進む先にある未来に、
本来なら、10年バズーカに当たるような下手な事はしない。
避けようとしたその動きを止めてしまったのはきっと、10年後の世界に興味が湧いたから。
だって…気になるでしょう?
10年後もまだ、私の隣にはあなたがいるのかしら―――ってね。
予想したほどの衝撃はなく、ボフン、と言う間抜けな音と共に視界が煙に包まれる。
それが晴れた時、目の前に広がる世界は大きな変化を見せていた。
外だった場所が室内に変わり、座っていたベンチが上等なソファーへと。
そして、目の前で驚いたように瞬きをしているのは―――
「紅…さん?」
「うわ…本当に10年後…?」
信じられないけれど、彼の存在がそれを否定させてくれない。
身長が伸びて、体格がしっかりして…顎のあたりに残る、何かの傷跡。
自分の知る山本の名残を残しつつ、まるで別の誰かのような成長を遂げているのは、10年後の彼なのだ。
テレビの中の芸能人と出会ったような、現実離れした感動。
尤も、芸能人相手だったら、こんな風にはならなかっただろうけれど。
「…10年バズーカか?」
「ええ、そうよ。ええっと…10年後なら、あなたは…25、6?」
確認するように問いかけると、彼はフッと口元に笑みを浮かべ、頷いた。
紅の知る山本は、こんな風に穏やかに笑う事は少ない。
いつだって、見ているこちらまで釣られるような、明るい笑顔を見せる青年だから。
明らかな表情の変化を見て、年月の流れを感じずにはいられなかった。
そんな変化に感動していると、不意に彼の手が紅の手を取る。
昔はバットのタコができていたその手は、剣士のそれになっていた。
「そっか…10年前だと、こんなに小さかったんだな」
確かめるように、彼の長い指が手の平や手の甲を撫でる。
そうして、指を絡め合うように握り締め、余ってくる自分の指先に苦笑した。
目の前の彼が山本である事に変わりはなく、彼の行動に嫌悪感はない。
けれど、小さな違和感を拭い去ることは出来なかった。
そんな紅の心中を察したのか、山本はやはり小さく笑い、そしてもう片方の手で彼女の頬に触れる。
彼の目が、手が、唇が。
全てが、愛しいと伝えてくれているような気がした。
やがて、彼の顔が少しだけ角度を変え、二人の距離が縮まっていく。
まるで、熱に浮かされたようにその光景を傍観する自分。
吐息が絡む距離で、彼は動きを止めた。
「…抵抗しないんだな」
唇に直接語りかける、少しだけ困ったような声。
自分で行動しておきながら困るなんて、面白い人―――そんな事を考えながら、紅は笑った。
「自信―――かしら」
紅は静かにそう答えた。
「自信?俺に出来るはずがないって?」
「いいえ、するはずがないって言う自信よ。だって…大事にしてくれてるんでしょう?」
そうでなければ、10年後の自分がここに居るはずがない。
例え10年後であろうと、自分の考える事くらいはわかる。
10年と言う月日を共にできたのは、妥協してきたからではなく―――純粋に、信頼しているのだ。
その人間性を信頼できない相手とは、長く付き合えない。
そうして別れた人間など、両手両足の数でもまだ足りないくらいだ。
「…参ったな…俺の方が年上になってる今なら、いけると思ったんだが」
「私は私だもの。同じ人間なんだから、過去も未来もないわ」
「………紅」
ふと呼ばれた名前に、心臓がドクン、と音を立てた。
「紅さん」と呼ばれ慣れている自分に、この声は毒だ。
優しくて、男らしい声。
平静を取り繕っているだけで、一皮剥いてしまえば、困惑した自分が露わになるであろう事実を否定できない。
こんな風に成長するなんて、反則だ。
「アンタより年下だって事は一生変わらない。でも、俺の全てで守るから。だから―――」
山本の言葉の続きを聞かないように、紅はそっとその唇に人差し指を載せた。
物理的に言葉の続きを封じ、微笑む彼女。
「私は、“あなた”の口からそれを聞きたくないわ。今聞いてしまうのはルール違反。そうでしょう?」
悪戯な笑みを浮かべて問いかければ、彼も同意するように微笑んだ。
「あぁ、そうだな」
そう答えると、彼は置時計を見た。
もうすぐバズーカの効果が切れる。
夢の時間の終わりは、すぐそこまで迫っていた。
「昔の俺の為に、助言していいか」
「…いいわ、それだけは聞いておく。何?」
「自覚してない時から、アンタ以外は見えてないよ。だから…安心して、頼っていい。
強いとか弱いとか関係ないから、そう言うのも考えなくていい」
「………“私”から聞いた?」
確信をつく質問に、彼は肯定の頷きを一つ。
10年と言う月日は、二人の距離をどこまで縮めてくれたのだろうか。
誰にも語るまいと誓った心中を、吐き出す場所に出会うなんて…想像もしていなかった。
戸惑いと、ある種の感動と。
複雑な心中に、紅は曖昧な笑みを浮かべた。
「助言は、一応聞いておくわ。どう行動するかは私次第」
「あぁ、知ってる。そう言う人だもんな」
そう言って浮かべた笑顔は、紅の知る彼のそれだった。
ありがとう、と伝えられたか、否か。
ソファーに座っていたはずの身体が、どこかへと引っ張られていく。
「紅さん!」
パチッと目を開いた先に、山本の姿があった。
夢のようで夢ではない時間。
まるで寝起きのような痺れた頭で、状況を確認する。
「…戻ってきたのね」
呟く声に重なるようにして、大丈夫かと問われた。
顔を上げれば、心配した様子の彼がそこにいる。
10年バズーカで何度も未来に行っているランボがいるのだから、無事である事はわかっているはずだ。
それなのに上から下までしっかりと確認してくれるのは、未来に行ったのがランボではなく自分だから。
自惚れではないと悟り、自然と浮かぶ笑み。
「大丈夫よ。ありがとう」
青年らしい平和な彼の手を取り、そう答える。
安堵したようにはにかむ彼に、自分の心まで穏やかになるのを自覚した。
数ある未来の内の一つだとわかっている。
けれど、いつの日か…あの未来に辿り着けたらいいと、そう思う自分がいた。
Request [ 七周年企画|煌夜さん|雲雀くんのお姉さんで10年後の山本との話 ]
11.09.10