動物コンビの悪戯は、
「あれ、これっていつもと違う塗料じゃない?」
刷毛を片手に、塗料缶を持ち上げたコウがそう呟いた。
防錆塗料が必要だったのだが、缶にそれらしき表記はない。
「あちゃー…ホントだね」
一緒に作業していたベポが、缶の表面を読み、頷く。
これでは、海を進んでいくうちに錆に浸食されてしまう。
さて、どうするか―――今後の対応を考えていたはずのコウが、ピンッと表情を輝かせた。
古い表現だが、彼女の頭上に閃き電球が光った気がする。
「ベポベポ、あのね―――」
甲板の上、動物コンビが顔を突き合わせて悪だくみをした。
ローがこんな表情をするのは珍しいと言える。
ここ数日、興味のある本を見つけたとかで、自室にこもっていた彼。
コウが「日光浴しないと腐るよ!」と言って引っ張り出していたので、一日数十分は部屋の外にいたけれど。
食事と、彼女が連れ出す時間以外は全部、部屋で過ごしていたのだ。
そうして、漸く本を読み終えて、満足感に心を満たしながら外に出た彼は、目の前の光景に唖然とした。
「………」
疲れすぎか、と瞼を閉じ、ぎゅうぎゅうと眉間を揉んでみる。
そして、再びそっと目を開いて見るも…状況が変わるはずがない。
目の前の光景は、間違いなく現実のものだからだ。
ふぅ、と短い溜め息を吐き出し、彼は誘うように点々と続く足跡に従い、歩き出した。
そう―――船の廊下の床に、白い足跡が続いていたのだ。
等間隔で並んだそれは、時折遊ぶように歩幅を広くしてみたり、右右と続いたりしている。
見ている分には微笑ましいものの、掃除の観点から考えると、頭が痛い。
誰がした、なんて考えるまでもないだろう。
少し進むと、足跡が大きくなった。
「………あの動物コンビが…」
コウだけかと思ったが、どうやら間違っていたようだ。
そう言えば、コウとベポが塗料を塗り直す役を買って出ていたのを思い出す。
コウは能力者なので海に落ちる危険は避けるべきだが、彼女は甲板に出るのが好きだ。
本人にも自覚があるので落ちる様な無茶はしないから、仲間たちも気にせず任せていた。
「あ、キャプテン。引きこもり生活は終わったんだな」
向こうから歩いてきたシャチがローに気付き、小さく笑った。
ローの視線がどこにあるのか、気付いたからだろう。
「甲板はもっとすごいから」
「進行中か?」
「進行中だな」
頷くシャチに、再び溜め息。
「誰が掃除するんだ…」と呟くと、「あいつらだろ」と笑った。
「ああ、そう言えば…さっき、敵襲だってコウが走ってったぜ」
「そうなのか?」
「入り江の船に気付いて、単身で乗り込んできた馬鹿だ。あいつらだけで十分だろ」
焦っている様子が見られない事から、ロー自身も大して反応は示さなかった。
今から行っても片は付いているか―――と思いつつ、再び歩き出す。
足跡が靴跡に変わった。
ついでに、数が減って歩幅が大きくなる。
ブーツの足跡を追っていくと、それは甲板に続く扉へと向かっていた。
海水を阻むための分厚いそれを開くと、予想通りの光景がそこにあった。
顔に深い爪痕と、ついでに塗料に塗れた海兵が一人、甲板に伸びている。
その上でつまらないと言った様子で欠伸をする、一匹の黒猫。
ハッチを開く音に気付いたのか、彼女が振り向いた。
「ローさん、出てきたんだね」
面白かった?と首を傾げ、その場で人の姿へと戻る彼女。
下敷きにしている海兵の事など、絨毯程度にしか認識していないかのような素振りだ。
「まぁ、それなりにな」
「へぇ…面白かったんだ。私も楽しめそう?」
「………無理、だな」
即答はせず、あえて少し悩んでから答える。
内容を思い出してみるが、彼女が理解できるとは思えない。
彼女の頭が悪いわけではないけれど、根本的な知識不足を痛感する事になるだろう。
「そっか、残念」
コウはわかり切っていた様子で笑う。
元々、ローが時間も忘れて読み耽るような本が自分に向いているとは思っていない。
ただほんの少しだけ、同じものを共有できれば、と思っただけ。
「それより―――」
この話は終わりだと、大股で彼女との距離を詰める。
きょとんと自分を見上げる眼差しに、迷いや恐れはない。
恐らく―――いや、間違いなく、彼女は忘れている。
自分たちがしでかした悪戯を。
ローは容赦なくコウの頭を鷲掴みにした。
「…ローさん、痛いです」
「お前の頭は空っぽじゃないよな?どこにすっぽり落としてきたんだ?」
「???」
頭の上に疑問符が咲いた。
本気で忘れているらしい彼女に、深々と溜め息を吐く。
そして、無理やり頭を動かして足元を向かせた。
あ、と呟く声。
恐る恐る上がってきた顔には、引き攣った表情が浮かんでいた。
あえて作った笑顔を見せてやれば、彼女の頭に猫耳が現れる。
「…あはは―――ごめんなさい」
流石、動物的本能が強いだけの事はあって、この辺りは素直だ。
「ベポはどこいった?」
「廊下の…反対側?」
「ったく…自分たちで掃除しろよ」
「はい、キャプテン!」
びしっと敬礼するコウ。
反省の色を見せない彼女を見て、とりあえず―――出現した猫耳を思い切り引っ張っておいた。
「キャプテン、この海兵どうしよう?」
「その辺に捨てとけ」
「アイアイ!」
「そう言えば、ローさん。塗料が間違ってたよ。防錆仕様じゃない奴だった」
「…なるほどな。だから遊んだのか…」
「…アハハ…顔がコワイです。ゴメンナサイ。痛いので耳は止めてください…」
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