またこの場所に、

潜ってしまえば、コウの好きな日光浴は出来なくなってしまう。
潜水生活三日目ともなると、彼女の我慢も徐々に限界に近付きつつあった。

「ローさんさぁ…」

ベッドにだらしなく倒れ込み、コウがそう言った。
彼女の機嫌と言うか、気分が低下している事に気付いていたから、好きにさせていたロー。
声をかけられ、本から視線を外して彼女を見る。

「怖いとは思わないの?」
「…何の事だ?」
「潜ってるって事は、周りは全部海って事でしょ?」

そう言うコウに、あぁ、と納得する。
悪魔の実の能力者は、海に嫌われる―――彼女はそれを尋ねているのだろう。

「お前はどうなんだ?」
「すっごく嫌」

にっこりと笑顔でそう言い放つ。
「私は猫だから、狭い所とかは結構平気なんだけど…周りが海の閉鎖空間は、駄目。
もしここで窓ガラスにヒビでも入ったら、発狂する自信がある」
太陽が好きなだけではなく、海に囲まれていると言う点も、潜水を嫌う要因になっているようだ。
コウは一息にそう言うと、脱力するように枕に顔を埋めた。

「それに…ここじゃ、ローさんに何かあっても、助けられないから」

能力なんて、いらなかったのに。
呟く声は小さかったけれど、元々そう離れていたわけではない。
多少シーツに吸い取られた声だが、聞こえないほどではなかった。
彼女に見えない角度で、小さく笑みを浮かべる。

「あぁ…そうだな、俺も海は怖い」

本を置き、そっとその黒髪を撫でた。
その感触と言葉により、彼女は少しだけ顔を動かし、横になったままローを見上げた。

「お前に何かあっても助けてやれない」

これは、大きな能力を得た代償だ。
見えていても、手が届くところに居ても―――そこに海があるだけで、大切な人を助けられない。
彼女が溺れた時、その場に自分以外誰もいなかったら?
そう考えると、血が凍る気がした。

「でも、ローさんなら大丈夫だと思う」

ぽつり、と呟きを落とす彼女。
黒髪を撫でていた手を止め、その真意を問うように彼女を見つめる。
そんなローの視線を受け、コウは小さく笑った。

「ローさんなら、海に落ちる前に助けてくれる」

だから、大丈夫だと思うの。
何の根拠もない、絶対の信頼。
疑いもなく言い放つ彼女の目に、迷いはなかった。

「…俺は神じゃねぇぞ?」
「うん、知ってる。神様よりずっと近くて優しくて…強い人」

伸びてきたコウの手が、ローの手を握る。
きゅっと握りこまれたそこから伝わる体温を共有した。

「俺が助けられなかったら?」
「その時は、誰かが助けてくれるように動いてくれるでしょ?」

コウは間を置かずにそう答える。
うつ伏せる彼女の肩を押し、ベッドの上をコロリと転がす。
仰向けになった彼女が見上げる天井を隠すように身体を滑り込ませ、真上から彼女を見下ろした。
きょとんと目を丸くしていたコウのそれが、緩やかな笑みを浮かべる。

「俺である事に拘る必要はねぇ。助けが必要な時は、誰でもいいから頼れ」
「うん」

彼女を助けるのが、例え敵だったとしても構わない。
彼女が自分に依存する事よりも、その命が失われない事が大切だから。

「大丈夫。どんな事があっても、ローさんの所に帰ってくる。私は絶対、この場所を諦めないよ」

腕を伸ばし、ローの首へと絡める。
ゼロになった距離を楽しむように、彼女は瞼を伏せた。
慣れた匂いも、触れる体温も、背中に添えられる手の平の感触も。
何もかも、失いたくないものだからこそ、必ずこの場所に帰ってくる。
それを諦めたりはしないと、他の誰でもない、自分自身に誓ったから。












「ねぇ、ローさん」
「ん?」
「次の島で、用事ある?」

肩まですっぽりとシーツに包まったまま、コウがそう問いかける。
何かを期待したその目に心中で笑い、いや、と答えを返した。

「じゃあ、」
「一緒に回るか?」

いつも誘わせてばかりでは男が廃る。
コウの言葉に重ねるように、お誘いの言葉を一つ。

「行く!回る!」
「何か欲しいものはあるのか?」
「えっと…あ、あのシリーズの続きって持ってる?」

欲しいもの、を探すように視線を動かしたコウの目が、本棚の一角で止まった。
彼女の指先を追ったローが首を振る。

「じゃあ、続きが欲しいの。だから、本屋に寄ってもいい?」
「構わねぇが…」
「…“が”?」
「欲しいものっつーのは、指輪とか…そう言うのを聞いたんだがな」

首を傾げる彼女にそう答えて、苦笑。
二度、瞬きをした彼女は、驚くのではなく、さも当然のように首を横に振った。
そして、シーツを胸のあたりまで引きおろし、肌の上に露わになった赤いリボンと鈴を指先で転がす。

「何も要らないの」

これ以上の物なんてない。
チリン、と鳴る鈴に触れる彼女から、そんな心の声が聞こえた気がした。
何年も肌身離さず身に着けている鈴だが、一向に錆びたりくすんだりしてこない。
材質が何で出来ているのかは知らないが、どうやら良い買い物をしたらしい。

「そうか」
「うん」
「なら、お前に何かやる時は勝手に買う事にする」
「…うん。その方が嬉しいかな」

そう言って、嬉しそうにローに擦り寄った。








「島が見えたんだがなぁ…」
「あー、ダメダメ。船長の部屋、コウが一緒だから立ち入り禁止」
「だよな。くそ…俺も彼女欲しいぜ…!」
「海賊だって知られた途端に逃げられるぜ」
「コウみたいに可愛い子は見ただけで逃げてくしなぁ」
「………そう考えると、コウっていい女だよな。理解あるし」
「今があれだからな。将来有望だしな」
「…はぁ…」
「まぁ、諦めろって!次の島で酒でも飲もうぜ!」

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11.08.28