彼が望む私でいられるように、
「―――、」
「…今、何か…?」
町を歩いていたコウが、前方から視線を逸らした。
探すように右を、そして左を確認する彼女。
その隣で、ティルが何かを考えるように細い路地を見つめる。
「ねぇ、何か聞こえなかった?」
フリックを振り向いた彼女が問いかける。
そうか?と首を傾げたところで、ティルが視線を向けていた路地から、何かが飛び出してきた。
その“何か”はものではなく、人。
衣服を着崩し、裸足で走ってきたのは女だった。
コウが目を見開き、その身なりに何かを察して眉を顰める。
女は必死に走り、そしてティルの元へと辿り着き、その腕にすがりついた。
「お願い、助けて…!」
救いを求める声を聞き終えるや否や、路地から二人の男が走り出てくる。
状況を察していたコウとフリックが、男らの手にあるナイフを見て臨戦態勢に入った。
しかし、ティルが片腕を上げ、二人を制する。
彼は一旦女を離れさせ、いつの間にか取り出していた棍を片手に歩く。
そうして、ものの数秒で大の男二人を地に沈めた。
それを見届け、コウが思い出したように自分の方からマントを外す。
そして、その場で蹲っていた女の元へと走り寄った。
コウの接近に気付き、女が気怠そうに顔を上げる。
あと3歩で彼女の元に辿り着く、と言う所で、コウはグイッと腕を引かれ、否応なしに足を止めた。
腕を引いたのは、つい先ほど男らを伸したばかりのティルだ。
「ティル、あの…」
「フリック」
腕を離して、と言うよりも早く、彼はどこか真剣な表情でフリックを呼ぶ。
そして、コウの腕を強く引き、自らの背後へと移動させた。
何故、このタイミングで背中に庇われたのかが分からないコウは、怪訝な表情でティルを見上げる。
「彼女を縛っておいて。城に連れて帰る」
「は?」
「ティル…?」
身なりをボロボロにして涙を流す女を縛れと言う彼。
コウとフリックが戸惑いの表情を浮かべる。
「ティル、どうして?」
「どうして、か―――それは、彼女が一番よくわかってるんじゃないかな。ねぇ?」
誤魔化しのきかない、背筋が逆立つような殺気立った声。
敵を見る時だって、こんな表情を見せないティルだからこそ、違和感を覚えずにはいられない。
ソウル・イーターから伝わるのは怒り―――コウは訳が分からず困惑した。
「わからないなら、彼女に聞けばいい。その服の中に差し込んだ手に、何を握っているのかを」
「っ…」
女がびくりと肩を揺らした。
確かに、彼女は路地から出てきた時から、上着の腹部に手を差し込んでいる。
それは、腹部に怪我を負っているからだと勝手に想像していた。
ここまでくれば、納得できないのはコウくらいだ。
フリックは戸惑いを消して彼女に近付き、グイッと隠していた腕を引く。
カラン―――細身のナイフが、地面に落ちた。
「そんな…」
信じられない、と呟くのはコウ。
フリックは溜め息を吐き出し、女の腕を背中で縛った。
既に諦めているのか、抵抗を見せない女の目に、涙はない。
「まったく…勘の良い坊やだわ。どうしてわかったの?」
怯えた様子が演技だったとわかる、高圧的な態度。
睨み付ける視線に、コウが悲しげに眉を寄せた。
それに気付き、ティルは己の身体で彼女をその視線から隠す。
「隠しきれてないんだよ。一般の女を演じたいなら、いっそ生まれ変わった方が早い」
「…反乱軍のリーダーは情に厚い男だって聞いたんだけど…とんだ情報違いだわ」
吐き捨てるように、彼女は倒れている男二人に一瞥をくれた。
恐らく、あの二人も仲間なのだろう。
そんな彼女の行動を見て、ティルが小さく笑う。
「お人好しだってよく言われる。あなたが狙ったのが僕だったら、ここまで怒らなかった」
その通りだ、と思う。
ティルは情に流されてばかりではないけれど、それでも情に厚い人だ。
助けを求めてくる人を初めから疑うような人ではない。
コウはティルの背中を抜け、その後ろから彼の横顔を見つめる。
「あなたは狙う相手を間違えた。だから、僕は許さない」
女はティルと、その隣に並ぶコウを見る。
背中を抜けた事に気付いているだろう彼は、彼女よりも半歩前にいる。
自分が何をしようと、確実にコウを守ることが出来る位置に立っていた。
女は苦笑を浮かべて瞼を伏せた。
「…初めから、注文通りにあんたを標的にしておけばよかったよ。地雷を踏むなんて…耄碌したわ、あたしも」
「ティル様、ご無事ですか!?」
城にほど近い場所だったから、気を利かせた町の人間が使いを出してくれたのだろう。
兵士が町へとなだれ込み、フリックの指示の下、男らと女を連れて行く。
「怪我はない?」
コウが腕に持ったままだったマントを受け取り、彼女の肩に羽織らせながら問うティル。
その表情には先ほどの冷たさはなく、いつもの優しさだけが残っていた。
「私は…大丈夫。ティルが教えてくれたから」
そう、彼が教えてくれなければ、何も気づかず彼女の元へと駆けつけて…どうなっていただろうか。
何の警戒もしていない相手からのナイフを避ける事は、出来ただろうか。
日々の訓練には参加しているけれど―――コウは心根が優しい。
あの状況で女から攻撃されていれば、彼女は避けられなかっただろう。
死ななかったかもしれないけれど、怪我は免れなかったはずだ。
「どうしてわかったの?」
疑問を口にすると、ティルは肩を竦めて視線で紋章を示した。
「僕以上に勘が良いんだよ。特に―――君に対する、殺気や悪意には」
ソウル・イーターは自らの宿主に向けられる殺気以上に、敏感にそれを察知する。
コウが何かに気付いた時には既に、紋章がざわざわと何かを訴えていた。
ふと、コウが悲しげに表情を翳らせ、呟く。
「私は…駄目ね。あんな事にも気付かないなんて」
こんな事では、いつかティルに迷惑をかけてしまうかもしれない。
コウはそれが不安だった。
そんな彼女に、ティルはそっと笑みを浮かべる。
その頬に手を添え、優しく視線を上げさせた。
「コウはそれでいいんだよ」
「………」
「君は優しくていいんだ。その優しさに、皆が救われてる。疑うのは簡単だけど、信じるのは難しいんだよ」
だから、君はそれでいい。
言い聞かせるように、優しくそう告げる。
「コウは僕が守るから。だから、そのままでいいよ」
「…ありがとう」
変わらなくていい、そのままでいい。
その言葉が、どれほどの力をくれるのか…彼はきっと、気付いていない。
強くなろうと思った。
そして何より、優しくあろう。
彼が望む、自分でいられるように。
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11.11.05