その掌で愛を囁き、
―――付き合え。
そう言われて、何の説明もなくヴァリアーの本部を後にした。
珍しくもハンドルを握るXANXUSの隣で、助手席に座るコウ。
時折、思い出したように彼の横顔を見つめる彼女の視線に、彼は気付いているだろう。
「…どうした」
突然の問いかけに、コウは慌てたようにその視線を引きはがし、後ろへと流れていく風景に向ける。
「いえ、何も」
運転する姿が新鮮で、思わず目を奪われていたなんて…本人には言えない。
誤魔化す以外に、出来る事などなかった。
着いた場所は大通りに面した高級店。
店の前に車をつけ、早々に降りる彼に続こうとしたところで、助手席のドアが自動的に開いた。
もちろん、自動ドアと言うわけではなく、車に気付いた店員がドアを開けてくれただけ。
ありがとう、と声をかけてから、既に歩き出しているXANXUSを追った。
「これはXANXUS様!ようこそおいでくださいました!」
彼が店の中へと一歩踏み込んだのと同時に、店の奥から顔を出したのは店主と思しき人。
その低い姿勢から、XANXUSの馴染みの店である事に気付く。
店主と彼が話しているのを横目に、コウは店の棚へと近付いた。
品の良い服が並んだ店内には、彼女が持っている服とよく似た雰囲気の服が多い。
そこで、はた、と気付いた。
見覚えのあるロゴだと感じていたけれど―――どうやら、彼に貰った服は、この店のものらしい。
雰囲気が似ていて当然なのだ。
コウは吊るされているワインレッドのドレスに手を伸ばす。
「そちらがお気に召されましたか?」
「そうね…悪くないわ」
近付いてきた女性店員の声に応える。
彼女はドレスに似合うストールを片手に、コーディネートへの助言を口にした。
それを半ばまで聞いていた所で、コウ、と名を呼ばれる。
呼ばれた彼女の手からそれらを受け取る店員。
コウがXANXUSの元へと向かう。
「初めまして。コウ様。私は店の―――」
笑顔の店主に応じている間に、XANXUSが店の奥へと向かう。
「XANXUS様?」
「好きに選べ」
そう言い残すと、彼は店員の手により開かれたドアの向こうに消えた。
疑問符ばかりを浮かべるコウを、店主が笑顔で促す。
「XANXUS様から“上から下まで揃えるように”と言いつかっております。お好きなお色はございますか?」
「上から下まで…?」
「はい!」
満面の笑顔の店主、張り切った様子でコウに似合う服を見繕う店員。
買わないと言う選択肢はそこにはなく、コウは小さく口元を引き攣らせた。
コウが奥の部屋―――いわゆる、VIPルームへと向かう事が出来たのは、2時間後の事だった。
何十着と言う服を着ては脱ぎ、脱いでは着てと繰り返した彼女は、どこか疲れた様子だ。
廊下を歩く彼女の姿は、この店に来た時の物とは異なる。
普段は女性らしさとは無縁の生活を送っている。
こうして着飾った自分の姿は、見慣れなくて違和感があるけれど…それでも。
綺麗にした姿を見てほしいと、そして出来るなら一言が欲しいと思うのは…やはり、自分が女だからなのだろう。
上等な室内で、革張りのソファーに座った彼は、腕を組んだまま眠っていた。
もちろん、コウ以外の誰かがここを訪れれば、寝顔を晒すような事はない。
自分を警戒しない彼に、思わず笑みが零れる。
カツン、と細いヒールが音を鳴らした。
「XANXUS様」
コウが小さく声をかけると、彼の目が薄く開かれた。
その唇が小さく「遅ぇ」と呟く。
すみません、と謝罪を口にした辺りで漸く、彼はまともにコウの姿を見た。
「お待たせしました」
コウがそう言うと、彼はソファーから立ち上がった。
身体を伸ばしてから歩き出す彼に続こうと、彼女も歩き出す。
しかし、数歩進んだところで、思い出したように振り向くXANXUS。
「…悪くねぇ」
小さく、けれど確かに届いた不器用な褒め言葉。
すぐに前を向いてしまった背中の後ろで、コウは頬を染めて微笑んだ。
「XANXUS様、こちらは如何でしょうか?コウ様には大変お似合いでしたが」
店に戻ったXANXUSに声をかけた店主。
積まれた数着の服を一瞥したXANXUSは、そのまま店の一角を指差す。
「アレも一緒に届けろ。全部だ」
「畏まりました」
深々と頭を下げる店主と店員に見送られ、二人は店を後にした。
彼らを見送り、店員は一度は棚に戻したドレスを再度、その手に取る。
コウが気に入ったと言ったワインレッドのドレスが、一番上に重ねられた。
レストランでの食事を終えた頃には既に日も暮れ、空には星が瞬いている。
今日がどう言う目的だったのか―――今になってもまだわからないほど子どもではない。
レストランを出た時、コウはXANXUSの一歩後ろではなく、隣に並んでいた。
ヴァリアーの部下としてではなく、婚約者としてそこにいる。
XANXUSが既にホテル前に用意されている車へと向かう。
しかし、二歩も進まない内に、彼は歩みを止めた。
控えめに彼の袖を引き、その動きを止めたのは他でもないコウ自身。
少しの躊躇いを持って、彼女は口を開いた。
「あの、もう少しだけ…」
駄目ですか?との問いに、彼の赤い目が細められる。
そして、指先ひとつでホテルマンを呼びつけ、再度車を任せた。
「行くぞ」
「ありがとうございますっ」
車とは別の方向へと歩き出した彼の隣に並び、コウは嬉しそうに笑う。
驚くほどに無表情なのに、緩んだ歩調が彼女への配慮を感じさせる。
ボンゴレの息のかかったホテルなので、彼がヴァリアーのボスだと言う事は誰もが知っていた。
勤務の浅いホテルマンたちは、本当に彼がそうなのかと、驚きを隠せない。
それほどに、二人の空気は穏やかだった。
ホテル裏の海へと向かった二人。
既に周囲は暗く、耳に波の音が届く程度だが、砂浜には二人のような客のためにライトが点在している。
「…きゃっ」
その明かりを頼りに歩く中、コウのヒールが遊歩道から一歩外へと出てしまった。
砂に細いヒールが沈み、僅かに姿勢を崩してしまう彼女。
「…砂に降りるな」
ふわりと腰を抱き寄せられ、支えられたところに降ってきた声。
不機嫌そうに聞こえる声の中にぬくもりを見つけ、触れる手に優しさを感じる。
赤らんだ頬を隠すように、彼の胸元へと額を寄せた。
もう姿勢は崩れていないのに、彼の腕は離れようとしない。
コウもまた、彼から離れようとはせず、その身を委ねた。
暫くして、彼女の身体を滑ったXANXUSの手がコウの顎を取る。
無理なく顔を引き上げられ、正面に見上げた先、近い距離に彼の顔。
落ち着いた筈の頬の熱がよみがえって来たけれど、赤に囚われた目が離せない。
ゆるりと近付く二人の距離に、逆らう事無く瞼を伏せた。
Request [ 七周年企画|将美さん|XANXUSとヒロインのラブラブデートの話 ]
11.09.18