朝日に向かって走る、

「グレミオ、明日…頼んでもいいかな?」

そう言ったティルが手にしているのは、買い物のメモ。
表向きには買い物を頼んでいるのだが、その裏に別の意味を含んでいる事を知っている。
グレミオは穏やかに微笑み、わかりました、とそのメモを受け取った。

「一つの漏れもなく、きちんと揃えておきます。坊ちゃんたちはゆっくりしていてください」
「…うん、ありがとう」

頷き、そしてグレミオに背を向ける彼が向かう先は一つ。
ティルを見送るグレミオの表情は、兄のようであり、父のようでもあった。









「コウ、明日は出かけよう」

ここ半月ほど、旅の拠点にしている宿で荷物を整理していた時。
徐にそう提案したティルに、コウはその手を止めた。

「どうしたの?」
「馬を借りて、丘の向こうまで行こう。その先に、最近になって発掘された遺跡があるらしいんだ」

興味あるだろう?と問われ、素直に頷く。

「グレミオには買い物を頼んであるから」

グレミオさんは?

そう質問しようとしたコウに先回りする形で、ティルが答えた。
こうして、グレミオが買い物に出て、自分たちが別行動を取る事は、時々ある。
あの戦争の時には言えなかった言葉、出来なかった事―――穴を埋めるように、二人の時間を大切にしてくれる。
初めは、邪魔者扱いしているようで申し訳ないと思った。
けれど、それはグレミオ本人により否定された。

「私は、坊ちゃんがあんな風に穏やかにしている姿を見られて、幸せなんです。
だから、私の事は気にせず…二人でいてあげてください」


そう言った彼の表情は優しく、そして偽りのないものだった。
それ以来、こうして時々、二人だけでふらりとどこかに出かけるようになった。

「どんな遺跡なの?」
「調査は殆ど進んでいないみたいだね」
「そんな状態なのに、中に入れるの?」
「色々あって、ね。コウはこう言うのは好きだと思ったから」

間違ってた?と聞かれれば、いいえとしか答えられない。
遺跡は好きだ。
古い過去の歴史を学び、そこに生きた人々の知恵や生活を知る。
先人から学ぶ事は多い。

「ありがとう」
「どういたしまして。少し遠いから、朝が早くなるけど大丈夫?」
「ええ。あまり調査されていないなら、念のためにある程度の装備は整えた方が良いわね」
「そうだね。下の道具屋で揃うだろうから…今から行こうか」

そうして、二人は部屋を出て階段を下りていく。
宿屋の奥にある道具屋に向かうと、二人に気付いた店主がカウンターに立った。

「いらっしゃい。明日の準備かい?」
「ああ、道具を一通り」
「安くしとくよ、兄ちゃん。酒屋の店主を助けてくれたんだってな」

そう広い町ではないから、住民の仲が良いのだろう。
必要な道具をカウンターの上に揃えながら、彼は笑顔でコウに話しかける。

「イイ男を捕まえたな、姉ちゃん。遺跡の話を聞いて、内部に入れるように掛け合ったんだぜ、この兄ちゃん」
「そう、なんですか?」
「おうともよ!遺跡発掘のリーダーが酒屋の店主でな。出来る事なら何でもするってでかい口叩いてよ。
で、近くのモンスターが落とすアイテムって条件を見事にクリアしたってわけだ」

強かったらしいぜ!とまるで自慢の息子を語る様に話す彼。

「…そうだったのね」

コウがティルを見ると、彼は困ったような笑みを浮かべる。
その頬は、僅かに赤い。

「おじさん…それは言わない約束…」
「ははは!気にすんなって!なぁ、姉ちゃん!」

その後は、これ以上暴露されてなるものかとばかりに、ティルが強引に話を割った。
品物を受け取り、料金を支払って、足早に道具屋を後にする。

「ティル、ありがとう。午前中、出かけていたのは町の外にいたからだったのね」
「まったく、あの人は…」

赤い頬を隠すように顔を背けてしまう彼を、可愛いと思ったのは心の中だけにとどめておく。
クスリと笑い、コウは彼の空いている方の手に自身のそれを絡めた。
手袋越しに伝わった喜びの感情は、きっと彼自身の物だと思う。

「…最近、あんまり二人で出かけてなかったから…どうせなら、君が喜ぶところにしようと思ったんだ」

階段を上がりながら、彼がぽつりと語り出した。

「あなたと一緒なら、どこでも構わないのに」
「うん、君はそう言う人だよね。だからこそ、だよ」

多くの事を望もうとしない彼女だからこそ、と考えた。
何をしてもどこに行っても喜んでくれるけれど、もっと、と望んだのはティル自身だ。

「偶々、色々なタイミングが揃っただけなんだよ。
あっちはアイテムが欲しかったみたいだし、こっちは中に入る許可が欲しかった」

町の人間からすれば、あのモンスターは強敵だっただろう。
けれど、あの戦争を乗り越え、今なお各地を旅してまわるティルの敵ではない。
それでコウの笑顔が見られるなら、安すぎる交換条件だと思った。

「近いうちにこの町を出る予定でしょう?…最後の思い出になると良いわね」
「そうだね。仲がどうなってるのかは知らないけど…壁画があるらしいよ」
「壁画…発掘されているものもあるのかしら。気を付けないと」
「通れるところは限られてるから、足場だけ注意してくれって。あと、モンスターが棲みついてるらしいよ」
「それは、出来ればどうにかしてほしいって事?」
「だろうね。念のため、装備も忘れずに。もちろん…君には魔法も紋章もあるから大丈夫だろうけど」

部屋に入っても二人の会話が途切れる事はない。
何気ない言葉のやり取りを楽しみつつ、明日の準備を進める二人。
それは、夕食の時間だとグレミオが呼びに来るまで続いた。










「気を付けていくんだぞ。あそこのモンスターは強いからな」
「まぁ、あんたらなら大丈夫だとは思うが…」

道具屋と酒屋の店主らに見送られ、二人が馬に乗る。
近付いてきたグレミオから昼食を受け取った。

「くれぐれも気を付けてくださいね。坊ちゃんたちが強い事はよくわかっていますけど…油断しないように」
「大丈夫。気は抜かないよ。何があっても、コウに怪我一つさせないから」

ティルのその一言で、集まっていた数人から口笛が上がる。
コウはそんな周囲の反応に頬を染めつつ、手綱を操ってティルの隣に並んだ。

「それは私の台詞でもあるわ」
「うん。頼りにしてるよ。じゃあ、行こうか」

そう言って、二人が馬を蹴った。
昇り始めたばかりの朝日に向かって走り出す。

「流石はトランの英雄だな」
「…知っていたんですか?」
「風の噂だ。あんたらは有名だからな…ま、昨日の戦いを見てなければ、気付かなかったぜ」
「ああ。それにしても…ああしてると、ただの旅人だな」

国を救った英雄としての驕りもなく―――ただの、青年。
コウに向けて笑ったその横顔は、まさにそれだった。
グレミオは二人の姿が見えなくなるまで見送り、やがて宿へと足を向けた。

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11.09.19