人騒がせな一日
「紅…」
「わかってるわ。私もさすがにここまで酷いとは思わなかったんだけど…」
手塚の言葉に、紅は溜め息交じりに答えた。
彼らの頭痛の種となっているのは、外に居る溢れんばかりのギャラリーの存在だった。
土曜日を翌日に控えた放課後。
いつもならば部活の邪魔にならない程度のギャラリーなのだが、今日に限って酷く騒がしかった。
原因は今日の日付にある。
「明日は紅の誕生日だもんねー」
部室にかけてあるカレンダーを見ながら悠希が呟いた。
そう、今年は紅の誕生日が休日と被ってしまったのだ。
故に今日のうちにプレゼントを渡そうとする彼女のファンが集いに集って現状を引き起こしているのである。
当の本人もこれには苦笑を浮かべるしかない。
「部長直々に止められてるんだから…大人しく内職してなさいね、紅」
「了解です…」
本日数度目の溜め息が紅の口から零れ落ちた。
何故紅がここまでファンが集まるほど人気があるのかと言うと――
容姿端麗(サラリとした流れるような黒髪に綺麗な顔立ち。身長、体重共にモデル並み。)
頭脳明晰(生徒会長である手塚を完璧に補佐する副会長。成績もトップクラス。)
運動神経抜群(運動部からの勧誘は後を絶たない。その実力は一年生のときから有名である。)
おまけに性格もかなりいい(妹と弟を持っているために基本的に面倒見がいい。故に後輩からの支持が厚いのだ。)
などと言う理由で人気が人気を呼んでいったのだ。
もちろん勝手に紅を敵視する生徒(テニス部レギュラー陣のファンが大半)も少なくはないが、
彼女のファンによって一切手出しできないようになっている。
「国光、暇」
「我慢しろ」
「一言で切り捨てないで欲しいわ…」
部室内に軟禁状態の紅はすでに限界を訴えていた。
元々じっとしているのが嫌いなわけではない。
だが、他の人が動いている時に自分だけじっとしていると言うのは性格上耐えられないのだ。
今も部誌の整理をしてそれなりに身体を動かしてはいるのだが。
「外に出たい」
「外の騒ぎを何とか出来るなら出てもいいぞ」
「…アレを私に何とかしろと?」
整理する為に必要だった為に持ち込んだ机に雪崩れかかる様にして、手塚を睨む。
青学広しと言えど、手塚を睨む事のできる人物は紅くらいだろう。
「無理なら諦めろ」
「………やってみる」
そう告げると、紅はガタンッと音を立てて椅子から立ち上がった。
ベンチでオーダー表の確認をしている手塚の視線を受けながら部室の扉を開く。
―――そしてすぐに閉じた。
「…行かないのか?」
「国光は私を猛獣の檻に放り込むつもり?」
そう返すと、紅は溜め息を吐きつつ再び椅子に座る。
彼女が扉を開いた途端にギャラリーの視線が一気に彼女に集まったのだ。
どんな人間でもアレだけの視線を一気に集めれば扉を閉じたくなるだろう。
紅が諦めて部室内の仕事に精を出し始めて数分後。
ポケットに入れていた携帯がブルブルと震えだした。
「…紅…」
「ごめんごめん。今日は部室から出られないからいいかと思って」
そう答えながら折りたたみの携帯を片手で開く。
どうやらメールのようで、カチカチと操作していく。
その内容を見ると、紅が表情を柔らかくする。
「今日って何時に終わる?」
「いつも通りだな」
「そっか…。じゃあやっぱり無理だね」
少しだけ肩を竦めると、そのメールに返信を打ち込み始めたようだ。
静かな部室にカチカチと言う音だけが響く。
だが、静かな時間は長くは続かない。
「紅ちゃん!!」
「菊丸、ドアは静かに開けろ」
バンッと勢いよく開いた扉に眉を寄せる手塚。
彼の言葉もお構い無しに、菊丸は部室内へと足を踏み入れて紅の正面に立つ。
一時打ち込んでいた手を止めて菊丸を見上げる紅。
その表情はいつになく真剣だった。
「英二?」
「お願い!悠希ちゃん止めて!!」
真剣だった表情は紙切れの如くどこかへ消え去ってしまった。
行き成り目の前で両手を合わせて頼み込まれた本人は目をぱちくりと開いて固まっている。
「…何があったの?」
「いやー…ギャラリーの多さに悠希ちゃんの機嫌の悪さが極限まで達しちゃったらしいんだよね」
今は大石とタカさんが何とか止めてる。
そう続けて頬を掻く菊丸。
紅は溜め息をついて立ち上がった。
送信しようとしていたメールを保存して閉じると、手塚の方を振り返る。
「私の親友を止めてくるわ。あの子がキレると手が付けられないから」
「…頼んだ」
身に覚えがあるのか、手塚はそう一言。
それを聞くなり、紅は部室を出て行った。
「紅!いい加減に練習にならないっ!!」
紅の姿を認めるなり、悠希は部員達を押し退けて彼女の元へと駆け寄った。
確かに、紅が部室から出てきただけでギャラリーが騒がしくなっている。
「んー…ごめんね」
「部員が全然集中できなくて駄目だって。帰らせれば?」
「それが出来れば苦労はしてないんだけどね。仕方ない…アレを使うか…」
苦笑を浮かべてそう答えながら、紅はギャラリーの集まるフェンスの外へと歩き出した。
一層騒がしくなるギャラリーに向かって何かを話しかける紅。
何を話しているのかはフェンスの中にいる部員達には聞こえなかった。
数分後、すっかり跡形もなく消え去ったギャラリーに驚きを隠せない部員達。
ニコニコと笑みを浮かべて紅がコート内へと戻ってきた。
「…何したの、あんた…」
「秘密」
「紅。お前はもう帰っていい」
不意に背中にそう声がかかった。
「何で?」
「全員を帰らせただけでも十分だ。明日の代わりにゆっくり休め」
「…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。ありがとう」
この時の部員の心は一つ。
(((((部長は雪耶に甘い…っ!!)))))
新事実発覚に喜ぶ部員達だった。
「何?凄く嬉しそうじゃん」
着替えている紅の横でニヤニヤと笑みを浮かべる悠希。
「うん。実はね…今日は珍しく部活休みなんだって。明日はまた部活なんだけどね」
「うわー…ホントに珍しいね、あいつが部活休みにするなんて。じゃあ今からデートなんだ?」
悠希の問いかけに、紅は軽く頬を染めて頷いた。
その表情はとても嬉しそうで…
「…ゴチソウサマ」
そんな悠希の言葉も紅には届いていなかった。
05.04.04