ともに歩き、ともに
長年“雲雀恭弥”の姉をしていると、色々なことに巻き込まれる非日常にも慣れてしまう。
ある程度の周期で届くそれに、紅は深く溜め息を吐き出した。
紅という人間を把握するために、深い手順など何一つ必要ない。
彼女は本名を隠すことなく並盛内の高校に通っているのだから。
靴箱に白い封筒。
学生であればドキリ、と心を動かすシチュエーションなのかもしれない。
しかし、彼女という人間がそれに心を動かすには、10年近くは遅すぎた。
「今日は出かける用事があったのに…」
封筒の中身に目を通し、やれやれと肩を落とす。
この文面から察するに、相手は複数―――さすがの彼女も、数分で帰宅とはいかないだろう。
「仕方ないか」
ポケットから取り出した携帯を開き、アドレス帳から目当ての連絡先を探す。
雲雀に連絡すれば、すぐにでも解決することだと知っている。
けれど、姉として、そして何より、風紀委員の創設者の矜持が、それを許さない。
いざ、その番号に電話をかけようとしたところで、画面が着信を表示した。
映し出されている名前は、今まさに連絡しようとしていたその相手に他ならない。
「…もしもし」
『あ、紅さん?』
「ちょうどよかったわ。実は、今日の約束なんだけど…少し都合が悪くて」
『え。校門前に来てるって言おうと思ったんだけど』
その言葉に二度、瞬きをする。
そして、生徒用玄関から辛うじて見える校門へと視線を向けると、小さな影が大きく手を振っていた。
彼女が見ていることに気付いたらしい。
こうなってしまえば、電話を続けるのは無意味だと判断して、ピッと通話を終え、靴を履きかえてそちらへと向かう。
「早かったのね」
「HRが短かったんで。…で?」
続きを促す彼、山本に、紅は無言で手紙を差し出した。
素早く目を通した彼に、理解した?と問う。
「さすがにすぐには片付かないと思うから、また後日でも構わないかしら。もちろん、無理にとは―――」
「や、別にすぐに片付けちまえばいいんじゃねーの?」
こともなげにそう答える彼の目の、なんと澄み切ったことか。
語る内容は物騒なのに、それを感じさせない彼の空気はすごいと思う。
二人の脇を通る生徒には、部屋の片付けか何かの会話に聞こえていることだろう。
「俺が手伝えばすぐだって」
「…部活できなくなるわよ」
「大丈夫。ばらさないから。紅さん一人で行かせるわけにいかねーし」
無理、ときっぱり言い切る彼に、苦笑が零れた。
「…あなたくらいよ。私をそういう風に扱うのは」
「そうか?雲雀も紅さんを大事にしてると思うけど」
「あの子は別格」
そうして小さく笑った紅は、腕時計で時間を確認する。
「じゃあ、さっさと片付けて…予定通り、買い物に付き合ってくれる?」
「喜んで」
行こう、と当たり前のように差し出される手の平。
一瞬の躊躇いの後、静かに自らの手を重ねた。
この扱いに、この手に―――慣れてしまうことが、少しだけ怖い。
いざ指定された廃屋にやってきてみれば、相手は複数と言えば複数。
まさか、20人以上が集うとは思っていなかったけれど。
普段は別行動で、今この時だけ“打倒!雲雀”と結束したのだろう。
所詮は烏合の衆―――連携の「れ」の字も知らないような連中は相手ではなかった。
最後の一人の鳩尾に深々と膝を埋め、崩れ落ちる体を見送ることもなく振り向く。
「終わった?」
「ああ。紅さん、怪我は?」
「それはこっちのセリフ」
パンパンと埃を払うように手を合わせ、彼と合流する。
と言っても離れていた距離は数歩分で、その距離だとしても十分に彼の無事は確認できていた。
それでも、2歩分の距離まで近付いて全身に怪我がないことを確認し、少しだけ安堵する。
「寄せ集めだから大丈夫だとは思うけれど…腕とかも、平気?」
「紅さんが竹刀を貸してくれたからな。てか、紅さん得意なのは剣道だと思ってたけど、空手か何かやってた?」
「プロほどじゃないけど、一通りは。自分の身は自分で守らないと」
「ああ、なるほど。あ、これ、返すな。サンキュ」
差し出された竹刀を受け取り、そういえばと彼を見上げる。
「随分動きが良くなったわね」
「少し前に親父に教わったんだ」
「そう…良い指導者の下でどんどん伸びるタイプね、あなたは」
先が楽しみね、と呟けば、照れた様子もなく嬉しそうに笑う。
相も変わらず、周りに影響されて擦れるわけでもなく…素直な性格だ。
「で、こいつらどうするんだ?」
放置?と首を傾げる山本に、ポケットで震えていた携帯を持ち上げて見せる。
先ほどから、小さくバイブの音が聞こえていたのは、彼女のそれが音源だったらしい。
「雲雀?」
「そう。恐らく居場所は特定しているから、おおよその事情は察していると思うわ」
数十分、廃屋から動かない様子を見れば、雲雀でなくともこの状況を察することはできるだろう。
ただでさえ人並み以上に“こういう状況”に慣れている彼が、それに気付かないとは考えにくい。
そうしているうちに、遠くからバイクの音が聞こえてきた。
壊れたシャッターの向こうに、学ランの裾を揺らす一つの影。
「ね?」
そのまま建物の中まで乗り込んできて、紅の傍でバイクを止め、ひらりと降りたのはもちろん雲雀だ。
「姉さん」
「もう終わったわ」
「そうらしいね」
ちらりと山本を一瞥し、室内の様子に目を向ける。
「あとは引き受けるから、行ったら?」
「ありがとう。じゃあ、お願いするわ」
お土産買ってくるわね、と微笑みかけ、山本に目配せを送る。
彼が頷いたことを確認して、瓦礫と倒れこんでいる男たちに足を取られないよう歩き出した。
足取り軽く紅の隣に並んだ山本が、ちらりと雲雀を振り向く。
「知ってんのか?出かけること」
「ええ。誰と、とは言っていなかったから、少し驚いていたわね」
「…驚いてた?」
「表情に出ないから、わからなくても無理はないわよ」
「紅さんのそういうところ、姉貴って感じだよな」
「大事な家族だもの、当然よ」
クスリ、と笑う彼女に、らしい答えだな、と納得した。
Request [ 八周年企画|煌夜 さん|山本との共闘の話 ]
15.05.04