とある日常のひと時

「…あ」

ひょい、と後ろから伸びてきた手が、今日のおかずの中で一番の出来だったそれを拾い上げていく。
止める間もなく、薄い唇へと運ばれるそれ。

「…タクミくん」

人のお弁当を盗むのはやめてください。
口には出せない文句を目で訴える紅。

「相変わらず良い腕してんねー」

ぺろりと指先を舐める仕草は、高校生には相応しくない色気が垣間見える。
褒められたのは、料理の腕か、それともそのメニュー故か。
いや、少なくとも好物の味付けには煩いであろう彼が褒めたのだから、それは紅の腕の方なのだろう。
そう納得して、それ以上は考えない事にした。

「…エビフライを入れた時だけ、やってくるよね。どこからともなく」

どんな嗅覚?と問うと、彼は誤魔化すように笑みを深めた。

「俺がエビフライを褒めるなんて貴重なんだから、素直に喜びなよ」
「………まぁ、いいけど」
「おー?何か珍しいツーショットだな」

背後からの声に、二人が振り向く。
飄々とした様子で近付いてくる奏矢がそう言うのも無理はない。
一般的なクラスメイトよりは仲が良いけれど、特別と言うわけではない紅とタクミが一緒なのだから。
そして、そこにいるべき一人がいない事も、また違和感の原因の一つだった。

「恭介はどうしたんだ?」
「呼び出し」
「もしかして、補習とか?」

途端に楽しげな表情を浮かべる奏矢に、肩を竦める紅。

「奏矢くんじゃあるまいし、そんなわけないでしょう?」
「…紅って、結構言うよね。昔はもっと大人しい印象だった…」
「慣れたって事かな?…タクミくん、エビフライが全部なくなってるんだけど?」
「うん、ご馳走様。次も楽しみにしてるよ」

元々、そう大きくはない弁当箱の中に入れてきた3尾は、いつの間にか忽然と姿を消していた。
入れてくるのは一ヶ月に一度程度の頻度なのだが、今の所それが紅の口に入った事はない。
入れるのをやめようか、とは思うが、子どものようにつまみ食いする様子を見るのは、嫌いではなかったりする。
大きな弟に「しょうがないなぁ」と苦笑する姉の気分だ。
本当の弟はもっとずっと可愛げがあるし、タクミ自身が聞けば不機嫌になる事間違いなしだが。

「それにしても、紅が先に食べてるのって珍しいな。いつもは待ってるだろ?」
「そう言えばそうだね」
「だって…呼び出したの、悠人先輩だから」
「「…あぁ」」

そう言う事、と納得される。
まるで貧乏くじを引くように、普段から悠人にあれやこれやと頼まれている恭介。
その厄介ごとが短時間で片付く事は少なく、今回も溜め息交じりに「先に食ってろ」と出て行った。
せめて、昼食の時間くらいは邪魔しないでほしい―――彼女として、そう思うのも無理はないと思う。

「あれ…姉ちゃん?」

また新たな声が聞こえた。
三人同時に振り向かれ、声の主である彼女の弟、暁斗が驚いたように瞬きをした。
その隣には立夏の姿もある。
相変わらず仲良しだな、などと考えていると、当然のように立夏が紅の隣に滑り込んできた。

「こんにちは!紅が一人って珍しいね」
「…そんなに珍しい…かな」

改めて尋ねられ、苦笑気味に答える。

「ま、一人だとこうなるし…珍しいんじゃないの?どうせ、生徒会長にこき使われてるんだろうけど」

立夏の隣に座った暁斗の言葉は、あながち間違いではない。
食堂には他にも空いている席はあるけれど、彼らはここで食べる事にしたようだ。
彼氏の存在もなく、男に囲まれている姿を心配しているらしい。
いや、心配と言うよりは、牽制と言う表現の方が正しい。
現に、奏矢とタクミに向けられている暁斗の目は、どことなく冷たい。
姉に向けられる好意が愛情であれ友情であれ、あまり関係はないのだろう。
包みを広げた弁当箱の中には、紅と同じおかずが詰められているけれど、量は少し彼の方が多い。
成長期の食欲を考慮してあるのだろう。
エビフライを目にしたタクミの目がきらりと光るも、流石に暁斗の弁当に手を出すほどではないらしい。

「いいよね、暁斗。毎日紅の手作りで」
「お前のお袋さんの弁当も美味いだろ」
「それはそうなんだけどね…紅、また今度作ってね!」
「はいはい」

適当に答えているようにも聞こえるけれど、これが了承である事は長い付き合いでわかっている。
パッと笑顔を浮かべた立夏は、隣の暁斗と一緒になってどんなおかずにしてもらうか、と話を弾ませた。

「何それ、ちょっと羨ましいんだけど。何で立夏だけ?」
「立夏はもう一人の弟みたいなものだから」
「それでも羨ましい!紅、俺も―――」
「なーに馬鹿な事言ってんだ」

こうなってくると、乱入者にも驚かなくなってくる。
最後のおかずを口へと運び、ご馳走様でした、と手を揃えてから声の主を見た。
既に奏矢と口論している恭介の手には、乱れていない弁当包みがある。
一段落した所で紅の隣に座った彼に、お帰り、と声をかけた。

「おう。悪かったな、一人にして」
「ううん、何か…一人にしてもらえなかったし」

一人だった時間は、ほんの少しだったと笑う。

「すまなかったな、雪耶。お蔭で色々と助かったよ」
「悠人先輩も食堂ですか?」
「ああ、お前への謝罪ついでにな」

そうしてトレーをテーブルに置く彼を横目に、ふと状況を改めてみる。
何だか、人口密度の高い空間が出来上がっていた。

「…何か、いつの間にか集まってるよな」
「…今日は由奈ちゃんが休みだから余計に…かな?」

普段は彼女の所にも人が流れるために、人数は分散されやすい。
季節外れの風邪を引いた彼女が休みで、こちらに集まってきているのだろう。
そうだったか?と首を傾げる恭介に、紅は溜め息を吐いた。

「午前中、居なかったでしょ、もう…」
「いや、あんま気にしてなかった」
「恭介は紅以外には興味ねぇからなー」
「奏矢!」

ガタン、と椅子を鳴らして立ち上がる彼。
紅は悠人と顔を見合わせて苦笑した。

「恭介はすぐに挑発に乗るな」
「…全くですね」
「尤も、雪耶絡みの時に限るようだが」
「………」
「…雪耶のそう言う素直さは長所だな」
「………先輩、わかってやってますよね」




「…そんなに見つめるのはやめてくれません、巳城先輩。穴が開きます」
「駄目だよー、タクミくん。暁斗は紅の手作りだけはぜーったいくれないよ。シスコンだからね!」
「…立夏」

Request [ 八周年企画|祐希さん|恭介相手で他のキャラも登場する話 ]
13.05.06