支え、支えられ、愛されて

そっと回したのは、寝室のドアノブ。
極力音を出さないように、中の人を起こしてしまわないように―――静かに、静かに足を忍ばせる。
と言っても、毛足の長い絨毯が少しの足音も吸収してしまうので、努力は殆ど必要ない。
そうして立派なベッドへと近付いたコウは、シーツの合間から覗く金髪に小さく笑みを浮かべた。
ディーノが好んで購入したと言う広すぎるベッドは、コウが腰かけたくらいでは軋まない。
ふわり、とベッドの端に座り、うつ伏せで眠る彼を見つめた。
彼の向こう側が不自然に広いのは、コウが眠っていたスペースだからだ。

「…ディーノくん」

朝ですよ、と声をかける。
ほんの少しだけ肩が揺れたけれど、起きる気配はない。

「ディーノくん。そろそろ起きないと…今日は大事な会合があるんでしょう?」

先ほどよりも少しだけ声を大きくして、そう呼びかける。
身体を支えるようにシーツに下ろしていた手を伸ばし、さらりと彼の金髪を撫でた。
起こそうとしているのか、そうではないのか。
自分のそんな行動に、思わず笑ってしまう。
恐らく、寝起きが悪い方ではないから、ディーノの意識は半分くらい目覚めているだろう。
それでも起きないのは、きっと―――

「ディーノ」

これで起きると確信を持って、そう告げる。
寝返りを打って天井を見上げた彼が、ゆっくりと瞼を開いた。

「おはようございます」
「…おはよう、コウ」

気だるげに伸びてきた手が、コウの髪に触れる。
後頭部へと指を差し込み、強くない引き寄せに、抵抗する事無く腰を折った。
自分の身体が倒れてしまわないようにと、彼の胸に手を置いて支える。
ちゅ、と可愛らしいリップ音を立てる、触れるだけのキス。
吐息が絡む距離で見つめ合い、どちらともなく笑みを零した。

「朝ご飯、出来ていますよ」
「おう。ありがとな」

労うように頭を撫でる手に目を細める。
それから、起き上がるディーノの邪魔にならないようにと身体を起こした。
少しだけ乱れた髪を整えている間に、彼もベッドから出てくる。

「キッチンは慣れてきたか?」
「ええ。シェフの皆さんも手伝ってくれますし…器具の場所も大体覚えましたよ」

ディーノがそうコウを気遣うのは、彼女が料理に手を出すようになったのがつい最近の事だからだ。
婚約中は、コウ自身が遠慮していた部分があった。
けれど、結婚を控えたある日、コウが言ったのだ。

―――毎日じゃなくてもいいから、週に何度かは…料理を作ってもいいですか?

恥ずかしそうに、夢だったのだと告げる彼女に、どうして駄目だなんて言えようか。
基本的にはシェフたちに遠慮しているけれど、時々こうして料理に参加しているようだ。

「そうか。何か不都合があったら、好きに変えていいからな」
「駄目ですよ。私のスペースじゃないんですから。私が慣れれば済むだけの話でしょう?」

もう、と拗ねたように口を尖らせる彼女。
彼女はこう言う人間だったな、と胸の辺りが温かくなった。
こう言う人だからこそ、一緒にファミリーを支えて行けると思ったのだ。

「コウの手料理、楽しみにしてる」

そう告げると、彼女は照れたようにはにかむ。












いつもよりも長い時間をかけて朝食を終える。
コウが朝ご飯を作った時はいつもそうだから、ファミリーもコウも気にしない。
それを知っているから、彼女は午前中から忙しくなる日にはキッチンに立たないようにしているらしい。
きちんとディーノのスケジュールを知った上で、行動している彼女。
ロマーリオからそれを聞かされた時には、室内に居なかったコウを探し出して力いっぱい抱きしめてしまった。

今日の会合は、先日同盟を組んだファミリーとのものだ。
同盟を組んだとはいえ、立場としてはキャバッローネの方が強い。
緊張しているらしい相手ファミリーを見て、どうやってその緊張を解そうかと考えていた。

「あ、忘れていました」

不意に、コウが邪魔にならないタイミングでそう呟いた。
何事か、と彼女に視線を向けるのは、ボスとその妻、そしてディーノ。
彼女は三人の視線を受け、にこりと微笑む。

「焼き菓子を用意していたんです。少しお待ちくださいね」

そう言って席を外した彼女は、きっちり3分後に戻ってきた。

「奥様はバラがお好きだと聞いていましたので…」
「あら…ローズティーですね。良い香り」

焼き菓子と共に運んできた紅茶に、妻の方が良い反応を見せる。
どのように淹れてらっしゃるの?と言う質問から、二人の会話は弾んでいく。
程よく緊張が解れた彼女を連れ、コウは自身が管理する庭園へと彼女を連れだした。
と言っても、その庭園は応接間の外に面していて、ディーノ達からも二人の様子がよく見える。

「良い奥方をお持ちですね」
「…そうだな」
「もう結婚されて随分になるのですか?」
「いやいや、ついこの間結婚したばっかりなんだ。随分待たせちまってなぁ…」
「はは!跳ね馬のディーノともあろう方も、彼女の前では一人の男になりますか」
「そう言うもんだろ?」

終始穏やかに微笑む二人に、応接室の緊張は完全に解けていた。
良い雰囲気で始まった会合に、部屋の隅で控えていたロマーリオが心中で安堵の息を零す。
同時に、庭先で妻をもてなすコウに視線を向け、流石だな、と思った。











去っていく車を見えなくなるまで見送り、コウは手を下ろした。

「今日はありがとうな」

助かった、とディーノが言う。
隣の彼を見上げたコウは、そんな彼にふふっと笑った。

「初めての会合に緊張してくる事くらいはわかっていましたから」
「だから、奥さんも呼べって言ったんだな」
「妻が笑っていれば、それだけで安心できるでしょう?」

コウの言葉にその通りだと思った。
少し前にボスの座を継いだディーノにとって、今回の会合は慣れているとは言い難いものだった。
そんな彼が、相手ほどに緊張せずにいられたのは―――コウが笑っていたから。

「女性は美味しいお菓子や紅茶があれば安心できるものなんですよ」

コウはそう言って、悪戯な笑顔を浮かべる。
敵わないな、と思った。
こう言う時、容姿だけは幼い彼女が、やはり年上なのだと実感する。

「覚えとく」
「いいえ、それでいいんですよ、ディーノくん。これは、私の役目なんですから」

スッと彼女の手がディーノのそれを取る。

「あなたは、私が出て行った後を、ボスとしてまとめ上げた。それが、あなたの役目なんです。
私が出来るのは和ませるところまで。だから、その役目だけはいつどんな時だって…必ず、果たします」

キャバッローネと言う大きなファミリーのボスの妻になったのだ。
彼を支えていくと、神に誓った言葉に嘘はない。
コウの意思と決意を見て、ディーノは口角を持ち上げた。

「コウを選んでよかった」
「あなたがそう言ってくれる人だから、頑張れるんですよ」
「ああ。…これからもよろしく」

抱き締めた彼女は小さくて細い―――それなのに、なんて強いんだろうか。
これから、幾度となく彼女に救われ、支えられる自分がありありと予想できてしまう。
けれど、その未来は決して恥ずべきものではないのだと知っている。
支え合うことこそが、あるべき形なのだと…教えてくれたから。

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11.08.21