変わった関係、変わらない二人

―――手ぇ出した奴は男だろうと女だろうとぶっ潰す。

ただでさえ目つきが悪い所に、低音で唸るように告げられた宣言は、瞬く間に学校中へと広がった。
流川に限って、自分の人気が高い所を考慮したとは考えにくい。
恐らくは、紅を狙っていた男たちへの牽制が大部分だ。
そして「女だろうと」と言う一言を付け足したのは、姉からの助言によるもの。

「女の妬み僻みは厄介なんだから、ちゃんと守ってあげなさいね」

普段のあれこれはまるで無視しているのに、こう言う事だけはちゃんと覚えている彼なのだった。











「…思ってたより平和…だね」

そう呟いた紅の声に、閉じていた目を開く流川。
言葉の意味を問うように彼女を見上げると、小さな苦笑が返って来た。

「もっと、色々と大変だと思ってたから」
「…何が?」
「…流川、人気だから」

そう答えると、頭を撫でていた手の甲を抓られた。
赤くなるほどではないけれど、痛くないと言うわけでもない。
その目が何を物語っているのか―――わからないわけではなかった。
数分間の無言のやり取りの後、折れたのはやはり紅だ。

「…楓」

囁くような小さな呼びかけに、満足気に目を細める姿は動物を思わせる。
脳内で母の実家で飼われている、大型犬を思い出した。

「…何もねぇんだな?」
「何もって?」

普段の彼であれば、そう言う細かい事には気付かないだろう。
それなのに、今回ばかりは気付いていると言うのだろうか。
流川の言葉の真意を探りかね、彼の答えを待つ。
しかし、彼は数秒の間を置いて、何でもないと誤魔化して目を閉じてしまった。
実の所、流川は紅が「思っていたより平和」と言う状況を理解できていない。
普通の生活を平和と称するほどに、山あり谷ありの生活を送っているとは思えなかった。
姉の助言と彼女の言動が結びつく事だけは何となく理解したが、そこまでである。

「姉貴が今度遊びに来いって言ってたぞ」
「そうなの?じゃあ、近い休みの予定を聞いておいて」

この先なら暫くは暇だから、と答える彼女に目を閉じたまま頷く。
この二人の仲が良いのは今更だ。


紅は姉を慕っているし、姉は本当の妹のように彼女を可愛がっている。
「男は可愛げがなくてダメよね」視線の先に自分を置き、そんな事を言うのはいつものことだ。

「彼、可愛いですよ?」
「楓が可愛いなんて言えるのは紅ちゃんだけよ」
「そう…ですか?じっと見つめてくる時なんて、お預けをされてる犬みたいで」

目つきは悪いですけど、と呟いた紅に、思わず噴き出した彼女。
彼が席を外していた際の、二人の会話だ。










「そう言えば…ねぇ、明日は休みだけど…」
「行く」
「ん。じゃあ、朝ご飯用意するね。和食?洋食?」
「白飯」
「ご飯なら冷凍庫の鮭を食べてもらおうかな…あと、大根が干からびる前にお味噌汁にでもしようか」

豆腐はあったかなぁ、などと冷蔵庫の中身を思い出す姿は、既に女子高生ではない。
流川と言う男を知らない人間が聞けば、二人が恋人同士だなんて信じられないだろう。
少しでも流川を知る人であれば、今日は起きてる、と思うのかもしれない。

「―――明日は…」
「うん?」
「一時間ぐらいゆっくり行く」
「そうなの?」

どうかした?と問いかける彼女に、彼の瞼がゆるりと開かれた。
少し眠そうな目の彼を見下ろし、その答えを待つ。

「…眠そうだから」
「…楓が?」
「ど阿呆。お前だ」

その言葉に、ぱちぱちと瞬きをした。

「…眠そうに見える?」

問いかければ、無言で頷く彼。

「古典の時間、欠伸してただろ」
「やだ、見てたの?って言うか、起きてたんだ…」

意外すぎる、と呟くと、じとりと睨まれた。
確かに、今日の古典の授業は随分と眠気を誘う内容で、一時は眠気に敗けそうになった覚えもある。
敗けてしまう生徒が半分以上だったのだから、目を閉じてしまわなかっただけでも頑張った方だ。

「じゃあ、私が寝不足だから一時間遅れさせてくれるの?」

頭の中で先ほどの彼の言葉が一本に繋がり、確証を得るために問いかけるも返事はなく。
それが答えだとわからないほど、付き合いは浅くはない。
自然と綻んでくる口元を、どうして止めることが出来ようか。

「…ありがとう」

彼は他の誰かが同じ状況だったとしても、それには気付かない。
それは自惚れではなく、彼を知る人ならば誰もが頷くだろう。
それなのに、小さな小さな変化に気付いてくれる喜び。
大切にされているのだと、彼の中に自分の存在を見つけられるこの瞬間が、幸せだと思った。

「今日は部活がなかったよね」
「…自主練はする」
「うん。待ってるから、スーパーに付き合って。明日の朝ごはん、好きなのを追加してあげるから」

お願いね、と繰り返せば、短く是の答えが返ってくる。
その時、校舎の中にいるよりもより大きく聞こえるチャイムの音が、長閑な空気の中へと割り込んできた。
鬱陶しそうに目を開いた流川は空を睨み付け、迫りくる眠気に抗う事無く瞼を閉じた。

「予鈴だよ」
「…次は自習だろ」
「………いや、違うよね。テスト前の追い込みだって張り切ってたでしょ」
「………………」
「…もう。補習になっても知らないんだからね」

起こすつもりがあるのか、と問いたくなるような、優しさでさらりとした黒髪を撫でていく手。
おやすみ、と言う声に見送られ、短い休息の中へと沈んでいく。
本鈴のチャイムすら、二人にとっては遠い世界の音に聞こえた。








「流川と雪耶はどうしたー?」
「聞くだけ野暮って奴です、先生」
「………だな。よし、二人がいない間に重要な部分を終わらせてやる!補修になって後悔しろ」
「そんな事をしても雪耶さんがきっちり教えて点数稼がれますよ、先生」
「つーか、たぶん点数を取れなくて被害を受けるの俺たちだよな…」

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13.07.15