歩き出した関係は、

そう言う約束だから、なんて予防線を張って、それ以上を望まないようにしていた紅。
私からすれば、ばか、の一言に尽きる。
だって―――少し考えればわかりそうじゃない?
流川が、そんな器用な人間じゃないって。
何も思っていないのに、バスケの次くらいに大事にするような性格じゃない。
紅が言うには、休みの日にもあの子のマンションに入り浸ってるみたいだし。
いくら練習場所が確保できるからって、近くないマンションに足繁く通うのは面倒なはず。
それを厭わない、寧ろ流川自身が望んでそうする理由は、一つしかない。




部活の休憩時間。
我先にと、私と紅が用意したドリンクに群がる部員たち。
入部してからかなりになるから、私も紅も、慣れた調子でドリンクを手渡していく。
残り本数もあと3本、と言う所で、紅に近付く流川。

「紅」
「あ、お疲れ様」
「ん」

慣れたように、紅がドリンクボトルを流川に差し出す。
受け取った流川は他の部員とは違い、その場でドリンクを飲み出した。
二人の様子を見ていて、あれ?と思う。
先日、紅から想いが通じ合ったのだと話を聞いた。
今更か、と思ったのは秘密だけど、問題はそこじゃない。
それから初めての部活―――何かが変わると思ったのに、何も変わっていないじゃないの、あの二人。
そんな事を考えていると、不意に流川が紅を呼んだ。

「帰り、寄っていいか?」
「え………うん、いい…よ」

今までなら、「うん、いいよ」と即答していた紅が、躊躇った。
ほんのりと頬を染めて、少しだけ視線を逃がして。
なーんだ、ちゃんと変わってるんじゃない。
向けられる流川の眼差しが、その気持ちが、自分に向けられているものだと―――ちゃんと、自覚した。
紅の戸惑った表情は、きっとその所為ね。
それが分かったら、何だか安心してしまった。

「紅、休憩の間に洗濯見てきてくれる?」
「あ、はい!」

頷いて部室に向かう紅を、流川が追いかけて行く事だって、予測済み。











信じられなかったけど、信じるしかなかった。
だって…流川くんは、雪耶さんの前では笑うから。
彼女にだけは優しくて―――彼女だけは、伸ばした手を振り払われたりしない。
本当は、もっと前に気付いてた。
ずっと、飽きないかって呆れられるくらいに、見ていたから。

「…大丈夫か?」

心配そうな水戸くんの視線に、苦笑いを返す。
驚いていないし、たぶん彼は気付いていた人。

「…いつからなんだろうね」
「………中学の頃からだよ」
「そっか」

答えを求めていると知って、水戸くんはそう教えてくれた。
私たちの視線の先では、流川くんが雪耶さんの手伝いをしている。
誰かを手伝うなんて、絶対にしそうにない流川くんが。
その行動一つでも、雪耶さんが特別なんだってよくわかった。

「悲しいけど…意外と、平気なの」

水戸くんはぽつりと呟く言葉を、何も言わずに聞いてくれる。
他の誰かでは、こうはいかないんだろうなって、彼の優しさを感じた。

「そうなんだってわかったら、納得しちゃった」

そうかもしれないと思っていた頃よりは、気持ちの整理が出来た感じ。
羨ましいけど、私からしても、雪耶さんはいい子だから。
流川くんの事なら何でもわかってるみたいに、足りない所をちゃんと補ってあげられる。
それはきっと、憧れじゃなくて、流川くん自身を見つめている証拠。

「いつか、二人みたいな恋がしたいなぁ」

そう言った私に、出来るよ、って言ってくれた水戸くんは、やっぱり優しかった。












「そう。わかったわ。失礼のないようにね…無理を言っちゃ駄目よ」

リビングに降りると同時に、お母さんが受話器を電話に戻した。
誰から?と尋ねると、楓よ、と答えが返ってくる。

「紅ちゃんの所に寄るから、夕食はいらないんですって」
「あー、そう言う事ね」
「最近、特に回数が多くなった気がするんだけど…考えるべきだと思う?」

悩んでいるらしいお母さんは、どうやらその理由を知らないらしい。
本当の意味で想いが通じ合ったのは、実はつい最近の事なんだって―――教えたら、たぶん怒られるんだろうなぁ。
ちゃんとした関係じゃないのにあんなにも入り浸ってたの!?って…楓が。

「紅ちゃんがいいなら、いいんじゃない?だって…嬉しそうだし」
「そうなの?」
「うん。紅ちゃんとは結構メールしてるから」
「じゃあ、迷惑そうだったらすぐに教えてね。楓に言わないと」

言ったところで止まらないと思う。だって、楓だし。
と言う言葉を飲み込む。
バスケ一筋で、それ以外は全然だと思ってたけど…もしかしたら、紅ちゃんってバスケと同等かも。
楓の行動を見ていると、時々そう感じる時がある。
初めの頃は受信専用だった携帯も、今ではかなり使いこなしてるし。
これって、楓の基準としては、結構すごい事だと思う。

「あたしも彼氏の所に行ってこようかな…」
「ちゃんと帰って来なさいね」
「…楓には言わないのに」
「あの子は言わなくても帰ってくるでしょう」

そう言ってから、夕食の準備のためにキッチンに向かうお母さん。
あたし、成人してるんだけど…とは思うけれど。
とりあえず、今日の所は夜の長電話だけにしておこうと思い、メールを打ち出した。













「ねぇ」
「………」
「ねぇってば」
「………」

隣を歩く流川の制服の袖を引く。
気付いていないはずがないのに、返事をしてくれない彼。
理由は―――わかっている。

「………ねぇ………か――」

続きの言葉が詰まってしまう。
“か”に反応した流川の視線が、紅を見た。
促すような眼差しの中に、期待の色を見て…彼女は、覚悟を決める。

「…楓」
「何だ?」
「…そんなに嬉しそうな顔しないで」

恥ずかしい、と赤い顔を逸らす彼女。
ずっと、流川と呼んでいたから、今更名前で呼べと言われても、すぐには実行できない。
けれど、彼はそれを望んでいて―――勇気を振り絞ってその名を呼ぶと、嬉しそうに笑うから。
恥ずかしくて、照れくさくて、でもやっぱり、名前を呼べる事が嬉しくて。

「…何が食べたい?」
「何でもいい」

袖を引いていた手は、いつの間にか彼の手に握りしめられていた。

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11.12.27