とある家族の休日は、
父さんと公園でサッカーやるんだよ!
昨日と言わず、それを決めた一週間前から何度も聞いてきた言葉。
楽しみで仕方なかった息子は、昨夜は9時を待たずにベッドに入ってしまったほどだ。
朝のキッチンでお弁当の準備をしながら、その事を思い出してクスリと笑う。
その気配を感じたのか、リビングの翼が「紅?」と呼んだ。
「あの子の様子を思い出したら、微笑ましくて」
気にしないで、と言いながら、根元を折ったアスパラにベーコンを巻く。
子どもが食べるには少し長いけれど、弁当箱に詰める時に長さを整えるので問題ないだろう。
着々と作業を進めていると、寛いでいたはずの翼がキッチンへとやってきた。
準備が進むそれを見て、軽く目を見開く。
「量、多くない?」
「そう?あの子、最近結構食べるのよ」
成長期だから、と答えながら朝食の味噌汁をくるりとかき回す。
へぇ、と呟く翼の声は、どこか感慨深そうだった。
「…前に弁当を持って出かけたのっていつだっけ?」
「1年くらい前かしら。子どもの成長は早いわね」
あの頃は、まだ2.5人前くらいしか準備する必要がなかった。
それを思い出し、懐かしいと感じる。
「さ、そろそろ起こしてきて。自分で起きるって言った時間から、30分も寝坊してるから」
紅にそう促され、キッチンを出て息子の部屋へと向かう。
そう言えば、30分くらい前に目覚ましが煩く鳴っていた気がする。
寝起きの悪さは誰に似たんだろう…そんな事を考えた。
「悠希、起きなよ」
部屋の寒さから逃げるように、布団の中で丸くなる息子。
声をかけると、もぞり、とより深い所に逃げようとするその動きに小さく笑った。
「サッカーするんじゃなかったの?」
「………する」
小さな声が布団の中から聞こえ、ゆったりとした動きで顔が出てくる。
自分譲りの髪は、元気にあちらこちらへと跳ねていた。
寝癖を取るのに苦労するな、と笑いながら、跳ねた髪を撫でる。
「おはよう」
「…おはよ、とうさん…」
まだ眠いのか、目をこすりながら時計を探す悠希。
やがて、その目が目覚まし時計を見て、パチッと意志を持った。
「寝坊した!」
「うん。早く顔を洗って、リビングにおいで」
バタバタと足音をさせて部屋を出て行った悠希を見送り、リビングへと戻る翼。
ドアを開くなり、ふわりと香る朝食の匂いは、心を穏やかにする。
「ありがとう。起きた?」
「慌てて顔を洗いに行ってるよ。今日も盛大な寝癖だった」
「翼の髪質は大変ね」
「紅の髪は良いよね。寝癖が付きにくくて」
肩を竦めた翼が、後ろで一つにまとめられた紅の髪を掬う。
お椀に装った味噌汁をテーブルに置き、振り向いた彼女はもう、と彼の背を押した。
「翼も早く手を洗ってきて。悠希が来たら食べるわよ?」
「はいはい」
そう言った翼が廊下へと向かう。
それと入れ替わるようにして、小さな悠希がリビングに飛び込んできた。
「母さん、おはよう!寝坊した!」
「おはよう。そうね、今日も目覚ましが一人で頑張ってたわ」
「何で起きられないんだろう…」
元気に近づいてきた悠希は、その事に真剣に悩んでいる。
起きる意思はあるのに、起きられないらしい。
冬と言う時期がそうさせているのもあるだろうし、子どもはいくらでも寝られるものだ。
その内起きられるようになるわよ、と悠希の頭を撫でてから、お盆を片手にキッチンに戻る。
「悠希、ご飯をお願いできる?踏み台はそこにあるから」
「うん!」
出来るよ、と答える満面の笑みに、翼の面影を見た。
顔立ちはどちらかと言うと自分に似ていると言われる事が多い。
けれど、ふとした時の表情はやはり翼にも似ていて…それに気付いた時、胸の辺りがほんのりとあたたかくなる。
これを、人は幸せと呼ぶのだろう。
「炊き立てだから気を付けてね」
悠希は決して不器用ではないけれど、自然と手を止めて見守ってしまうのは親の性だ。
危ないからと言って任せないのでは、子どもは成長できない。
ある程度の手伝いが出来るようになってからは、悠希にも色々な事を任せるようにしている。
今の所、大きな失敗をして危険が及ぶような事態はなかった。
「へぇ、手伝ってるんだ」
戻って来た翼が悠希の後ろから作業を覗きこみ、褒める。
少しだけ紅を見た彼の目が、大丈夫だよ、と言っていたから、悠希は彼に任せる事にした。
紅は小さく頷き、弁当の仕上げに取り掛かる。
詰めたら終わりと言う所まで進めておけば、悠希が着替えている間に準備が整うだろう。
「用意できたよ」
「すぐ行くわ」
三人で使うには広いテーブルを囲う。
いただきます、と朝食の時間が始まった。
日曜日の公園には、親子連れの姿が多い。
楽しげな姿を見ていると、自分たちもそう見えているのだろうか、と嬉しくなる。
準備運動を終えた悠希は先に芝生の上を走り出し、器用にリフティングをしていた。
「お、結構うまくなってるね。まだ1回も落としてない」
「この間、風祭くんに教えてもらったみたい」
「将が?」
「オフだから帰ってきてたみたいよ」
偶然会ったの、と答えた紅は、持ってきた弁当を置いてベンチに座る。
どうやら、今日は一緒にサッカーをやるつもりはないらしい。
いそいそと撮影準備をする様子に、翼が首を傾げた。
「あ、言い忘れてたけど。今度の企画のために、写真を撮らせてもらうわね」
「…仕事好きだね、ホントに」
「好評なのよ。翼と悠希の写真」
実は、二人の写真は会社が出しているスポーツ雑誌の1ページを飾る事も、珍しくなかったりする。
撮ったのはプロでも何でもない紅なのだが、それが良いと評判だ。
「悠希~」
のんびりと名前を呼ぶと、リフティングの合間に彼がくるりと身体の向きを変えた。
我が息子ながら、中々に器用だ。
すかさずシャッターを押すと、悠希はぽーんとボールを高く飛ばし、それを腕でキャッチした。
そして、ボールを手にピースサインを作る。
「また、写真使ってもいい?」
「いいよ!父さんまだ?」
「はいはい」
歩き出した翼が悠希の近くまで行き、その足元にあったボールをあっさりと奪った。
気付いた時には足元から消えていたそれを奪い返そうと、悠希が走り出す。
楽しげな二人の様子をカメラに収める、紅もまた、楽しそうな笑顔だった。
Request [ 七周年企画|奏望さん|数年後、子供を含めた休日の話 ]
11.12.18