守られる存在として、

グー、パー、グー、パーと握ったり開いたりを繰り返す。
指先の感覚は問題ないけれど、肘ごと動かそうとすると鈍痛が走る。

「…無理は禁物、か」

骨折もヒビもないけれど、筋を傷めているらしい。
変な癖がついてしまうから無理は禁物だと、医者からそう言われた帰り道。

「ねぇ」

呼び止められ、振り向いた先にはお世辞にもガラが良いとは言えない男が3人。
全員を一瞥し、瞬時にそのリーダー格を悟る。

「アンタが、雲雀紅さん?」

紅の予想した通りの人物が口を開く。
質問でありながら、確信した問いかけ。

「雲雀恭弥、並盛の秩序―――アンタの弟だよね」

自分のお客ではなく、恭弥関連のお客らしい。
まったく…図ったようなタイミングだな、と心中で苦笑した。













並盛の隣町にこんな廃ビルがあったのか。
そんな事を考えながら、後ろ手に縛られた腕を動かしてみる。
その道のプロではないし、手錠なんてマニアックなものを使っているわけでもない。
固く結んでいるだけの紐は、コツを使えば抜け出す事は容易だろう。
ただ、それをしようと思うと、傷めた肘の状況を悪化させる可能性がある。
どうしようかな、と考えながら、紅の携帯から恭弥へと電話をかけている男を見た。

「チッ…雲雀恭弥の奴、出ねぇじゃねぇか」

苛立ちを隠しもせず、男は通話を切った。
携帯を乱暴に閉じると、仲間が見張る紅の方へと近付いてくる。

「よぉ、弟くんを呼び出すダシにしようと思ったんだが…出てくれねぇんだわ。どうすりゃいい?」
「自分で考えたら?もしかすると、もう近くまで来てるかもしれないけど」
「おーおー、強気な発言!状況わかってんの?」

取り出したナイフは、刃渡りおよそ15センチ。
刃物の一つも見せれば怯えると思っていたのだろうか。
冷静な姿勢を崩さない紅に、男が苛立ちを深めた。

「わざわざ並盛の外で捕まえたってのに、雲雀恭弥がここを知るはずがねぇだろうが!」
「…やめておいた方が良いわよ」

忠告のつもりで言ったのだが、苛立つ相手には挑発になるのも無理はない。
カッと頭に血を登らせた男は、ナイフを振り上げてその柄で紅を殴る。
加減はしたのか、彼女の身体は勢いのまま傾ぐ程度。

「…馬鹿な子」

地面に向かって吐き出した言葉は、3人の耳には届かなかった。












「山本武」
「ん?雲雀から声をかけてくるなんて珍しーな」

どうした?と近付いてくる彼に、屈託のない表情を向ける。
恭弥は無言で携帯画面を山本に見せた。
そこに映し出されているのは、隣町の地図。

「気に食わない草食動物を咬み殺しに行くけど、ついてくる?」
「はは!そう言うのは遠慮しとくわ!」

笑顔でそう答える山本に、恭弥は「そう」と呟き、携帯をポケットに収める。
そして、くるりと踵を返して歩き出した。

「…来ないなら、もう二度と姉さんには近付かないでね」

言葉が終わるか終らないかと言う所で、山本が恭弥の肩を掴んだ。
振り向いた恭弥の目に映るのは、先ほどまでの暢気な表情から一転、真剣な表情を見せる山本の姿だ。

「紅さんがどうしたって?」
「行く?行かない?」

説明もなく、問う。
山本は悩む素振りもなく、恭弥の肩から手を離し、歩き出す彼に続く。



















入口の方から、逃げろと言う声が聞こえた。
男2人が即座に反応し、紅は小さく息を吐く。

「何があった!?」

もちろん、返事はない。
リーダーの男が紅の腕を掴み、その頬にナイフを近付ける。
紅にとってはナイフの存在よりも、男との距離の近さが不快だった。

「紅さん、下!」

聞き覚えのある声に驚くよりも先に、身体が反応した。
ナイフが肌を傷付けないよう、けれど俊敏に。
彼女はその身を下げる。
同時に聞こえた、ガッと言う鈍い音。
音の正体を突き止めるより、倒した身体を起こすよりも、先に。
身体をふわりと支えられる。

「ごめん、遅くなった!」
「武くん、どうして…恭弥は?」
「雲雀なら外で―――」

拳大の石を床に放り出しながら駆け寄ってきた山本が紅を支え、立たせる。
先ほどの音の正体はこれか、と納得する紅。
そうして彼女の顔を見た彼は、言葉半ばでその表情を変えた。
その目が頬に向けられている事に気付き、あぁ、と苦笑する。

「腫れてる?」
「…ちょっと」

大丈夫よと答える彼女に、彼は眉を寄せたままだ。
その時、うめき声と共にリーダーの男が起き上がるのが視界の端に映り込んだ。
山本は無言で持ってきていたらしい刀で紅の両腕を解放する。
そして、にこりと笑顔を浮かべた。

「すぐ終わらせるから」

と、笑顔とは似合わない言葉を吐く。
けれど、その身に纏う空気は、言葉と一致していた。
復活して駆けつけたらしい2人と、リーダーの男。
その3人が仲良く床に伸びるまでに、5分と掛からなかった。

「紅さん、歩ける?」
「心配しなくても大丈夫よ」

この程度でどうにかなるほど弱いつもりはない。
山本の手を借りずに立ち上がると、彼は納得したように笑みを浮かべた。
そんな彼を見て、考える。

―――きっと、歩けないって言ったら支えてくれたり…抱えてくれたりするんでしょうね。

いとも簡単に、何の躊躇いもなく。
雲雀恭弥の姉と言う肩書により、庇護される対象からは完全に外れてしまった。
それを望んでいるわけではないけれど、こんな風に心配してくれる人がいるのは、不思議な感じだ。
彼の心配を嫌だともお節介だとも感じない自分がいる事にも気付いている。

「ねぇ」
「ん?やっぱり辛い?」
「いいえ。帰ったら…頬、手当てしてくれる?」

自分でできるのに、甘えてみたいと思った。
そして、彼はそれが当然のように、もちろん、と笑顔を返すのだ。










「やっぱり甘いよ、山本武」

カツン、とローファーが音を立てる。
全員、一発と言わずにかなりの深手を負っている状態にも関わらず、その音が耳に聞こえた。
冷ややかな、身体の芯を震わせる声。
振り向いたそこには、冷酷な笑みを浮かべる獣がいた。

「彼女に手を出したんだ―――どうなるのかくらい、わかってるよね」

建物に差し込んだ夕焼けを、トンファーがきらりと反射させる。
恐怖に蒼褪め、動かない身体を震わせる彼らへと一歩、また一歩と近付く。
そして、彼の手のトンファーが、勢いよく風を切った。

Request [ 七周年企画| 紅貴さん|雲雀くんのお姉さんで山本に助けてもらう話 ]
11.09.03