斜め上の展開に

「―――、…」

ふと、沈んでいた意識が、かすかに聞こえてきた声によって浮上する。

「……て、ありがとう」

別の声が聞こえた。
男の声だ、と覚醒しない頭が認識する。

「俺、先月転校してきたんだ。隣のクラスなんだけど…」
「そう、なんだ」

もう一人は女の声だった。
先ほど、流川の意識を持ち上げた声だ。
寝ているところを起こされて、不満を感じない、唯一の。
その声の主が“彼女”だと気付き、流川は瞼を開いた。
眩しい―――直接日差しが当たらない貯水タンクの陰ではあるけれど、晴天の空は寝起きの目には痛い。

「えっと、それで…ここに来てもらったのは、たぶん気付いてると思うけど…」
「………」

声の主である二人は、流川の動きに気付くわけでもなく話を進めていく。
むくりと身体を起こした流川が、声のする方を向いた。
彼女は何も言わなかったけれど、困っている表情を浮かべているのだろうと…なんとなく、そう感じる。









「俺、雪耶さんのことが好きなんだ。転校してきた翌日、君と会ってるんだけど…覚えてないかな?」
「…ごめんなさい」
「そっか、君は忙しそうだったし、仕方ないよ…うん」

彼女の「ごめんなさい」は、前半部分、告白に対する返事だったのだが、彼は気付かなかったようだ。

部活見学に行こうとして、校舎内を迷っていたところを紅に助けられたらしい。

照れたように少し顔を赤らめて話す彼。
転校生と言われれば、今の状況もある意味では納得できた。
彼はまだ、知らないのだろう。
性格は良さそうだし、人受けの良い表情の人だ。
友人もできているだろうけれど、こういう話をする友人ではなかったらしい。
尤も、男子はあまりこういう話をしないのかもしれないけれど。

「雪耶さん、普段から友達も多いみたいだし…早く動いておかないと駄目かと思って。…俺と、付き合ってほしい」

その言葉を、まるで他人事のような感覚で聞きながら、久しぶりだな、と思う。
紅が流川と付き合っている話は、校内だけでなく他校でも有名だ。
理由は、バスケの試合を通して校外にも彼のファンが多いから。
恋人のいる相手に告白するのは、玉砕する可能性が高い。
だからこそ、そこまで勇気を振り絞ってくる生徒は本当に少ないのだ。
ある意味、記念や諦めるためにと、伝えておきたかったと告白されることの方が多い。
付き合ってほしいと言われたのは、半年ぶりくらいかもしれない。

「…ごめんなさい、私…付き合っている人がいるの」

本気の想いは、正直に言うと、重い。
たとえ流川以上に素敵な人に告白されたとしても、彼じゃないなら選べない。
未来はどうかわからないけれど、少なくとも今の時点では紅の気持ちは彼にしか向いていないから。

「え、あ…そう、なんだ…」
「…うん。ごめんね。それから…ありがとう」
「ううん、こっちこそ、ごめん。
…誰と付き合ってるのか、聞いてもいい?と言ってもわからないかもしれないけど」

しつこく言い下がる様子はなく、彼の反応に少しだけ安堵した。
そうして、少しだけ悩んだ紅は、ちらりと貯水タンクの方に視線を向ける。

紅の予想が間違っていなければ、おそらく―――



















二人で並んで歩く帰り道。
部活で疲れた身体をのんびりと動かし、口数少なく進むのがいつもの光景だ。
しかし、今日ばかりはいつもの光景が少しだけ違っていた。
片方…流川は、見た目にはほとんど変わりはない。
違っていたのは、紅の方だ。
紅からぽつぽつと話題を振って、偶に流川が答える。
彼女からの声がなければ、二人の間の会話はないに等しい。
紅の頬が赤らんでいなかったなら、喧嘩をした二人の図だったかもしれない。

「…なんで、あんな…」

ぽつりと呟く声は、流川に対してのものではなかった。
けれど、この距離で隣を歩く彼に聞こえないほどのものではない。
ちらりと視線を向けた彼が、静かに口を開く。

「告白されてたお前が悪い」
「!」

流川からの返事を聞いて初めて、自分が声に出していたことに気付く。
先ほどよりも更に頬を赤くした彼女は、金魚のようにぱくぱくと空気を食んだ。

「だ、だからって…」
「いつもか?」
「え?」
「いつも告白されてんのか?」

流川の口調はいつもと何ら変わりはない。
質問の答えを探すように沈黙した紅は、やはり赤い顔のまま首を振った。

「私、心配されるほどもてる訳じゃないから。告白なんて、ほとんどないよ。それに…知ってる人が多いし」

決してもてないわけではないけれど、横恋慕するには、相手が悪い。
校内の生徒の多くの認識は、これに尽きる。

「彼は知らなかっただけ、だから…」
「…そうか」
「だから、あんなことまでする必要なんてなかったのに、もう…!」

思い出してしまうと、顔から火が出そうだ。
人として無理なことは重々承知だが、今なら出せる気がする。
それくらいに、顔が熱い。

「…それでもお前が悪い」
「どうしろと!?」
「告白されてんじゃねー」

普段であればここまで食って掛かる調子では話さない紅も、今日ばかりは強気だ。
羞恥心が普段の彼女を抑え込んでいるのだろう。

「次、呼び出されたら言え」
「…どうするつもり?」
「俺も行く」
「…もう、呼び出しには応じないことにする」

毎回あんな風にされたら、心臓がいくつあっても足りない。
最低限の相手に対する誠実さと、自分の羞恥心を天秤にかけ、そう決めた。
貯水タンクの陰にいたはずの彼が、あのシーンを見てどうしたのか。


それを知るのは、彼と彼女と、可哀想な男子生徒の三人だけだった。

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15.05.04