来年も、またこの場所で、
優しい藍染隊長ではなく、藍染惣右介と一緒に外を歩きたいのだと―――そう願う事は、いけない事ですか?
一度、浮かんでしまった願いはそうそう消えてくれるものではない。
悩み考え、けれどやはり、諦めきれなかった。
これが最初で最後―――そう思い、筆を執る。
窮屈な義骸に身を包み、けれど心はどこか晴れ晴れとしている。
いっそ、開き直ってしまっていると言っても過言ではない。
「…紅?」
どういう事かな、と問う藍染の表情は、“藍染隊長”と言うよりは素の“藍染惣右介”に限りなく近い。
尸魂界からの監視もなく、二人を知る人物が誰もいないと言う事実が、そうさせているのだろう。
「ごめんなさい。今日だけでいいの。これが最後で構わないから―――」
言い訳はしない。
最初で最後と決め、紅は藍染を騙した。
その裏にどんな考えがあろうと、騙した事実に変わりはない。
紅は素直にそれを認め、謝罪し―――その上で、懇願する。
頭を下げる。
長い沈黙を破るように聞こえてきたのは、ふぅ、と言う溜め息だ。
呆れなのか、諦めなのか。
その溜め息から、彼の感情を読み取る事は出来ない。
ビクリと肩を揺らし、それでも頭を上げようとしない彼女を見て、藍染は苦笑する。
彼女はどうして、こんなに不器用なのだろうか。
例えば彼女がお願い、と一言頼めば、どんな願いだって聞いてしまう男は護廷十三隊の中にも山と居るだろう。
何でも一人ででき、やってしまう彼女は、人に頼る事が不得意だ。
「顔を上げなさい」
「………」
恐る恐ると言った様子で顔を上げる紅。
視線が絡み、彼女の目が不安げに揺れる。
「随分と回りくどい計画だが―――悪くない」
「…え?」
「優しい藍染隊長に疲れていたからね。今夜だけはゆっくりと羽を伸ばすとしよう」
「惣右介さん…」
行こうか、と差し出された手。
信じられないものを見たように目を見開いていた紅は、頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。
普段の死覇装とは違うものの、浴衣も着物だ。
難なく着こなす二人に違和感はない。
慣れない下駄に足を痛める少女と、それを気遣う少年の横を通る。
微笑ましい光景に、紅が小さく笑った。
「どうかしたかい?」
「こちらでは洋服が主流だから…浴衣は慣れないんだなぁと。微笑ましいわ」
着慣れないとわかっているのに、あえて着てくるのは夏を楽しむためか、それともあの少年のためか。
どちらにせよ、支え、支えられながら歩いていく二人の姿は、紅の目に優しく映った。
「…楽しめているなら何よりだ」
自分には理解できない感情だが、紅が穏やかな表情を見せているならば、それで構わないと思った。
わざわざこんな風に人ごみを訪れたいと思う程に、魅力を感じるものはない。
紅が望まなければ、まず縁のなかった場所だ。
遠くから聞こえる和太鼓の音、道行く人の何気ない表情、屋台からの客寄せの声。
それら一つ一つが、紅の興味を惹くのだろう。
いつもの、穏やかな表情を崩さない彼女とは違い、どこか楽しげな空気を纏う彼女。
こんな表情も持っていたのか、と新たな一面を垣間見る。
「惣右介さん、どうかした?」
「どう、とは?」
「いえ…なんだか、楽しそうに見えたから」
彼女の言葉に、藍染は軽く目を見開いた。
それは寧ろ、彼女の方だろうと思う。
彼自身は、楽しんでいるつもりはなかった。
しかし―――誰よりも自分を理解する彼女がそう言うのならば、そうなのかもしれない。
「…君が楽しそうにしているからね」
「私?」
「その表情がくるくると変わる様子を見ているのは…新鮮だと思うよ」
眼鏡越しではない彼の目がスッと細められ、伸びてきた手が紅の頬に触れる。
二度、三度と瞬きをした彼女は、優しく触れるその手に頬を染めた。
「…私を見ているのが、楽しいの?」
「どうしてそこで拗ねるのか―――理解できないな」
そう言いながらも、彼は笑みを消さず、丁度すぐ隣に来ていた屋台からリンゴ飴を買う。
受け取った彼を見て、声に出さずに、似合わないなぁなどと考える彼女。
そんな彼女の前に、赤いそれが差し出された。
「…私に?」
「私には似合わないだろう?」
「………声、出してないわよね」
考えを口にしてしまっていたのだろうかと案じた彼女に、藍染はクスクスと喉で笑った。
「顔に出ていたよ」
そう言って口角を持ち上げると、彼女は空いている方の手で自身の頬を隠すように包んだ。
もう片方の手には、渡されたリンゴ飴が握られている。
それを一瞥した藍染が、不意に視線を別の方へと向ける。
「そろそろか」
「?」
呟きに対して首を傾げる彼女に、藍染は苦笑に似たそれを浮かべた。
いつもはきちんと漏れ落ちなく調べ尽くす彼女にしては、下調べが甘い。
藍染を騙す、と言うだけで頭が飽和状態だったと言う事は、想像するに容易かった。
そんな彼女の手を引き、歩き出す彼。
「始まるよ」
「何が―――」
紅の声が、掻き消される。
ヒュルルル、とどこかで聞いたような音。
それを聴覚で捉えると、彼女は振り向いた。
その目がそれを見上げるのと同時に、ドーン、と腹に響く音が鼓膜を震わせる。
夜空に咲く、光の大輪。
「…花火…」
感嘆の吐息と共に、囁くように落とす。
彼女の手を引いていた藍染が、知らなかったのかい?と笑った。
「夏祭りの締めとして、有名だよ」
「そう、なんだ…」
そう呟くと、紅は藍染の腕に自身のそれを絡めた。
そして、しな垂れかかる様に肩に頭を寄せる。
「君の方から触れてくるとは珍しい」
「…誰もいないから。それに…誰も、見ていない」
彼女の言葉に誘われるように周囲へと意識を向ける。
誰もが皆、屋台の主でさえも、次々と夜空に咲く花に夢中だ。
なるほど、と頷き、同じく花火に目を奪われていた彼女の顎へと手を伸ばす。
何、と言う問いかけが声として発せられるよりも早く、引き寄せた彼女に触れるだけの口付けを送った。
ぱちくりと見開かれた目元が、瞬時に朱色を纏う。
「なるほど、偶には悪くない」
「………もう」
怒っている振りをしたところで無駄だと言う事はよくわかっている。
優しい隊長の顔をしている時の彼は、絶対にこんな風に触れてきたりはしない。
素の彼だからこそ、思うままに動く。
そんな彼の行動が嬉しいなんて―――とてもではないけれど、口には出来なかった。
もちろん、気付かれているだろうけれど。
「来年もまた来ようか」
「…来てくれるの?」
「君が望むなら」
「……じゃあ―――」
紡がれたのは、二人だけが知る、二人だけの約束。
Request [ 七周年企画|あくあさん|素の惣右介さんとの夏祭りの話 ]
11.08.20