君と出会ったその日
『ねぇ、エンヴィーの誕生日はいつ?』
『…さぁ?明日かも知れないし、明後日かもしれない』
『わからないってこと?』
『そう言う事。ま、コウと初めて会った日なら覚えてるよ』
『それが知りたいんじゃないし…』
『…俺が覚えておく日はそれだけで十分』
『エンヴィー?』
『それ以外は必要ない。俺にとって意味があるのは…コウと会えたあの日だけだよ』
慣れた熱を求めるようにシーツの上を彷徨う指先。
眩しいほどの朝日を受けて、コウはゆっくりとその目を開いた。
ぼやける視界の中で、彼女は目当ての人物を探した。
だが、その人物を捉えることは出来ない。
早々にそれを諦めると、コウはふとさっきまで見ていた夢を思い出した。
「…久しぶりに見た…」
「何が?」
独り言で終えるはずだった言葉に返答が返って来る。
しかし、その声の主こそが自分の求めていた人物の者であるとわからぬ筈もない。
ベッドから下りようと端に腰掛けていたコウの背中に、求めていた熱がかぶさってきた。
同時に背中から腰にかけて、優しく腕が回ってくる。
「おはよ、エンヴィー」
「はい、おはよ。ねぇ、何が久しぶりなの?」
腕の中で見上げるコウに、朝の挨拶よろしく頬に軽いキスを落す。
嬉しそうに微笑む彼女に自分も笑みを返すと、その腕を緩める事なく問いを重ねる。
「夢見たの」
「夢、ね…」
もっと別の事だと思っていたのか、エンヴィーの肩の力が抜ける。
そんな彼にクスクスと笑って見せると、コウは完璧にエンヴィーへとしな垂れかかった。
甘えてくるコウが楽なように体勢を変えると、彼は再び口を開く。
だが、エンヴィーの唇が言葉を紡ぐ前にコウが話した。
「気になる?」
その表情を見る限りでは、コウにはエンヴィーの返事がわかっているのだろう。
「もちろん」
彼女の思惑通りに答えるのは癪なような気もしたが…コウの前ではすでにプライドなどと言うものは必要ない。
むしろ邪魔なのだ。
それに、今ここでお姫様の機嫌を損ねれば夢の内容を聞けないことは間違いない。
「素直だね」
「まぁね。んで、何なの?」
「君の夢だよ?まだ僕が生まれてそう経ってない頃の…」
「ふーん…」
「ほら、覚えてない?僕が誕生日について聞いたときの事だよ」
「………あぁ、アレね」
思い出すように視線を彷徨わせた後、エンヴィーは頷いた。
どうやらまだ記憶の引き出しに残っていたようだ。
「多分、昨日おチビさんに聞かれたことがきっかけになったんじゃないかな」
「へぇー…それは初耳。いつの間におチビさんと遊んだわけ?」
「あ」
特に焦った様子ではないコウ。
しかし、一応「バレた」と言うような声を発する。
「思ってもないような声を出さないの」
すぐに悟られたが。
「んー…実はね…」
エンヴィーの身体にもたれかかったまま、コウはのんびりとした口調で話し始めた。
時の流れは一日前へと戻る。
コウは珍しくエンヴィーと別の仕事についていた。
と言うよりも、彼に別の仕事が出来たと言う方が正しいだろうか。
コウの仕事は任された町の人柱となり得る者の監視。
そして、その町に居たのは小さな錬…失敬、鋼の錬金術師であった。
「まーたおチビさんの監視…?いい加減にしないとエンヴィーが怒るんだけどな…」
そう思いながらも仕事は仕事。
お父様の役に立つ為、とコウは渋々自らを納得させると、エドの後を追った。
そんな時、ふと店の窓に貼り付けてあったチラシがコウの目に入る。
「…『誕生日の方は2割引』…?」
そう書かれたチラシを一瞥すると、コウは呆れたように息を吐いた。
その時、チラシの中に見えるとあるモノに一時的に視線を奪われる。
だが、それに気づくなり軽く首を振って呟いた。
「…こんなの嘘ついてたってわからないじゃん」
「俺も同感だな」
零れ落ちた言葉にまさか賛同の声が上がるとは思ってもみない。
一瞬肩を揺らすコウだったが、背後に立つ人物が誰なのかと言うのは声で判断できた。
今は会うべきではない、むしろ会ってはならない人物。
ずっと背中を向けているわけにも行かず、コウは仕方なく身体を反転させた。
「よ!こんな所で会うとはなー」
「…ホントだね。こっちは会いたくなかったって言うのに」
後半の声はエドの耳には届かない。
わざとそうなるように音量を下げて話したからだ。
「んで?コウはこんな所で何やってたんだ?」
「………ま、ちょっとね。旅の途中で立ち寄っただけだよ」
言葉を濁したコウだったが、エドがそれについて深く追究することはなかった。
彼女の背後につけていた身体を隣へと躍らせると、コウが見ていたチラシに目を向ける。
そこには綺麗な石の入ったアクセサリー類の写真が載せられていた。
「へぇー…コウもこんなの興味あるんだな」
「まさか」
エドの言葉に即答すると、コウは軽く肩を竦めて見せる。
「じゃあ何で見てたんだ?」
「…別に。そのキャッチフレーズに呆れてただけだよ」
「ふーん…。なぁ、コウの誕生日っていつなんだ?」
不意にエドの視線がチラシからコウへと移る。
彼からの視線を受けて、コウは少し困ったように微笑んだ。
「明日…」
「明日!?」
「…かもしれないし、明後日かもしれない。僕、自分の生まれた日って知らないんだよね」
「あ、悪ぃ…」
コウが悲しげな表情を見せた所為で、エドは傷付けてしまったと思ったのだろう。
見るからに肩を落とした彼に内心口元を持ち上げつつ、コウは声をかけた。
「気にしなくていいよ。僕には誕生日よりも尊い日があるからね」
「誕生日よりも…尊い?」
「そ。あぁ、時間だからもう行くね」
誤魔化すようにして町中にあった時計を指差すと、コウはその場から歩き出した。
「お、おい!」
少し焦ったようなエドの声を背中で受け止めながら、彼女は町中へと姿を消した。
それを説明すると、エンヴィーは不機嫌ながらも納得したようだった。
「おチビさんなんか放っておけばいいのに」
「そうもいかないじゃん。一応は人柱だし…僕はあの子に好かれてるみたいだし」
「それが気に入らない」
きっぱりと答えたエンヴィーはそのままコウの肩に額を乗せて黙り込んでしまった。
顔を横に向ければ、視界に映る漆黒の髪。
だがその持ち主が顔を上げてくれる事はない。
軽く溜め息を漏らすと、コウは口を開いた。
「嬉しかったよ」
そう言い出せば、エンヴィーの頭が僅かに揺れる。
彼の耳に届いていることがわかると、コウはそのまま続けた。
「誕生日よりも僕と会えたその日の方がずっと大切だって言ってくれた…その言葉が」
腰に回されている腕に自分のそれを重ねながら、思い出すような口調で話す。
「君と会えた日が、僕にとって大切だって…尊いって思えるのは、君のおかげ」
そう言って微笑むと、コウは腕の中で身体を反転させた。
正面からエンヴィーに抱きつくと、再び口を開く。
「僕らにとって“誕生”は決して意味のあるモノじゃない。
だけど、君に会えたから………初めてその日に感謝したいと思った」
「…お父様に、ね」
「ん」
「さて…んじゃ、そろそろ起きようか?俺のお姫様」
おどける様にそう言うと、エンヴィーはコウの瞼に軽くキスを落す。
リップ音を立てて唇が離れると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「んで、一つ聞きたいんだけど…」
「何?」
「何を見てたの?そのチラシで気になる事があったんでしょ?」
「………なんでわかるかなぁ…」
「当たり前。俺を誰だと思ってんのさ」
「はいはい、エンヴィー様だね。んー…それ」
「……俺の眼がどうかしたの?」
「君のその眼と同じ色の宝石があったから…」
「…………………」
「エン?」
「……あー…もう…。可愛すぎっ!!ホントに好きだからねっ!」
「…僕も好きだよ」
05.04.06