そのとき、彼らと彼らは

気に入っていたことは知っていた。
けれど、まさかこんな風にちゃんとした関係に落ち着くだなんて、誰が想像しただろうか。
ヴァリアーという組織、それを骨の髄まで理解している彼だからこそ、信じられなかった。

「あなたはそういうものに縛られたくないと思っていたわ、スクアーロ」
「―――…」

ルッスーリアの言葉に沈黙を返し、グラスの中の酒を呷る。
その言葉は尤もだと、自分だって十分に理解しているのだ。
それでも許した。
彼女を、紅を―――自分の隣に置くことを。
一般人である彼女が隣に並び立つことを。
向こうのソファーでベルフェゴールやマーモンと話をしている彼女の姿を眺める。
本当に、ただの一般人だ。
多少なりとも護身術は身に着けているにせよ、きっとこの建物内の誰よりも弱い。
わかっているのだ、ここに近付けるべきではないことくらいは。
それでも―――

「―――くそっ」
「(初恋かしら…色々ままならないって感じよねぇ…
………初恋かしら!?追求したいけど、今のスクアーロは沸点低そうだわ…)」

隣からの気色の悪い気配に気付かない程度には、スクアーロ自身も困惑していた。











「俺、スクアーロの“恋人”なんて初めてみた」
「…そう」
「どうやって落としたわけ?」

グラスを琥珀色の液体で満たされながら、矢継ぎ早に投げかけられる質問。
ヴァリアーの建物内に入ったのは初めての時を含めてもまだ二度目だ。
隣のベルフェゴールと顔を合わせたのも同じ回数であり、こんな風に酒を飲みかわす仲でもない、と思う。
酔い潰して聞き出そうとしているのか、ただ単に酒を飲ませたいだけなのか。
どちらにせよ、少なくとも紅に対して一定の興味と信用を持っていることだけは確かだった。

「それは僕も気になるところだね。商売女とは明らかに一線を画した関係を明確にしたわけだし」
「理由…ねぇ…」

すすめられたそれを一口、口に含む。
想像したよりも度数は低めで飲みやすかった。
一般人である紅に多少は配慮してくれたのかもしれないと結論付けた。
それを喉の奥に流し込みながら、彼らの質問の答えを探す。

「………」
「………」
「………」
「……………うん、秘密かな」

ここ数日と、彼と出会ってからの様々なやり取りを思い浮かべたけれど、明確な答えなど紅が知りたかった。
ただ一つだけ言えることがあるとするならば、それは。

「お互い我慢できなかった―――ってことかしら」

恐らくは、それが一番近い表現なのだろうと思う。

















ゆらゆらとした不安定な感覚に意識が覚醒した。

「…起きたか」

真上から聞こえた声には聞き覚えがある。
まるで水の中で聞いているようなおぼろげな感覚だが、その声の主を見上げるように重い瞼を持ち上げた。
サラリ―――相変わらず美しい銀髪が視界で揺れる。

「寝てろ。潰れるまで飲みやがって…」

呆れたような口調であるのに、その中に優しさを感じてしまうのは彼への好意が為せる業だろうか。
寝ていろと言われても、この時間が勿体ないと感じてしまって、思考がどんどん冴えてくる。
酒の力もあって眠りたいという身体と、起きていたいと思う心がせめぎ合っていた。

「…好きだなぁ…」
「…酔っ払いが」
「酔ってないわよ」
「酔っ払いの常套句だな」

そう言って取り合わないような振りをしながらも、その手に力が込められたことに気付いている。
歩幅をさらに大きくした彼がどこに向かっているのかはわからないけれど、この時間が続けばいいと思う。
イタリアを拠点とする彼と、日本に住む紅との間には遠すぎる距離の問題がいつだって横たわっている。
だからこそ、こうして顔を合わせて言葉を交わし、熱を共有できる時間の大切さを痛感するのだ。

「紅」
「…んー?」

抱えあげられている安心感と、酒の力と。
再び微睡み始めていた紅は、瞼を閉じたままスクアーロの声を聞く。

「寝るな」
「…寝てていいんじゃなかったの?」
「…起きてろ」

堪え切れずにくすくすと笑い声を零せば、彼の声はバツが悪そうな表情になった。
きっと、その顔は苦虫を噛んだようなものなのだろうと想像し、更なる笑いが零れる。
それを隠すように腕を伸ばし、すぐそこにいる彼の首に縋りつく。
そうして、近くなった耳元で唇を開き、囁くように告げた。

「…私が寝てしまうまでに連れて行って?」
「………てめぇ、後で覚えてろよ」
「…寝てしまわなかったらね」








「今日のスクアーロは一度も大声を出さなかったわね」

変わったわ、なんて笑いながら大きなジョッキを呷る。
楽しい話題をツマミに飲む酒の、美味いこと。

「そう言えばそうだね」
「あんな弱っちい一般人、殺したくなんねぇのかな」

解せない、と頭の後ろで腕を組むベルフェゴールには納得ができないのだろう。

「そりゃ、ベルとは違うんだから」

そして、更に言葉を続けようとしたところで、部屋のドアが開いた。
乱暴に開くその音だけで、誰が来たのかがわかってしまう。

「あ、ボス。スクアーロなら暫く留守よ」

間髪容れずに告げられたその言葉の真意を問うように、彼を一瞥するXANXUS。

「紅が来てるの。今、潰れた彼女を連れて部屋に戻ったわ」

邪魔しないであげてね、なんて、素面であれば冗談でも言えないようなことだ。
この場の空気に惑わされて、彼らもまた結構な量の酒を飲んでいることが窺える。

「―――別に奴に用はない」

彼を呼びつけるような真似をしないのは、本当に用がないのか、あるいは多少の慈悲が残っていたのか。
どちらとは判断できないけれど、少なくともXANXUSは紅を拒んではいない。
そのことに多少の疑問はあれど、それを尋ねられる者はいなかった。

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17.07.22