想いと向き合う時、

「白哉様は、誰かを…恋しいと思った事はありますか?」

朽木邸を訪れた紅が、そう問いかけてくる。
鍛練の手を止め、白哉は彼女に向き直った。

「私には不要な感情だ」
「…ない、と言う事ですね」
「…必要ない」

認めるのが癪だったのか、白哉はフッと視線を逸らしてそう答えた。
そんな彼の反応に、彼女はクスリと笑う。

「必要はないかもしれませんが…苦しくも、素敵な感情だと思います」
「…紅には、そう思う相手がいるのか?」

彼女の言葉に感じる物があったのか、少しばかり驚いた様子で問いかけてくる彼。
紅は何も答えず、ただ笑みを浮かべるだけだ。
それを肯定だと感じた白哉の受け止め方は正しい。

「お前は―――」

それでいいのか?

その言葉を飲み込んだ。
恋しいと思う相手がいるのに、彼女は自分の元へと嫁ぐ―――それでいいのか、と。
そう思ったけれど、内なる自分に止められ、言葉にできなかった。
その理由はわからない。
ただ、彼女が自分以外の誰かの物になると考えると、酷く不快だった。

「いつの日か…そんな方に出逢えたらいいですね」

願わくは、その相手は私であってほしい。

紅の声なき願いは、言葉にはならなかった。
















三人の隊長が消え、次なる人物を求める現状。
卍解に至っている事実を知りながら、四席に留めていたが…紅の実力は、既に周知の物となっている。

「朽木よ。主の四席―――隊長としての資質は如何じゃ?」

総隊長直々の問いに、白哉はもはや限界を感じた。
それと同時に、かつての彼女の言葉が脳裏に甦る。

―――今よりもっと精進し、上を目指します。多くの者を守りたい。そう思っています。

緋真を妻に迎え、一年ほどした頃。
頭角を現し始めていた彼女は、強い表情でそう言った。
今が、その時なのかもしれない。

「…隊長として、不足ない技量を持ち、部下からの信頼も厚い。十分な資質と言える」

この時、白哉は彼女を解放しようと決意した。








傷付けたかったわけではない。
ただ…貴族の娘として生まれた彼女には、後妻と言う不名誉を与えてしまった。
そんな不満すらも感じさせる事無く、一心に家のために尽くしてくれた彼女。

―――あなたは…何も、わかってくださらなかったのですね…。

肯定も否定もなく、瞼を伏せてそう言った声は、震えていた。
今まで幾度となく苦しみや切なさに曇る表情を見てきている。
その全てから解き放ち、自由を与えようと言うのに…何故、彼女の声は震えていたのか。
一体、自分が何をわかっていないと言うのか。
紅はいつも、自らの心の内を明かそうとしない。

「…言葉にせぬのは、私も同じか…」

白哉は一人、そう呟く。
彼の手には、紅の斬魄刀の鞘が握られていた。
折れた鞘にそれとしての機能はなく、僅かな霊圧の名残を残すそれを、黙したまま見下ろす。
紅が任務から帰ってきたら、もう一度話をすると決めていた。
ルキアに言われたからだけではなく、白哉自身もそうしようと考えていたのだ。
しかし―――彼女は、帰ってこなかった。
慌ただしく告げられた、小隊壊滅の報せ。
生き残りの隊員から、紅が隊員を逃がし、その場に残ったと聞いた。
すぐに現場へと駆けつけたが、そこに残っていたのは夥しい量の血と、霊圧の衝突の痕跡。
彼女の斬魄刀、焔霞の炎の所為なのか、周辺一帯には所々に焼かれた跡が残されていた。
その中に、ほんの僅かに―――けれど、わかる者ならばそれと気付く霊圧。

「…藍染…」

紅の霊圧の裏に、隠すようにして残っていたのは、奴の霊圧だった。
それを思い出し、白哉の目が鋭い光を帯びる。
どんな意図をもって彼女を連れ去ったのかはわからない。
そもそも、彼女は生きているのか、それとも―――
ぐっと握り締めた手の中で、鞘が嫌な音を立てる。
生きていてほしいと願う。
その反面で、その傍らに藍染があるのかと思うだけで、砂を噛むような不快感を覚えた。

白哉は、その不快感の意味を知らない…いや、知っていて、気付かないようにしていた。
その感情が、自らを過ちへと誘うような気がして。
緋真を妻にした時、そして、ルキアを助けた時。
後悔はないけれど、彼は二度、自ら守ると決めた掟に背いた。
その行動は、どちらも同じ類の感情から来ている。

だからこそ―――彼は、この感情に背を向けた。

「今更…誤魔化しは利かぬか…」

いつからだろう―――緋真を愛する心が、過去の物になったのは。
“愛していた”とかつてを語る言葉へと変化し始めたのは。
変化の兆しは、もう随分と昔からあったように思う。
ずっと、見ないようにしていただけだ。
向き合うべき時が来たのだと、その感情を認めた。



もう一度、紅がこの腕に戻ってくるのならば、今度こそこの想いを言葉にしよう。

彼女の面影があちらこちらに存在する部屋の中、白哉は一人、自らの心に決意した。

Request [ 七周年企画|Teaさん|白哉がヒロインへの想いを自覚した時の話 ]
11.09.23