未来を創ろうよと、

霧雨が降る土曜日の午後。
特に予定もなく、示し合わせたわけでもなく、ツナが紅の部屋へとやってきた。
女性らしい、と言うよりは、シンプルな室内。
それが、不思議と彼女を連想させるのだから、この雰囲気は彼女と合っているのだろう。
彼女の膝を借り、ぼんやりと天井を見上げながら、そんな事を考えた。

「…眠るんじゃなかったの?」

どこか笑いを含んだその声は、彼女の顔を隠す本越しに聞こえた。

「…寝るのが勿体なくて」
「頭が痛いと言って人様の膝を借りたのはどこの誰だったかしら…」

まったく、と溜め息が聞こえた。
けれど、その声もやはり笑いを含んでいて、本気で責めているわけではないとわかる。
紅は決して、ツナが甘えたいと思う時間を邪魔しない。
年上だからと言う事もあるだろう。
ずっと姉として生きてきたから、半ば本能的なのかもしれない。
けれど、その姉としての本能以上に、彼女はツナを甘やかす。
その肩に圧し掛かる重圧を知っているからこそ、安らげる場所になろうと決めたから。

「頭痛はもう大丈夫なの?」
「…うん。こうしてると、楽」

全てが嘘と言うわけではない。
頭が痛いと言えば、紅がそうしてくれるだろうと予想して告げた事は事実だが。
実際に頭が重たかったし、鈍い痛みもあった。
こうして横になっていると楽だと言うのも、本当。

「紅は何を読んでるの?本…じゃないよね、それ」
「ん?見たい?」

読みたい?ではなく、見たい?と表現した彼女に、心中で首を傾げる。
頷けば、彼女は開いていたそれを閉じて、ツナへと差し出した。
寝転がっている所為で重力があべこべで、危うく自分の顔の上に角を落としそうになる彼。
慌てて紅がそれを取り上げ、額にコブを作る事態は避けられた。

「…アルバム?」
「そう。懐かしいでしょう?」

一見すると、アルバムには見えない背表紙だった。
けれど、渡されたそこに挟まっていたのは、かつての沢田家の面々だ。
二人がかなり幼い頃の写真には、父の姿もあった。

「その次のページを開いてみて」

紅にそう言われ、ツナの指先がページを捲る。
そこに貼られていた写真は4枚。
昔、子どもの頃に近くの公園に行った時の写真だ。
その内の一つを見て、あ、と呟いた。

「今と同じよね」

場所は違うけれど。
紅がそう言った写真には、公園の芝生の上で木に凭れて膝枕をする彼女と、されているツナの姿が写っている。
撮られた覚えはないから、本当に眠っている時の写真なのだろう。
起きている彼女は、少しだけ困ったような表情をしている。

「この時、何かあったの?」

自分が紅を困らせていたのだろうか。
もしかすると、今もそうなのかもしれない。
少しの不安がツナの中に生まれた。

「…子どもの頭って、意外と重いのよ」

少しの間を置いて。
紅はそう答えた。
その言葉に理解できなかったツナは、アルバムを胸の上に置いて紅を見上げる。
視線に気付き、紅が苦笑した。

「要するに、足が痺れていたの」
「…それは……ごめん?」
「今更謝ってもらう必要はないし、そのつもりもないわよ」
「もしかして、今も重い?」

退こうか、と考えるも、身体は正直で―――動こうとしない。
それに気付いたツナが自嘲気味に小さく笑う。
勘の良い彼女も気付いたらしく、クスリと笑ってからツナの髪を撫でた。

「大丈夫よ。私も子どもじゃないんだから」
「…そっか」
「ところで、話は変わるけれど…来週のクリスマスの予定はどうなの?向こう?」

ふと、思い出したように紅が尋ねる。
それを聞き、今思い出した、とばかりにハッとした表情を浮かべるツナ。

「ごめん。忘れてたけど…クリスマスは、こっちで過ごすよ。って言うより、向こうに行くのは年明けかな」
「そうなの?パーティーに招待されているから、向こうだと思っていたわ」
「招待されたんだけど…」

そう言って、語尾を弱くするツナに、事情があるのだと察した。
聞くべきか、聞かざるべきか。
思案した紅がツナを見下ろすと、彼もまた、こちらを見上げていた。
ほんの少しだけ、頬を赤くして。

「…綱吉?」
「………向こうに行ったら、紅は世話だとか挨拶だとか言って…忙しいだろ」

そう答えると、逃げるように視線を逸らしてしまう彼。
告げられた言葉の内容を反芻し、噛み砕いて、少しずつ理解する。

「…寂しいの?」
「べ、つにそうじゃないけど!」

そうだと言っているような反応だが、そこは追及しない。
あっちを向いたままの彼だが、見えている耳が真っ赤だと気付いているだろうか。

「―――折角のクリスマスだし、紅と一緒に過ごせたらと思って」

だから、やめた。
小さく小さく、囁くように理由を話してくれた彼は、惜しい事をしたと気付いていない。
今もしも振り向いていれば、少女のように頬を赤くして照れた紅が見られたはずだ。
彼女は息を殺して深呼吸をして、心を落ち着ける。
3秒でいつも通りを取り戻してしまうあたり、ツナよりも場数を踏んでいると言えるだろう。

「商店街のクリスマスツリーが綺麗だって聞いたわ」
「うん。毎年、結構な賑わいだよ」
「見に行きたいな」
「…ん、わかった」

そこで、ツナが身体を起こす。
軽くなった膝の上に、アルバムが返された。

「写真を撮ろうか」
「ツリーの?」
「それもだけど。これからの写真を…たくさん」

子どもから大人までの、空白の時間。
アルバムを見れば、嫌でもその存在を思い出した。
過去をやり直すことは出来ないけれど、未来を創っていくことは出来る。
そんなツナの言葉に、紅は笑顔で頷いた。

「楽しみね」

そうだね、と頷くツナ。
その笑顔だけで十分だと―――口には出来ないけれど。

Request [ 七周年企画|サラさん|ツナと過ごす一日の話 ]
11.12.10