変わること、変わらないこと、
おめでとう、という言葉の優しさを知った。
小さい頃から、子ども同士の言葉遊びのように繰り返した、“一緒に海に出よう”と言う約束。
いつかはルフィと共に海に出て、ワンピースを目指すのだと…疑いもせず、本気でそう思っていた。
その夢が、あまりにもあっさりと奪われて。
繰り返した絶望の先に、いてくれた人。
一瞬でも、捨ててしまおうと考えたこの命を救い、心を取り戻させてくれた人。
“憧れ”は、すぐに“好意”へと変化した。
「懐かしい…な」
想いを自覚したのは、ほんの1年ほど前の事だ。
それからの生活が色濃くて、遠い昔の記憶のような錯覚を起こす。
命を救われて、仲間にしてもらって、ルフィと再会して…エースが死んで、麦わらの一味が消えて。
そして、つい先日―――彼らは、再び表舞台へと現れた。
歩き出したルフィの存在が、止まっていた時間を動かしてくれた。
このままでいいと思っていた感情が、変化を求めたのだ。
「…ルフィに感謝、かな?」
ふふっと小さく笑い、カップから酒を呷る。
楽しげな彼女の耳に、近付いてくる足音が聞こえた。
「主役がどこに消えたかと思えば」
こんな所にいたのか、と言う声と共に、ふわりとあたたかい毛布を肩にかけられた。
声の方を振り向くと、この暗さでもわかる目元の隈がトレードマークのローが、そこにいる。
「ローさんも主役だと思う」
「アイツらは飲む理由が欲しかっただけだ」
「…だね」
同意するように頷いて、お尻で移動して隣にスペースを作った。
迷いなく、ローがそこに腰を下ろす。
彼の手には未開封のボトルが2本。
一つは彼が好む酒で、もう一つは甘いフルーツ系の果実酒だ。
「ほらよ」
「ありがとう」
後者のボトルを受け取り、封を開けてコルクを抜く。
その様子を見ていたローの物言いたげな視線に、コウが少しだけ口を尖らせた。
「何?って、聞かなくてもわかるけど」
「いや…開けられるようになったんだなと思ってただけだ」
隠そうともせずに笑う彼に、やっぱり、と拗ねた表情のコウ。
この船に乗ったばかりだった頃、このコルクが開けられなくて苦労したのだ。
幼少時代を過ごしたマキノの店は酒屋だったけれど、あそこには便利な栓抜きが常備されていたから。
2年を超える歳月を経た今となっては、指先ひとつで簡単に開けられるようになっていた。
「………お前は、ずっと望んでいないと思っていた」
長い沈黙の後、ローが静かに語り出す。
コウは口に含んだ酒を喉に通し、彼を見た。
「私の気持ちは…ずっと知ってたよね」
「お前はわかり易いからな」
「うん。ローさんが知ってるって、わかってた」
変化を望んでいなかったわけではない。
ただ、その必要性を感じていなかっただけ。
言葉にしなくても、ローはコウの想いを理解してくれる。
何かを求めている時、彼は必ずそれを与えてくれた。
だから、それ以上を望む必要はないと思っていた。
「…うん、あの日までは―――言わなくても、この船の上にいられるだけで幸せだった」
けれど、兄代わりの存在であるエースを失った事、それはコウに大きな絶望を与えた。
今目の前にある日々が、ずっと続いていくものではないのだと、知ってしまった。
「このままでいいなんて、思ってちゃいけないんだって…知ったから」
言いたかった事を言えずに後悔するのは嫌だから。
ローの隣に立つ理由を、明確にしたくなった。
この想いを言葉にして、彼の心を聞きたくなった。
しかし、実行に移すまでには、長い時間と、大きな勇気が必要で。
久し振りに紙面を飾ったルフィの姿が、コウにきっかけを与えてくれたのだ。
「海賊なんだから―――欲しいと思ったら、手に入れなきゃって。“今”に満足しちゃ駄目だって…そう思ったの」
ふわりと笑った彼女の動きに合わせ、チリン、と鈴が鳴る。
2年前に彼女に買い与えた鈴は、今も変わらずここにある。
「俺は、“手に入れる”とは思わなかったな」
「…どうして?」
「拾った時から俺のものだと思っていたからな」
その命を救ったあの時から、既に自分のものだと思っていた。
ルフィを探す彼女の手伝いこそしていたけれど、それはコウが離れないと言う確信があったからだ。
もちろん、コウに教えるつもりはないけれど。
「明日から、何が変わるわけでもねぇ」
「…うん。でも―――」
何かが、変わった。
そんな気がする、と言ったコウ。
同意の言葉こそなかったけれど、ローは彼女の頭を撫でた。
「あれ、キャプテンたちは?」
「さぁ?いつもの場所で飲んでるんじゃねーの?」
「それにしてもよー…やっと!だよな」
「おー。やっと!!だな」
「飼い主と飼い猫って雰囲気だったのは最初の3ヶ月くらいだったからな!」
「そうそう。そっからは…恋人?っつーか、夫婦だったよな、あれは」
「だな。つーか、キャプテンはもっと大人な女が好みだと思ってた」
「いや、コウは可愛いだろ」
「そうだよ、コウは可愛いよ」
「コウは可愛いけどな…そう言う対象じゃねーっつーか」
「そりゃ当然だろ。コウは来た時からキャプテンのものだったからな」
「そう言う対象には見れねーよな、普通」
「ま、何にせよ…漸く落ち着くところに落ち着いたって事だ!朝まで飲むぞー!!」
「おー!!」
「死屍累々」
「…だな」
「うわ…ここにあった酒樽が全部空になってる…」
「2、3日使い物にならねぇんじゃねぇか、こいつら…」
Request [ 七周年企画|秋風翔さん|仲間に報告して幸せいっぱいな二人の話 ]
11.12.26