もしもシリーズ
『双子の弟がいたら?』
「紅~」
「うげっ!」
軽く身体を慣らしていた紅の所に、後ろから突如衝撃が襲った。
思わず顔面から芝生と仲良くなりそうな所を何とか耐える。
そして、背中に飛びついてきた原因を睨みつけた。
「誠二…殺す気か?」
美人の凄みは中々恐い。
身をもって体験した藤代だった。
だが、彼が離れるよりも先にベリッと音がしそうな勢いで紅の背中から藤代が剥がされる。
紅が驚いて顔を上げれば、予想を裏切らぬ人物が其処にいた。
「暁斗?」
「俺以外に見えるなら医者に行って来い」
簡潔にそう答えながら藤代の頭を締め上げる暁斗の姿があった。
「や、見えないから。って…そろそろ誠二を放した方が…。凄く苦しそうなんだけど…」
「それより、お前は何をしてるんだ?」
「何って…休憩?」
「休憩は1時までって言うのを聞いてなかったのかよ…」
「あ、もう時間?………!?暁斗っ!誠二を放せってば!動かなくなってるよ!!」
「…忘れてた」
パッと手を放すと、藤代が地面に伏した。
全く罪悪感を受けていない暁斗に、紅は溜め息を漏らす。
「まったく…ちょっと遊んでるだけでしょーが」
「お前は油断しすぎ」
「…そう言うもん?」
「おら、さっさと練習に戻るぞ」
暁斗は紅の問いかけに答えず、藤代の首根っこを持って引き摺りながら歩き出した。
紅と暁斗は双子。
ちなみに紅の方が数時間早く生まれているので、一応姉と言う事になる。
「成樹!」
練習試合の最中、紅が成樹の方を向いて声を上げた。
反応するように成樹も地面を蹴る。
暁斗をマークしていたDFが成樹のマークの補助に回る。
それを見逃さずに、暁斗がフリーになっていた。
口角に笑みを浮かべると、ヒールでボールを後方へ送る紅。
その一連の動作の間、紅は一度も暁斗の方を向かなかった。
いとも簡単に通ってしまったパスに、相手チームが唖然と口を開く。
「ナイスパス!」
暁斗がゴール前までボールを運んでそのままシュート。
揺れるネットを見届けずに紅の元へと駆けて来る。
「さっすが紅!アシストばっちりだな!!」
「暁斗もナイスプレー!」
ハイタッチを交わす二人に、味方チームまでもが苦笑を浮かべる。
彼らに助けられているのも事実だが…。
やはり双子と言うのは眼に見えない何かで繋がっているらしい。
こう言う事は珍しいことではなく…むしろ当たり前だった。
紅は見なくても暁斗の動きや居場所をはっきりと把握し、暁斗も紅の行動を理解している。
お互いが分かり合っている所為か、それがチームの結果に大きく結びつくのだ。
この所紅と暁斗はゴールにボールを蹴れば点数を稼いでいる。
これは暁斗が代表チームに合流してからの事だった。
「紅~…俺あの時はフリーになれたんやけど…?」
「あーごめん。暁斗の方が動きやすそうだったから」
あっさりとそう答える。
紅は一度も暁斗の動きを見ていなかったのに、だ。
結果としては点数を稼げているのだから何の問題もない。
「よくわかってるよな~紅は」
後ろから紅を抱き込むようにして満足げに微笑む暁斗。
背中をとられている紅に暁斗の表情は伺えない。
だが…その表情は明らかに成樹を挑発している物であったとここに記しておこう。
「次の試合を始めるわよ!」
玲の声が休憩していたメンバーらに届く。
皆は重い腰を上げてフィールドに入っていった。
「紅、あなたの代わりに真田くんに入ってもらうわ。今回は休んでいなさい」
「あぁ、わかりました」
同じく皆と歩き出していた紅を玲が呼び止めた。
彼女の言葉に素直に頷くと、歩いてきていた一馬と二・三言葉を交わしてベンチへと戻ってくる。
「あらあら…暁斗が怒ってるわね」
玲が苦笑交じりに話すと、紅は暁斗の方を見た。
見るからに不貞腐れている辺りはまだまだ幼さが残る。
「あはは…私が抜けたから…ですよね?やっぱり」
「それ以外に考えられないわ。でも…あなたたち、驚くくらいプレースタイルが似ているわね」
「似ているなんてモンじゃなくて…同じでしょう?父さんもよく言ってますよ」
「そうね。さすがは双子…って所かしら」
始まりのホイッスルを聞きながら、二人は話を弾ませる。
「不思議なのは藤村くんと全く合わない事くらいね。紅にとっては最高のパートナーなのに…」
「あぁ、あれは暁斗の方がワザと合わさないようにしてるんですよ。何度も言ってるんですけど、聞かなくて…」
タオルを首にかけると、空いた指で頬を掻いた。
紅と同じプレースタイルが可能なのだから、紅と組みやすい成樹と暁斗が合わないはずがないのだ。
それを合わなくしているのは…暁斗の小さな独占欲であろう。
「暁斗!そっちに動くなっちゅーねんっ!」
「お前こそ向こうに行けよ!ここは俺の場所だろうが!」
「試合中に場所もクソもあるかい!」
「じゃあてめえが向こうに回れ!」
ボールを蹴りあいながらそんな事を叫ぶ二人。
相手チームが何度かボールを奪いに来るのだが、二人のスキルに敵うわけがない。
味方ですらもどう動けばいいのかと頭を悩ませている。
言い争いはどんどんヒートアップしていく一方だった。
「動きにくいんだよ!さっさと後ろでも守ってろよ!」
「俺はFWやねんから攻めなあかんやろが!」
「俺もFWだ!」
・
・
・
いつまでも続くそれに、紅が切れた。
「暁斗!真面目にやれ!」
「おう!」
「「「「「「「…………………」」」」」」」
紅の声に即答する暁斗。
返事と同時に、油断していたGKの足元からゴールネットを揺らした。
紅が怒鳴ってから十秒と経っていない。
誰もが呆れて言葉を失った。
「紅!ちゃんと入れたぜ!?」
「はいはい。さっさと勝ってこい」
犬の尾があったならばはち切れんばかりに振られているだろう。
そんな弟に紅ですらも苦笑いを浮かべずには入られなかった。
「暁斗ってシスコンやな…」
「あれは重度のシスコンだよな…」
「多分3年放っていかれた反動が来てるんだろうが…」
「反動でか過ぎやっちゅーねん」
「まぁ、何にせよ…」
「「「「触らぬ紅に暁斗なし。(訳:紅に関わらなければ暁斗の怒りを買うことはない)」」」」
これは紅たちが現役の間ずっと語り継がれたのだった。
05.02.23