もしもシリーズ
『男装せずにマネージャーをしていたら?』

「お前ら……根性無さ過ぎ」

トンッと軽くボールを蹴り上げて紅が呆れたような顔を見せた。
前にはゴロゴロと転がる屍の山……もとい部員の姿が。
ただ今無事なのと言えば…選抜に呼ばれるほどの彼らだけ。
再び溜め息をつくと、紅はドリンクを用意するべくボールをカゴに蹴りいれた。

「紅…えらいスパルタやなぁ」
「そう?」

ドリンクを作っている隣で一人勝手に休憩モードに入っている成樹。
もっとも、部員があんな様子では休憩にせざるを得ないのだが。
マネージャーにしておくのは勿体無い程の実力を持った紅。
そんな彼女に、水野が部員に教えてやってくれ、と言ったのが事の始まりだった。

「思ったより動けなかったね」

未だにグラウンドに直接転がったままの彼らを見て、紅が苦笑を浮かべる。
自分の父と言えば、この三倍の量は練習させるのだが…。

「ま、勝たなくていいなら私が手を出すまでもないんだけど…ね」
「勝つための努力くらいはしてもええやろ」
「私もそう思うけど……これじゃ全体練習が出来そうにないって言うか…」

成樹6割、紅4割と言った感じでドリンクを運んでくる。

「有希ー作ってきたよ」
「あ、お疲れさま。って…シゲも手伝ってくれたの?ありがとう」
「俺は運んだだけやで」

有希が部誌を書いている所までドリンクを持ってくると、ベンチの上にそれを置いた。
転がっていた屍も徐々に体力が戻ってきたらしく、起き上がっている者もしばしば。

「紅…あんたは疲れてないの?」
「……全然?」
「はぁー…さすがね」
「お褒めの言葉ありがとう。さて…皆ドリンク作ってきたよ!」

紅の声に、一斉にベンチへと群がる部員達。
とりあえずその勢いに身の危険を感じて…早々に避難する紅。
有希の方も巻き込まれないように避難済みだ。
手に持っていた四つのドリンクをまだまだ元気そうな彼らの元へと運ぶ。

「はい、ドリンク」
「あ、雪耶さんありがとう」
「どーいたしまして。カザはさすがだね。ばててないんだから。伊達に一人で練習してないか」
「そんな事ないよ!」
「照れなくても…。それは立派な武器だよ。っと、はい、たつと不破」

風祭にドリンクを渡して少し話し込んでいると、軽く練習を終えた水野と不破が帰ってきた。
彼らにも同じくドリンクを渡すと、そのまま彼らの傍に座る。
いや、座ろうとした。

「……………重い。退け」
「そんな言い方せんでもええやん。シゲちゃん寂しいわぁ」
「はいはい。仮にも私の親友を名乗るなら、その気色の悪い喋り方を早々に止める様に」

ズルズルと成樹を背負ったまま歩き出す紅。
サッカー部を見ていた女子からの黄色い悲鳴が鼓膜を刺激するが…成樹はそんなものお構いなしである。
叫んでいる女子とて迂闊に彼女に手を出すことは出来ないのだ。
紅のファンクラブすらあるほどの人気振りなのだから。
男だったらどんなに…!嘆いている盲目的な女子のファンまでいる。

「…黄色い悲鳴ならまだしも…野太い悲鳴は聞きたくないからさっさと離れろ」
「…俺も同感やわ…アレは耳に残る…」

女子の悲鳴などこれだけ離れていれば可愛いものである。
紅のファンと言える男子からの悲鳴ははっきり言って聞きたくない。
成樹も同じ気持ちだったらしく…今度は簡単に離れてくれた。















「紅センパイ!このタオル使ってください!」

これはどう見ても可笑しい構図なのだが…桜上水中サッカー部ではしばしば見られる光景である。
一年生と見られる女子生徒が顔を赤くして差し出していたタオルを受け取る紅。

「ありがとう。使わせてもらうね」

にっこり。
そんな形容がピッタリな微笑みである。
脱兎の如く走り去った女子生徒。
これから彼女の友人は興奮冷めやらぬ様子の彼女を宥めるのに苦労するのだろう。

「…どう考えても納得できんわ」
「何が?」
「何で女の紅がそないにもてるん?部員の中には義理チョコしか貰えんような奴が溢れとんのに…」

それはそんな奴らに非常に失礼な言葉ではないだろうか。

「……顔?」

紅が首を傾げてそう答えた。
確かに顔は悪くない。
むしろかなりいい方に入るだろう。
元モデルの母親の容姿を大いに受け継いだものである。
成樹と並んでも劣らぬ長身に加えて十分な容姿。
とあれば同性とて憧れの的になるのは無理のない話だった。

「むしろ性格やんなぁ…」
「性格…。自分ではわからないもんだね、それは」
「将来はモデル希望とか?」
「んなわけあるか」
「やんなぁ」
「私の将来の夢は有希と同じく。女子の中の頂点目指してんだからね」

口の端をあげて笑みを残すと、紅は再びベンチの方へと戻っていった。














「有希、この分どうする?」
「あ、それ買い足ししないとね」
「そっか。んじゃ、今から買出し行ってくるね。マネ一人で平気?」
「このリストのを買ってきて欲しいんだけど…この量は持てないわよね」
「んー…アイツ連れてくから大丈夫」

有希が部誌に挟んであったメモ用紙を紅に渡す。
紅はその内容を一瞥すると、練習中の部員の方を向いた。
目的の金髪を見つけると彼を呼んだ。

「成樹!」
「何やー?買出しか?」
「そう。荷物持ちよろしく」

基礎練の最中だったのだが、成樹はいとも容易くそれを抜け出してきた。
水野は成樹の実力をわかっているだけに何も言わない。

「何買うてくんの?」
「これ」
「…えらいまた大量に…。ほな、さっさと行くで」

リストをポケットに突っ込むと、成樹は校門に向かって歩き出した。

「ん。じゃあ、行ってくるからよろしく」
「はいはい。そっちこそよろしくね」

有希の返事を聞くと、紅は先に歩き出していた成樹を追うように早足でその場を去っていった。

「相変わらず仲のいい事で」
「まったくだな」

基礎練を終えた水野が部誌を覗きにベンチへとやってきた。
見えなくなった二人の背中に有希が呟く。

「何でアレでくっつかないかなー…」
「お互いに一番丁度いい距離なんだろ?」
「親友って奴?」
「ああ。シゲの方は大満足って感じじゃないけどな」
「それはわかる。どっちかって言うと紅が今の関係を望んでるのよね。シゲが告白すれば円満解決だと思うけど…」
「いつも軽く受け流されてるな」
「そうなのよねー…」





「っくしゅん!」
「風邪か?」
「や、多分違うと思うけど…」
「ほな、誰かに噂されとんねやな」
「そーかもね。はい、次これ」
「………まだあるんかいな…」
「まだまだ。しっかり働けー。帰りにコーラ奢るから」
「しゃーないなぁ。その言葉忘れんといてや」
「…努力する」
「帰りは姫さんを家まで送ったるさかい」
「……誰が姫だ」

見ている周りすら思うほどにスッキリした関係な二人であった。

05.03.12