君が、君だから

恋人から婚約者へと、そしてそれが夫婦となって数年。
もし、その時が来たらどんなふうに伝えようかと密かに色々と考えていたこともある。
ただ、医者以外で一番に伝えるのはディーノと決めていた。
どうしよう、なんて不安は、きっとない。
どんな状況だったとしても、ディーノはきっと喜んでくれる―――そんな、確信があったから。






この所、体調が悪い。
倒れたことはないけれど、それも時間の問題かもしれない状況で、慌てたのは本人ではなく周囲だ。
縦のものを横にもさせない徹底ぶりで、一言目には「安静に」と言い聞かせる。

「そう心配することもありませんけれど…」
「頼むから、安静にしてくれよ」

頼むから、と再度繰り返され、コウは困ったように微笑んだ。
微熱が続き、全身の倦怠感、その他諸々。
昨日などは昼まで目を覚まさず、報告を受けたディーノは外出先から飛んで帰って来た。
元々身体が強くはなく、風邪などを拗らせやすいと知っているだけに、心配で仕方ないようだ。

「…今日で三日目。もういい加減―――」
「…止むを得ませんね」

ディーノの言わんとしていることを察し、溜め息を吐く。
キャバッローネ御用達の医師を屋敷に呼ぼうにも、所用で三つほど隣の町に出ている。
ディーノが頼んだ仕事なのだからと、呼び戻すことに対して難色を示していたのは、他でもないコウ自身だ。
しかし、こうも周りに心配をかけてしまっていては、それも我侭なのだろう。
微熱三日目、コウが漸く頷いた。
安堵した様子ですぐに携帯を取り出し、部下へと指示を出すディーノ。

「…たぶん、急がなくても…」

彼の傍らでぽつりと呟くコウ。
何となく、何となくではあるけれど…この不調の原因を感じている。
自分自身の身体のことなのだから、ある意味、不思議ではないのかもしれない。
けれど、如何せん全てが初めてのことなので、これがそうだと言う確信が持てないでいるのだ。

「明日の朝一に戻ってくるらしい。それまでは安静にしてるんだぞ。
何か、欲しいものでもあるのか?何か食べたいものとか…何でも用意する」

ベッドに腰掛け、そっとコウの髪を撫でるディーノの目元は優しい。
心配している表情の中に、ふとした時に垣間見える喜びの感情に気付き、おや、と思う。

もしかして―――

「ディーノくん」
「ん?」

やっぱり、優しい。
そして、どことなく嬉しそうだ。

「…気付いてます?」
「………」

返事は、ない。
その代わりに、彼の大きな手が優しく頭を撫でた。

「…俺はコウ馬鹿だからな。勘違いで突っ走っちまったらまずいだろ?」
「………ですね」

この予想が本当だったとしたら、一日どころか一時間の間にキャバッローネ中に知れ渡るだろう。
主に、ディーノの動きによって。
翌日には同盟ファミリーの中にも伝わるだろう。
その後で「勘違いでした」なんてことになれば、大事になるのは間違いない。
必死に抑えているけれど、抑えきれていない感情が彼の全身から伝わってくる気がした。

「…コウは気の所為だと思うか?」
「…ディーノくんと、同じだと思います」
「…そうか」

にかっと笑う彼に、コウの顔にも笑顔が浮かぶ。
シーツから出した手で彼の手を握れば、強くない力で握り返してくれた。

「ディーノくん」
「ん?」
「明日、待ち遠しいですね」

もしこれが本当だったら、話したいことが山のようにある。
あれもこれも、話したいし、分かち合いたい。

「そうだな」

待ち遠しい、と笑う。
名前を呼ばず、言葉もなく。
見上げたコウの目から、彼女の望みを察したディーノは、小さく微笑んでそっと腰を折った。










本音の所を言うと、ディーノは言われるまでは気付かないだろうと思っていた。
こんなことを言うと拗ねてしまいそうだが―――そう勘の鋭い人ではないから。
そう思っていたのはコウだけではなかったらしい。

「ボスが気付いていたのは意外だったな」

翌日の昼、歓喜に沸く屋敷の中では、部下たちが次から次へとお祝いの言葉を述べに詰めかけてくる。
また一人、部下を見送ったコウの傍らで、ロマーリオがそう呟いた。

「そうですね。…実は、私も」
「でも、嬉しそうだな」

そう指摘され、もちろん、と返すコウ。
些細なことに気付いてくれたことはもちろん嬉しい。
医師から「ボスは前から色々と聞いてきてたからな」と教えられた。
コウのために、そうなる前から知識を持とうとしてくれていたことが、何よりも嬉しかったのだ。
ちなみに、ディーノの指示により、今日からコウの担当は女性の医師へと引き継がれる。

「じゃあ、次の検診は来週にしますけれど…説明などがありますから、明日また来ますね」
「あ、はい。お願いします」

医師を見送ると、入れ替わるようにしてディーノが帰って来た。
懐妊の旨を聞いてから、ほんの少し、どうしても外せない仕事があると出ていたのだ。

「ただいま」
「お帰りなさい」

挨拶のキスを交わすと、土産な、とコウの手に可愛らしい包みを置く。
そんな二人を横目に、押しかけていた部下たちが一人、また一人と席を外した。

「…お疲れさん、ボス」

労いの言葉を一つ呟き、ロマーリオは部屋の扉を閉めた。






「気の早いことだな、ボス」
「俺はコウが妊娠したら過保護になるだろうからなー」
「…だろうな」
「そうなると、窮屈な想いをさせちまうかもしれねーだろ?
ただでさえ色々辛くさせちまうだろうし…そのくらいはしねーとな」
「ボス…あんた、本当にコウが好きだよなぁ…」
「当たり前だろ?愛してるからな!」

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13.07.17