終わり、そして始まる、
月を仰ぎながら、酒を飲む。
この辺りを占める天人との大戦を明日に控え、気持ちが高ぶっているのだろう。
いつまでも訪れない眠気を求める事を諦め、縁側に胡坐を掻いてから優に2時間は経っている。
睡眠不足程度が体力に影響する事はないけれど、そろそろ身体を休めるべきなのかもしれないと思っていた。
その矢先―――
「!」
酒瓶を放り出し、脇に置いた刀を抜く。
抜き身の刀身でキィン、と弾いたそれが、闇を纏う廊下に月光を反射させた。
そこで、小刀を投げたままの姿で佇む男―――高杉晋助。
彼は、紅の視線に気付き、満足気に口角を持ち上げた。
「いい感度だな」
「お前の殺気は下手なものより背筋に来る。それより―――今の、本気だっただろ」
お返しとばかりにいくらかの殺気を載せて高杉を睨み付けるも、効果はゼロ。
楽しげな眼差しに、諦めたように視線を外した。
「お前も眠れないのか―――いや、そんな事はないか。心臓が鋼か何かで出来てそうだからな、お前は」
自分と同じなのか、と思ったけれど、自らでそれを否定する。
高杉に限って、明日の大戦が原因でと言う事はないだろう。
緩く頭を振った紅に、高杉はククッと喉を鳴らした。
「案外、テメーと同じ理由かも知れねぇぜ?」
「……………」
言葉がなくても十分だ。
紅の目は、口ほどに物を言っていた。
その視線を軽く流し、高杉は腰に差した刀を抜いた。
すらり、と音もなく現れる白銀の刀身。
「構えろよ」
高杉の誘いに、沈黙を返す紅。
抜いたままだった刀を横目に一瞥し、もう一度彼を見る。
「どうせ、眠れねぇんだろ?」
気分が昂揚している紅にとっては、甘い誘いだ。
こう言う時は、天人としての本能が強く疼く。
何かを考えるように瞼を伏せ、やがて目を開く彼女の目が朱く染まるのを見て、高杉は笑みを浮かべる。
「…後悔するなよ」
それは、どちらの言葉だっただろうか。
大きな岩に二人して腰をおろし、弾む呼吸を整えていた。
あれから、何時間が経ったのか―――少なくとも、月が傾いたと感じるだけの時間が流れた。
やがて、呼吸が落ち着いてくると、その場に静けさが戻ってくる。
「…あー…何か…すっきりした」
思い切り身体を動かしたおかげだろうか。
頭がすっきりと冴えていて、けれど身体は程よく疲れを訴えている。
興奮が落ち着けば心地良い眠りにつけそうだと思った。
「…そうかよ」
吐き捨てる様な声が背中から聞こえる。
お互いがお互いの背中を支え合うようにして、一つの大岩に腰掛けた二人。
呼吸が落ち着けば、背中越しに相手の鼓動を感じた。
「…心音が早いな。へばった?」
「…ハーフと一緒にすんな」
その返事が、やや拗ねたような色を帯びていた所為で、思わず笑い声を殺す。
けれど、その笑いは背中越しに高杉へと伝わってしまった。
ゴツッと後頭部に頭突きされる。
「いや、十分人間離れしてると思うよ、お前らは」
項垂れるようにして、ぶつけられた後頭部を摩りながらそう答える。
お前ら、と複数形で言い表した理由は、紅が言う人間離れした連中が高杉一人ではないからだ。
「ほんとに…うっかりしてると、こっちが斬られそうな気がする」
そんな呟きを背中で聞きながら、高杉は聞こえないように小さく舌打ちをする。
それはこっちのセリフだと言いたかった。
こちらは「うっかりしてると」なんて頻度ではなく、常にその危険に晒されている。
更に言うと、興奮が最高潮になると、彼女の攻撃からは一切の手加減がなくなるのだ。
女に負けるなんて、と思うけれど、こればかりは血の影響を否定は出来そうになかった。
そんな状況にありながらも、彼女の中に流れる天人の血を忌まわしいとは感じない。
それはひとえに、紅が紅だからなのだろう。
「夜が明けるな」
高杉の正面の山の端から、光の帯が差してきている。
もう間もなく、太陽が顔を見せるのだろう。
支えていた背中の熱が少し離れ、彼女が振り向く気配がする。
「…もうそんな時間なのか…」
「結局、一睡もしてねぇな」
「いや、アジトに乗り込むのは昼前だ。少しなら休めるだろ」
そう言うと、紅はよっと声を発して立ち上がる。
休憩の間に強張った筋肉を伸ばすように、大きく腕を上げた。
「晋助」
数歩進んだ紅が振り向き、高杉を呼ぶ。
昇ろうとしている朝日を背に、彼女は笑った。
「ありがとう、付き合ってくれて」
「…俺も身体を動かしたかったからな」
そんな事を言うけれど、自分の事がなければ素直に部屋で休んでいたはずだ。
もちろん、それを口にしたところで、彼が認めるはずもない。
天邪鬼だなぁ、と心中で笑い、そっか、と頷いておく。
地面に突き立てていた刀を抜き、そっと陽に翳す。
丁度、山の端から昇った朝日を反射する刀は、目を奪われるほどに幻想的な雰囲気を纏っていた。
太陽が昇れば、またこの相棒と共に多くの命を斬るだろう。
行きつく先がどこなのか―――何もわからないまま、それでも明日へと向かうために、斬り続ける。
爽やかな目覚め。
うーん、と腕を伸ばし、ハッと気付く。
「………あそこから帰って来た記憶がない…?」
「だろうな」
首を傾げたところで背後から声が聞こえた。
布団の上から振り向くと、呆れた表情の高杉がそこに立っている。
「帰り道で突然ぶっ倒れやがったからな、テメーは」
「え…そんな事が…?」
そんなまさか、と思うけれど、記憶がない事と、高杉の表情を見ている限りでは、嘘だとは思えない。
どうやら、彼はその場に放置する事無く連れ帰ってくれたらしい。
「………ったく…遊びで体力が底を尽くまで動く奴があるか」
「そうだな…反省しないと。いくら晋助との斬り合いが楽しいからと言って、これはないな」
苦笑し、それから思い出したように「ありがとう」と礼を言う。
高杉はふん、と鼻を鳴らし、顎で廊下の先を示した。
「時間だ」
「…ああ、そうだな」
枕元の刀を腰に挿し、頷く。
戦いの一日が始まろうとしていた。
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11.12.17