キミのとなり

「成樹ー。今日の反省会はどこでやるんだ?」

紅の明るい声が控え室へと響く。
周りで帰る準備をしていたチームメイト達が苦笑を浮かべていた。

「お疲れ、紅」
「お疲れさん、竜也」
「紅、紅!俺も反省会一緒に…」
「あはは、また今度な誠二」
「まったく…疲れてんのによく反省会なんてしてられるね。それに今日の試合はこっちの圧勝だけど?」
「まー…勝っても色々と反省する点はあるんですよ、翼さん」
「気持ち悪い呼び方しないでよ、紅じゃないみたい」

それ以降も次々に部屋に入ってきた紅へと声がかかる。
それら一つ一つにしっかりと返事を返すと、紅は隅の方のロッカーの前に居た成樹の元へと歩いて行った。





「お疲れ」
「お疲れさん。紅はもう準備出来てるんか?」
「うん。ばっちりです」
「さよか、ほな終わらせてまうからちょっと待っといたって」
「了ー解。出来るだけ早く頼むわ」

ベンチに座った紅は間延びした返事を返す。
それを聞くと、成樹はシャワールームへと消えていった。
これ幸いとチームメイトが紅の元へと集う。

「な、何?」
「お前らって付き合ってるのか?」
「別に」
「じゃあ俺と」
「知佳に言いつけるぜ?」

にっこりと笑って鳴海の言葉を遮る紅。
ちなみに彼女とはインタビューを通して仲良くなった。
すごすごと引き下がる鳴海を楽しげに目を細めて見やる。
暇つぶしとばかりに紅に話しかけるメンバーは後を絶たず。
成樹がシャワーを終えた時には試合の話ですっかり盛り上がっていた。

「…自分ら何してるん?」
「あ、ようやく戻ってきたな」
「んじゃ、俺らも帰るか」
「あ~あ、いいとこだったのに」
「そんな事言ってると殴られるよ、結人」
「じゃ、お先」

元U-14メンバーに始まり、次々と部屋を出て帰路へと付く。
そんな中で、翼が紅に囁いた。

「例の言葉は明日に取って置くんだってさ。明日の打ち上げは絶対参加だからな」
「“例の言葉”?」
「んじゃ、二人ともお疲れ」

紅の問いかけには答えずに、翼も部屋を出て行った。
準備を終えた成樹が紅の隣に来て尋ねる。

「姫さん何言うとったん?」
「…さぁ?」
「…まぁ、ええわ。ほな、帰ろか」
「あぁ、うん。今日はお前ん家?」
「あかん?」
「別に。んじゃ、帰りますか」

机の上に置いてあった鍵を持ち上げると、二人は電気を消してその控え室を後にした。
















「コーヒーでええか?」
「ん、さんきゅ」

今回の試合が地元でのものだった事が幸いし、二人は成樹の家へと帰ってきた。
家と言っても藤村屋ではなく、まだ新しいマンションの一室。
慣れた足取りでキッチンへと向かう成樹の背中を見送ると、紅はそのままリビングへと足を運んだ。
すでに勝手知ったる、である。

「あー…疲れた」

ソファーまで歩み寄ると、紅は崩れるようにしてそこに座り込む。
クッションのいいそれは彼女の身体を心地よく包み込んだ。

「そらフルで出たらしんどいやろ」

カップを二つ持った成樹がリビングへと入ってくる。
ソファーの背もたれに頭を預けたまま、紅は視線だけを彼の方へと向けた。

「まぁ、ね。ここ駄目だなー…。この部屋に入ると落ち着きすぎて疲れが一気にくるんだよ」
「おおきに」
「…褒めてないよ」
「落ち着いてくれるんやから嬉しいやん。ほい、コーヒー」
「ありがと」

カップを受け取ると、紅はゆっくりと上体を起こした。
成樹も向かいのソファーに腰を降ろす。
居心地のよい沈黙が二人を包んでいた。









「あ、忘れとったわ」
「?」

不意に成樹が声を上げた。
閉じていた目を開くと、紅は成樹の方を見やる。
紅が彼を視界に捉えたときには、すでに部屋へと歩いていく背中だった。
数分もしないうちにリビングへと戻ってきた成樹。

「紅」
「んー?」

成樹は紅を呼んだ後、時間をおかずに手の中にあったものを彼女へと放り投げた。
綺麗に弧を描いたそれは、計ったように紅の膝の上へと落ちる。

「何?」
「誕生日おめでとうさん」

紅の背後へと歩いていった成樹は、そのまま後ろからソファーの背に手をついた。
そんな成樹を見上げる紅。
促がすような仕草を見せた成樹に頷くと、紅は黙ってそれの封を開く。
手の平に向かって傾ければ、中から細身の指輪が転がり出てきた。

「…これって…。あのブランド?」
「せやで。紅が好きや言うてたシルバーアクセのブランド」
「でもこのデザイン見たことないんだけど…」
「特注品やし」

さも当たり前のように答えると、成樹は紅の手の平で光る指輪に手を伸ばした。
自然と抱き込まれるような形になる。

「左手貸して」

言われるままに左手を持ち上げる紅。
その手を拾うと、成樹はその薬指に指輪をはめた。

「すっげ…ピッタリ」
「当たり前やん。俺を誰やと思てるん?」

ニヤリと口の端を持ち上げる表情は、見るまでもなく頭の中に浮かぶ。
紅は解放された手を様々な方向に傾けて反射する光を楽しんでいた。
そして、後ろに居る成樹を見上げて微笑む。

「ありがとう」
「どういたしまして」

額に掠めるようなキスを送ると、成樹はソファーを回って紅の隣へと座った。












「それにしても…何で指輪?」
「えー?ちゃんと予約しときたいやん」

にっこりと笑って紅の手を持ち上げると、指輪の上に唇を当てる。
そんな彼の行動に笑みを深め、ストンと彼の肩に頭を乗せた。

「……どないしたん?」
「何でも?ちょっと甘えてみようと思っただけ」
「珍しいなぁ」
「ま、誕生日だしね」

05.04.01