光の降る道を、あなたと、
普段は使われないガラス製の灰皿の中に燃えカスを見つけ、思わず作業の手を止める。
誰のものなのか、と考える必要はない。
何が気に食わなかったのだろう―――そんな事を考えながら、コウはそれを拾い上げる。
ごく一部だけ残っているそれは、数日前に届いた依頼書だ。
僅かしか読めないその内容に見覚えがあった。
「…今日の分、よね」
確か、と呟き、手元のスケジュールを捲る。
これは、コウが午後から片付けようと思っていた仕事だ。
長丁場になるので、帰るのは明日の夜になるだろうと踏んでいた。
自分のスケジュールのところで手を止めた彼女は、そこに覚えのない記述を見る。
記述と言うよりは、乱暴に線が一本、書き加えられていた。
それは、燃えカスになっている依頼書の任務の欄で間違いない。
「………午後は休め…って事でいいのかしら」
考えた末、そう結論付けたコウは、スケジュールをデスクに置いた。
一連の行動を取った人物はわかっている。
彼、XANXUSが何を考えてそうしたのかまではわからないけれど―――少なくとも、自分が取るべき行動は、一つ。
コウは足早にXANXUSの部屋へと向かった。
ここから彼の部屋までは、どんなにゆっくり歩いても10分で辿り着く。
まさか、その距離を進むのに2時間もかかるとは、流石のコウも予測できなかった。
「XANXUS様、これは一体どう言う事でしょうか?」
プロの手により、頭の天辺からつま先まできっちりとコーディネートされたコウ。
盛装する事には慣れているので、動作に戸惑いはない。
けれど、その理由がわからず、部屋に入るなり原因であろうXANXUSに向かって、そう尋ねた。
「遅かったな」
「まさか、ここに来るのに2時間もかかるとは思いませんでした」
ここまでの途中で、明らかに一般人と思しき人の手により、部屋の中に引きずり込まれた。
もちろん抵抗することは出来たけれど、刺客やスパイの類でない事は明らか。
ただの一般人に本気で抵抗できる筈もなく―――結果、こうなった。
「1時間後に車を出す」
「…はい」
理由を説明する気はないようだと、早々に諦めたコウは、頷いてソファーに腰掛けた。
黒を基調としたイブニングドレスは、体のラインをそのままシルエットにするようなシンプルなものだ。
用意されたストールと空調のお蔭で、寒さは感じない。
程なくして、XANXUSが無言のまま席を立ち、部屋を出て行った。
外でディナーになるのか、どこかのパーティーに参加する事になるのか。
おおよその目星をつけながら、彼の帰りを待つ。
暫くして、コウは何やら慌ただしい足音がこの部屋に近付いてくるのに気付いた。
予想通りに荒く開かれる扉。
「ボス!車の準備が出来てるわ―――って、あら、コウだけ?」
「ええ。あ、お帰りなさい。昨日の任務はどうだった?」
「ただいま。問題なく片付いたわ。それより…うん、綺麗ね」
コウの姿を上から下まで確認したルッスーリアは、納得したように頷いた。
「そのドレスはボスが用意したオーダーメイドだよ。似合わないわけがない」
「そうそう。意外な所でマメだよなーボスって!」
「マーモン、ベル」
ルッスーリアの後ろからやってきた二人にも、同様に「お帰り」と声をかける。
その向こうから、レヴィが歩いてくるのが見える。
部屋に入るなりきょろきょろと視線を動かす彼に、XANXUSの不在を告げた。
彼の目がコウを捉え―――カチン、と固まった。
「…レヴィ?」
「気にしなくていいのよ、コウ」
首を傾げるコウに、ルッスーリアが助け舟を出す。
「コウはいるかぁ!?」
足音だけでなく、声も大きく部屋に入ってきたスクアーロに、コウが短く溜め息を吐く。
「ここにいるわ。お帰りなさい」
「今帰ったぞ!任務の報告は明日で構わねぇな?」
「今でも受け取れるけれど―――」
「コウ」
服は変われど、仕事モードが抜けきらないコウの言葉は、彼女を呼ぶ低い声に遮られた。
振り向いた先にいたXANXUSの姿に、今度はコウがぴたりと制止する。
「先に行く。すぐに来い」
それだけを言うと、彼は颯爽と廊下を歩いて行ってしまう。
残ったコウは、とりあえず近くにいたスクアーロの腕を引っ張った。
「…何だか、すごく素敵だったんだけど…今日、何かあったかしら」
「俺に言うな!っつーか、お前…」
「そうよねぇ!なんて素敵なのかしら!!一緒できるコウが羨ましいわ~!!」
歓喜した様子で野太くも黄色い声を上げるルッスーリアを無視し、スクアーロがコウを見る。
「本気でわかってねぇのか?」
「…今日、よね。25日」
「何月だ?」
「12月、の………あ」
漸く、この格好の意味に気付いたコウが、珍しく間の抜けた声を発する。
そんな彼女の様子に、いつの間にか寛いでいたベルフェゴールが噴き出した。
「コウ、仕事し過ぎだって!あんなに街中が明るくなってんのに、気付いてなかったわけ?」
「確かに、それはそれですごいよね」
「この所、忙しくてすっかり忘れていたわ…移動の車でも書類ばかり見ていたし」
そう言う事か、と納得する。
理由が分かったなら、急がなければいけない。
コウは置いていたバッグを手に取り、彼らを振り向く。
「留守は任せるから」
幹部の彼らに見送られ、足早にXANXUSを追いかけた。
XANXUSが車を運転する機会は、決して多くない。
普段は使用人や部下が運転する車に乗る方が多いからだ。
ハンドルを握る彼の姿は貴重で、それだけで心臓が煩く動きだす。
「XANXUS様」
「…行きたいところでもあるのか?」
名前を呼ぶその声だけで、コウが求めている事に気付いたらしい。
驚くコウを横目に見て、僅かに口角を持ち上げ、不敵に笑う彼。
「夜景が綺麗に見える所はありますか?」
「―――最上階に部屋を取ってある」
「では、夜景は後の楽しみにしておきます。…えっと…」
目的地がすぐには浮かばない。
けれど、もう少し運転する彼を見ていたくて、思いつかない目的地を探すコウ。
隣から、小さく笑う気配がした。
「目当てがないなら、適当に走らせるぞ」
「…はい、お願いします」
シートの間で絡められた指先を見下ろし、微笑む。
そして、窓の外を流れるイルミネーションへと視線を向ける。
普段も走り慣れているはずの道が、彼といるだけでまるで別の世界のように美しく感じた。
車は、光の星が降る道を、静かに走っていく。
Request [ 七周年企画|久保崎さん|XANXUS、またはヴァリアーとのほのぼのとした休日の話 ]
11.12.25