人騒がせな彼女の、
「シャンクスの馬鹿ァ―――ッ!!!」
肺活量の限りを尽くし、そう叫んだコウがピョーンと甲板を飛び出した。
海に落ちる事はなく、港の桟橋へと軽々着地。
その場にいた全員の鼓膜に絶大なダメージだけを残し、彼女は風のように走り去った。
「…いいのか?」
放っておいて、と問うベックマン。
彼の視線の先で、シャンクスが苦笑を浮かべて見せた。
「その内、頭を冷やして帰ってくるだろ」
良きにつけ悪しきにつけ、彼女が感情的だと言う事は、自他共に認める所だ。
沖であれば自室にこもり、島であれば町へと飛び出していく。
そして、数時間後には戻ってくる。
皆、それが彼女流の頭の冷やし方なのだと、知っているのだ。
だから、今回もそうだろうと思って、誰も彼女を追わなかった。
まさか彼女が―――兄と慕うエースと偶然出会い、白ひげの船に逃げ込むなんて、想像もしていなかったから。
白ひげと言えば、四皇であるシャンクス以上に名の知れた人物だ。
航海の途中、何度か会ったエースから話は聞いていたけれど、顔を合わせるのはこれが初めて。
興味と、期待と…とにかく、コウの目が色々な感情でキラキラしていた。
そのあたりの話は、また別の機会にするとしよう。
とにかく、当然のように受け入れられたコウは、大変可愛がられた。
その歓迎ぶりは、コウ自身が家出ならぬ船出をしてきていた事を忘れてしまうほどだった。
黒猫になったり、人間に戻ったり…どんな姿でも、あちらこちらからお呼びの声がかかる。
そんな忙しい時間の中でも笑顔を見せているコウの様子を、甲板の端から見守っていたエース。
「こんなに可愛がられるんだから、白ひげに来ればいいのによ…ったく」
ガシガシと髪を掻き、帽子をかぶり直す。
そこで、水平線に一隻の船を見つけ、エースは目を細めた。
「マルコ」
ほど近い場所にいたマルコを呼ぶ。
首をこちらに向けた彼に、くいっと顎で水平線を示した。
「行ってくるから、コウを頼んでいいか?」
「ああ、任せとけよい」
その返事を聞いて、エースはストライカーが保管されている場所へと向かう。
炎の推進力で甲板へと降り立ったエースを、赤髪海賊団のクルーは警戒する事無く受け入れた。
近付いてきていた事は知っていたし、彼が何故、単身で船に乗り込んできたのかもわかっている。
シャンクスが前へと出れば、エースは珍しく感情を消した。
「コウを勝手に連れて行った部分に関しては、謝る。悪かった」
「いや―――」
「俺も、海賊船に乗ってる以上、どんな事も自分の責任だって事はわかってんだ。
けどな―――コウが泣くなら、話は別だ。」
ざわっと外野が騒がしくなる。
「泣いてなかった。でも、耐えるみたいに唇を噛むコウを見てられなかったから、誘ったんだ」
コウは自分が感情的になりやすい子どもだと言う事をわかっている。
だから、思い切り喧嘩をした後で、必ず後悔する。
「俺の仲間に会わせたかったってのもあったな。案の定、船の上で可愛がられてる」
昼だと言うのに夜の宴会のようだった船の光景を思い出した。
もし、赤髪海賊団に居られないとしても、彼女は仲間に受け入れられる。
そう確信したからこそ―――エースは、シャンクスを睨み付けた。
「コウを幸せにできないなら、俺が奪う」
妹以上に大切な彼女のためなら、四皇にだって食らいついてみせる。
エースの目は本気だった。
長い沈黙。
口を閉ざしていたシャンクスが、ゆっくりとそれを開いた。
「たとえ、お前が奪って行っても…取り返す。コウは俺たちの仲間だからな」
強い覇気がその場を支配する。
海賊歴の浅いクルーは、頬に汗を流した。
「“仲間”…か」
自嘲するように、エースがそう呟く。
「気付いてねぇのか、そう言い聞かせてんのか―――とりあえず今は、その言葉を信じる」
「エース…」
「明日になったら、迎えに来てやってくれ。今日は…うちで預かる。親父が喜んでるからな」
そう言って帽子を手で押さえると、トンと甲板を蹴ってストライカーへと戻る彼。
そのまま、何も言わずに白波を残して船へと戻っていった。
「お頭、火拳は―――」
「…だろうな」
本気の目の中に見た、燃える様な感情。
シャンクスたちにそのつもりがなくても、コウに何かあれば―――彼は本気で食い付いてくるだろう。
―――気付いてねぇのか、そう言い聞かせてんのか…
「…痛い所を突いてくるぜ、まったく」
「アンタには良い灸になるだろ。…迎えはどうする?」
「エースの指示通り、朝一で船をつける」
そう言うと、シャンクスは自室へと向かって行った。
翌日、船を見るまで本気で忘れていたらしいコウ。
顔を見せる事に躊躇ったのはほんの数秒で。
「コウ。帰って来い」
その言葉一つで、彼女は迷いなく海を飛んだ。
シャンクスの前に降り立った彼女が何を言ったのかは聞こえない。
もちろん、何を言われたのかも。
けれど、二人の喧嘩が終わり、落ち着くところに落ち着いた事は、わかった。
一頻、仲間に揉みくちゃにされたコウは、思い出したように甲板の縁に走ってくる。
「エース、元気でね!!また会おう!!」
その表情に翳りはない。
それだけで、十分だ。
「おう、元気でな!」
エースが答えると、その後ろから「何かあったらいつでも来いよ」と言う類の声が飛ぶ。
白ひげのクルーたちに笑顔で手を振って、彼女は仲間と共に水平線に消えた。
「寂しいだろ、エース」
いつの間にかそこにいたらしいマルコに問われ、エースは苦笑する。
「あんな顔見せられたら、無理だろ」
心配して損したぜ、なんて呟きながら、小さくなった船に背を向けた。
「それにしても…赤髪は引く手数多だろ」
「よりによって、コウを選ぶ理由がわからん」
「いや、コウは可愛いだろ。見ただろ、あの表情」
「あぁ、アレな。猫っつーより、犬っぽかった」
「あんな顔で抱き付かれたら、誰だって落ちるだろ」
「あぁ、落ちるな。一瞬で」
「ロリコンじゃなくても落ちるな、確かに」
「コウはロリコンに入るか?」
「いや、俺たちはまだ許容範囲だが…赤髪からしたら入るだろー」
「お前らその辺にしとけよい―――って、遅かったか」
マルコの助言を掻き消すように、炎の壁が走った。
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11.11.06