もう少し、あと少しだけ、
「今日も一段とボロボロだねぇ」
ペタリ、と絆創膏を貼り、苦笑するコウ。
手当をされているエースは、不満を全面に出した不機嫌顔だ。
「くそっ…何でアイツの攻撃が当たるんだよ…っ」
炎なのに、と苦々しく吐くエース。
「…んー…白ひげだから?」
「理由になってねぇ!!」
「だって…知らないし。あの人に聞けば?」
「聞けるかっ!!」
「じゃあ、私が聞いてこようか?」
「行、く、な!」
一文字ずつ区切って低く言われ、「はぁい」と素直に頷くコウ。
聞き流している返事なのだが、頭に血が上っているらしいエースはその事に気付かない。
寝るぞ、と言われ、救急箱を片付けて猫の姿へと変化する。
誘われるままにエースの首元へと擦り寄ると、その場でコロンと丸くなった。
「…ねぇ、白ひげが嫌い?」
「……………」
「エース」
「………俺にも、あの強さがあったら…」
お前を守れたんだよな、とエースの手がコウの背中を撫でる。
瞼を伏せた彼の表情には、どこか陰りが見えていた。
何度、気にしなくていいと繰り返しても、エースは悔やむ事をやめてくれない。
エースが怒っているのは、勝てないからではないのだ。
白ひげと言う大きすぎる人物を前にして、自分の無力さを痛感している。
そして、その無力さが、コウを守れなかった原因なのだと―――かつての自分に、怒っていた。
「大丈夫」
猫の姿では格好がつかないけれど…エースの頬に、ちょんとキスをする。
「エースはちゃんと、守ってくれるんでしょ?」
“今まで”を守ることは出来なくても、“これから”を守ってくれるんだって、信じてる。
言葉には出さないコウの想いを、エースは正しく読み取った。
「…当然だろ」
「だから、大丈夫」
おやすみ、と鼻先にキスをして、背中に添えられたエースの手に寄り添うようにして目を閉じた。
「コウ」
低い声がコウを呼ぶ。
その声を聞き、猫の尻尾がピンと立った。
振り向いた彼女は、迷いなく声の主の元へと歩く。
「エースはどうした?」
彼、白ひげこと、ニューゲートが問う。
コウは猫から人へと姿を戻し、あっち、と船の甲板の方を指差した。
下の甲板を見るように顎を伸ばせば、息子たちとエースが何かをしているのが見える。
「稽古つけてもらってるみたい」
「そうか」
良かったな、と彼の大きな手がコウの頭を撫でる。
小さなコウの頭なんて、指先ひとつでどうとでもできてしまいそうだ。
けれど、彼はそれをしないと知っている。
だから、コウは何の抵抗もせず、乱暴ながらも優しい手に小さく笑う。
そしてふと、寂しげな表情を浮かべて甲板で走り回るエースを見つめた。
「エースはね…後悔してるの。私を助けられなかった事を…ずっと」
「男ってのはそういうもんだ。馬鹿をやって悔やんで…そこから這い上がって、成長する」
「もう少しだけ待ってあげて。きっと、エースもわかってる。あなたの元にいた方が、自分が伸びるんだって事」
わかっているけれど、感情が追い付かないだけ。
エースに必要なのは、時間だ。
「それに、知ってるんだよ。あなたが私たちに手を差し伸べる理由」
コウの眼が、ニューゲートを射抜く。
探るような目つきにも、彼が竦む事はない。
けれど、一端の大男でも怯えさせるような、そんな鋭さを帯びた目である事は確かだった。
「…そうか。知ってたのか」
「この血を誰かに預けるなんて出来ない。そう言う生き方しか出来なかったから。
だから…簡単には、受け入れられないの。信頼していいのか、わからないから」
自分たちの出生を知る人を、信じられるのか。
エースは今、それを見極めようとしている。
「グラララ…!」
突然、前触れもなく笑いだすニューゲート。
驚いたらしい、きょとんとしたコウの目は、瞳の範囲が大きい。
「信頼ってのはなぁ、コウ」
「…うん」
「作ったり、意識してどうにかするもんじゃねぇ。いつの間にか出来てるもんだぜ」
そう言って、彼はバシバシとコウの背中を叩く。
励ますようなその手は、少し痛い。
自分を追い越し、甲板へと降りていく彼を見送る彼女。
「大きい人」
呟くコウの声は、嬉しさを帯びていた。
ニューゲートと入れ替わるようにして、エースがコウの元へとやってくる。
「コウ、大丈夫か!?」
「何が?」
わけがわからない、と疑問符を浮かべる彼女。
そんな彼女を上から下までしっかり身回し、異常がない事を確かめてほっと安堵するエース。
「いきなり白ひげが笑いだすから驚いたぜ…」
「そうなの?あの人、いつも突然だと思うけど」
「いや、そうだけどな…お前、気付いてねぇのか?」
そう言ったエースがコウの後ろへと手を伸ばす。
その手を追いかけようとした彼女が、ビクンと身体を震わせた。
慌てて振り向いた先に見えたのは、エースが自分の黒い尻尾を掴んでいる光景。
「あれ、尻尾?」
「おう。さっきまでは膨らんでた」
「えー…そうだったんだ?気付かなかった」
「みたいだな。だから、お前が何かされたんじゃねぇかって…気が気じゃなかったぜ」
心底安心したように息を吐き出すエースに、ありがとう、と礼を述べる。
それから、彼の言葉の違和感を思い出し、それを問うた。
「でも、駆けつけるのがいつもより遅かったね」
「…親父が何かするはずねぇからってアイツらが…全員がかりで止めにきやがった」
「…そっか。ありがと、エース」
「当たり前だろ。お前を守るのは俺だからな」
うん、そうだね。
笑い合う若いカップルを、ほのぼのと温かく見守る目がある事に、彼らは気付かなかった。
「…まったく、和むぜ、アイツら」
「…コウだけでも可愛いがな!」
「エースに聞かれたら燃やされんぞ」
「あー、大丈夫だ。まだ俺の方が強い」
「あと数日だけっぽいけどな」
「くそっ…アイツ、伸びんの早すぎだろ」
「…教え甲斐がある奴だぜ、ホントに」
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11.09.04