っていないわけでもない。
むしろ至極正常な状態であった。

「………てめぇ…んで一人でそんなケロッとしてんだよ…」

隣で飲んでいた日番谷が唸る。

「んー…酒に酔ったことないんだよね」
「「…………………」」

翌日、宴に参加した殆どが頭痛や吐き気に悩まされていた。
むろん、紅はいつも通りに仕事を適度にこなしてはサボりを満喫していたのだった。

05.04.08