過ぎたる過去とまだ見ぬ未来と、
隣を歩くアルバロを見て、あぁ、と気付く。
彼と出会って、随分と長い時間が経った。
毎日毎日見ているとわからない事でも、ふと思い返してみるとその変化に気付くものだ。
二人がミルス・クレア魔法院で出会ってから、ここにたどり着くまでに様々な紆余曲折があった。
恋人関係の始まりは唐突。
暇潰し程度の考えから始まったそれは、二人が予想した以上に長く続いた。
その先で、状況が二転三転し―――結局、落ち着くところに落ち着いて、今に至る。
「コウ?」
偽らない彼の黒髪が、振り向く動作に合わせて揺れた。
学生の頃は長い髪を奇抜に結い、明るいカラーで染めていた彼。
黒髪を後ろで一つにくくるだけになったのは、いつの頃からだろう。
正確な時期は覚えていないけれど、二人で暮らすようになってからである事は確かだ。
そんな事を考えながら伸ばした指先が、アルバロの黒髪に触れる。
「どうかした?」
「いいえ。触れてみたくなっただけ」
学生の時の感情が偽りだとは思っていない。
けれど、少なくとも、今とは少し違っていた。
言うならば、彼に引かれたのは、同族に対する安心感からのもの。
下手な反発がないからこそ、その安定した時間が心地良かった。
正反対のものに惹かれ、求め合ったエストとルルとは、ある意味では対極に位置していたかもしれない。
無言で視線を絡め、ただ時間だけが過ぎていたその時―――ひらり、と視界に舞い込んできたそれ。
「………」
「………」
二人とも、一度はそれに視線を向け、もう一度顔を見合わせる。
「…パピヨンメサージュ、だな」
「そうね。長距離用のメサージュね」
早くと急かすようにコウの周囲を舞うそれに、思わず溜め息が零れる。
差出人に察しがついてしまうのだ。
ひらひらと飛ぶそれを無視するわけにもいかず、苦笑を浮かべて指先を伸ばす。
ふわり、と手の平に舞い降りるパピヨンメサージュ。
差出人は―――
「ルルちゃん?」
「エストよ」
珍しいわ、と呟き、それを読む。
コウが沈黙すると、アルバロが隣からそれを覗き込んだ。
最後まで読み終えた彼が、呆れたように笑う。
「…相変わらずだな、彼女は」
「………少しは成長したと思っていたんだけど…」
エストからのそれは、近況報告と言うよりは助けを求める物だった。
申し訳なさそうに、控えめに「来てくれるとありがたい」と書かれた一文に、エストの表情が浮かぶ。
「今日はどこに運ぶんだった?」
「正反対だけど…日付を指定されたわけじゃないわ」
「…で、コウには無視する、って言う選択肢はないわけだ?」
苦笑するアルバロに、コウは肩を竦めて見せた。
距離的に離れて暮らすようになり、魔法院にいた頃とは比べ物にならないくらいに関わりは激減している。
けれど、二人にとっては何か、と言う時に頼るべき存在のようで、こうして連絡が入る事も少なくはない。
前に連絡が来たのは―――ひと月ほど前だっただろうか。
「アルバロの仕事はないの?近くにあるなら、ついでに片付けた方が良いと思うけれど」
腰を上げたコウが、適当に結いあげていた髪を解く。
外出の準備を整えるためだろう。
肩越しに振り向いた彼女を一瞥してから、脇に置いてあった手帳を引き寄せる。
「―――近くはないが、一つ。魔法薬をつけるなら倍支払うと言ってるが…どうする?」
「じゃあ、作りましょうか。何の薬をご所望?」
アルバロの元へと戻り、手元の手帳を覗き込む。
客の名前を読み取ったところで、彼が答えた。
「若返り」
「……………まぁ、いいわ。それなら1時間もあれば出来るし」
定期的に仕事をくれるお得意様の年齢を思い出し、思わず沈黙するが、個人の自由だと割り切ってしまう。
そうして、コウは足早に隣の部屋へと移動した。
魔法薬学の成績が悪くなかった二人は、家の中に研究室を持っている。
両側の棚には、魔法院に引け劣らない数多くの魔法薬の材料が陳列していた。
コウは慣れた様子で棚へと近付き、いくつもの種類の瓶やら袋やらを持ち上げていく。
それを中央のテーブルに置き、早速作業を始めた。
材料を刻み始めたところで、自分の手元を見たコウが、あ、と呟く。
「アルバロ、ちょっと」
隣にいるはずのアルバロを呼ぶ。
程なくして姿を見せた彼は、既に着替えを済ませたのか先ほどとは違う服装だった。
近付いてくる彼に、ひらりと左手を差し出す。
あぁ、と納得したらしい彼の手が、コウのそれを取った。
「いつも忘れるね」
「馴染んでるから」
アルバロの指先がするりと滑り、コウの指からリングを抜き取っていく。
そして、手慣れた様子で彼女の首元に指を差し込み、服の下に隠れていた細身のチェーンを引き出した。
彼女の作業の邪魔にならないように背中側へと回り、フックを外してチェーンにリングを通す。
「ありがとう」
胸元に落とされたリングを見下ろし、素直に感謝を述べる。
魔法薬を作る時は、出来るだけ外すようにしているリングだが…実は、忘れてしまう事の方が多い。
思い立ったが吉日と、予定なく作り出す事が多い所為だ。
今のようにアルバロに助けを求める回数も、必然的に増える。
彼の動作が手馴れていた理由は、そこにあった。
「それにしても…家の裏に湖を作るなんて、普通に出来る事じゃないな」
持ってきていたらしいメサージュを見下ろし、楽しげに笑う彼。
横目でその表情を見ていたコウは、手元に視線を戻してから「そうね」と同意した。
「エストくんの苦労が目に浮かぶけど…」
「あの子は何だかんだ文句を言いながらも、笑ってるわ」
きっとね、とその表情を思い浮かべ、口角を持ち上げる。
「たぶん、ミルス・クレアからユリウスも来ているわね」
「ああ、そうなると、ノエルくんにも連絡が行って―――」
「エドガーも絶対飛んでくるわ。スクープは大好物だもの」
「あぁ、でも…殿下やラギくんは無理かな」
「あら、殿下じゃなくて、次期国王よ。近いうちに外遊するって言っていたから…来ているかもしれないわね」
「そんな偶然―――ありえるから、ルルちゃんだよねぇ…。ラギくんも引き寄せそうだ」
何だかんだと、かつてのメンバーが集まるような予感。
これはきっと、予感だけでは終わらない。
ありありと想像できてしまう、その光景は懐かしくも優しい。
「やれやれ…そうなると、三日は帰れそうにないな」
「そうね。薬が出来るまでに、戸締りと薬草室の水やりをお願い」
「はいはい」
行ってくるよ、と後ろから耳元にキスされた。
吐息が耳を掠め、思わず肩を揺らせば、楽しげに笑う気配が遠ざかっていく。
まったく…と時折顔を覗かせる彼の悪戯心に苦笑し、鍋の中を掻き混ぜた。
さて、懐かしいメンバーへの土産は如何しようか。
Request [ 七周年企画|緑桜さん|アルバロとヒロインが結婚したという前提の話 ]
11.12.24