無力な俺に、懺悔の時を

朝、携帯のアラームで目を覚ます。
固まった身体を解すようにぐぐっと伸びをして、日差しを遮ってくれていたカーテンを開いた。
シャッと躊躇いなく開いたそれの向こう、驚いた表情を見る日常にも、何だか慣れてしまっている。

「…おはようさん」
「う、む」

相変わらず、時代錯誤な口調だとは思うけれど、彼女の年齢や出自を考えれば無理もない。
ちなみに、その辺りの情報源はオレンジ色の髪の苦労人だ。
随分と前に、侍の浮遊霊を見た事もあるから、ふぅん、と受け入れられた。

「また、一晩中見ててくれたわけ?」
「………」
「女の子にそう言う事させるのってすっげー抵抗あるんだけどなぁ…」
「…これは私の任務なのだ。おぬしが気にする事ではない」

そう言う問題ではないけれど、口調と同じくお堅い彼女には何を言っても無駄だと学習済み。
はぁ、と溜め息を一つ零し、着替えるためにカーテンを閉めた。
開けたままでも構わないのだが、ルキアに顔を茹蛸にして怒鳴られた事がある。
俺って律儀な男だよなぁと思いながら着替えを済ませ、開いたカーテンの向こうには、もう誰もいなかった。












昼、屋上で一人、のんびりと昼食タイム。
照りつける日差しから逃れる術のないこの場所は、真夏の時期だけは無人になる。
給水塔裏が日陰になっていて、案外涼しいのだと知っている人間はほんの一握りなのだ。

「…ここに居たのか」

購買で買ったパンを食べ終え、さぁ一寝入りと思ったところに、前述した一握りの中の一人が現れた。
オレンジの髪が光に透け、人工物にはない独特の色合いを出している。

「黒崎」
「邪魔するぜ」
「おー」
「前に頼まれてた件の返事だ」

そう言ってやってきた彼に、少しだけ場所を譲る。
日陰はそれなりに大きく、あと一人か二人くらいならば十分にくつろげるのだ。

「その霊圧を抑える装置なら、作れなくはないんだとよ」
「…微妙な返事だな」
「ああ。実際に作るのはそう難しくねぇらしいんだが…お前の場合は、虚共に知られてるって所が問題らしい」

今更、そこにあった物を隠したとしても、あった事を知られているならば効果は半減。
恐らくは、その事を言っているのだろうと察した。
何となく、上手くは行かない気はしていたが、あまり色よい返事ではなかったなと溜め息を吐く。

「とりあえず、お前の霊圧にあわせて作ってみてくれるらしいから、今日の放課後店に寄るぞ」
「店?」
「おう。そいつ、浦原ってんだけどな―――」

店や、その店主の人となりなどを聞いているうちに、時間は過ぎていく。

「お前さ。何で今更霊圧を隠せるか、なんて聞いてきたんだよ?」

不意に、一護がそんな事を尋ねてきた。
そう言えば、説明はしていなかったかもしれないと思い返す。

「女の子に、寝ずの番をさせるわけにはいかないだろ。ただでさえ、守られてるなんて格好悪いのに」

朝、起きて一番にカーテンを開ける習慣を作ったのは、他でもないルキアの存在だ。
今朝のように驚いた表情を見たのは、今日が初めてではないし、二度や三度の回数でもない。
事情は聞いたし、実際に虚と言う化け物を目の当たりにして、自分で解決できる問題ではないと理解はしている。
だが、理解は納得とは別物なのだ。

「…あー…お前って、そう言う奴だったな」
「“そう言う奴”?」
「女に優しい―――女子が、お前の噂で話してたらしい」

一護はそう言う噂話に敏感ではないから、情報源は野次馬そのものの浅野あたりだろうと察する。
女に優しい―――か。
もしそうだとしたら、既に成人した二人の姉の教育の賜物だろうと思う。
女の子には優しくするものだとか、女の子は砂糖とスパイスと素敵な何かで出来ているだとか。
役に立つ事や立たない事、色々と教えられたし、自らを以って実践させられた。
子どもの頃からの習慣と言うのは中々に厄介で、容易には抜けてはくれないものだ。

「ルキアたち死神の場合は、それが仕事なんだし…あんまり考えなくてもいいんじゃねぇのか?」
「でも、女の子には違いないだろ」
「…いっそ、アイツ以外の男の死神にしてもらったら―――」

そこまで話したところで、一護が沈黙する。

「………」
「………」
「………」

この沈黙は、アレだ。
自分の脳内の想像に、これでもかとダメージを受けての沈黙。
男の死神に、あんな風に一晩中守られる自分―――想像に、ゾッとした。
発展しようとする脳内の想像図は、ナイスなタイミングの予鈴によって掻き消される。

「と、とりあえず、放課後な」
「あ、ああ。手間をかける」
「気にすんなよ」

お互いに、ぎこちなく状況を取り繕って別れた。
こんな微妙な気分で午後の授業に臨むのは、はっきり言って初めてかもしれない。
授業中に件の想像が帰ってこない事を、切実に願う。











夕方、予定通りに一護の案内で浦原商店を訪れる。

「なるほどなるほど…。ホント、面白い子を連れてきましたねぇ、黒崎さん」

紹介された浦原は、予想していた三倍は胡散臭い奴だったが一護の手前、それを顔には出さないようにする。
後ろを向けと言われて、素直に従ったらガムテープ(のようなもの)をぺたりと貼られた。
は?と文句を言う間もなく、ベリッと剥がされ、「終わりましたよ」と告げられる。

「霊圧を少しだけ貰いましたから、これで試作品を作ってみましょう。とりあえず、一週間ください」

ではまた~、と笑顔に見送られ、帰路を歩く。

「…おい、一護。霊圧ってのは埃みたいなもんなのか?」
「…俺に聞くな」

ますます、一護の関わっているこの世界が、よくわからなくなってきた。












夜、後は寝るだけと言う頃になって、彼女はやってきた。

「…よ」
「また、おぬしは…」

ベランダで涼んでいた俺を見つけたルキアは、溜め息交じりにそう呟く。
彼女曰く、俺は危機感が足りないらしい。
虚や死神にとっては壁などあってないようなものだが、ないよりはマシなのだから家の中で大人しくしていろと。
彼女の言い分に、まるで深窓のお姫様だな、と思ったのは、もう随分前の事だ。

「いつもいつも、ご苦労さん」
「…私の任務だと言っておろう」
「何度も、な。俺が代わってやれたらいいんだけど…」
「莫迦者が。ただの人間が虚相手に何をすると言うのだ」
「だよなぁ…百戦錬磨の俺も流石に、アレはちょっと無理っぽい」

苦笑しつつ、窓際に立てかけてある竹刀を見る。
実は段持ちなのだが、剣道は実戦ではなく試合だ。

「当然だ。我々死神が、何のために日々努力を重ねていると思っておる」

得意げに鼻を鳴らす彼女は、やはり今夜も寝ずの番をしてくれるのだろう。
そうだとわかっていても、明日も学校の俺が完徹して付き合うわけにはいかない。
仕方ない、仕方ない―――現実を自らに言い聞かせて、今夜も彼女に守られる無力な自分。

「…なぁ」
「何だ、早く寝ぬと明日に差し支えるのではないか?」
「…死神って、物食える?」
「………この世界の物、か?食えぬ事はないが…準備が要る」
「そう。じゃあ、学校が終わった頃に準備を済ませて来いよ」
「…何のために?」

不審げに眉を顰める彼女。

「甘味処、連れてってやるよ。好きなんだろ?」

彼女が真に望んでいる事なんてわからないけれど、無力な俺には、こんな事しか出来ないから。

Request [ 八周年企画|志穂歌さん|No.70 嘘つきな小鳥(100通りの恋)続編 ]
13.07.28