優しい朝に見守られ、
風に乗って届く匂いが潮の香りである事にも慣れてきた。
朝一番の新鮮な空気と共にそれを肺へと送り込み、大きく深呼吸をする。
「…おはよう」
水平線から顔を出したばかりの朝日に視線を向け、誰にともなくそう告げた。
港の朝は早い。
初めこそ眠い目を引き剥いて起きていたが、今となっては慣れたものだ。
「あ、おはようございます!」
「ッス!!」
悠希が来た事に気付くと、屈強な海の男たちが一斉に頭を下げる。
いつも必要ないと言うけれど、聞いてくれないので、いつからか熱血野球部のようなものだと受け流す事にした。
「うん、おはよー」
今日も元気だねーとニコニコ笑う。
そうして港を進んでいくと、向こうに見慣れた船が停まっているのが見えた。
「姐さん!お頭が帰って来たらしいっす!!」
「みたいだね」
教えてくれた一人に礼を言うと、彼女は足取り軽く船へと向かった。
「元親!」
人の合間から紫の上着が見え、悠希が声を張り上げた。
途端に、人垣がざざっと割れ、彼女と元親を繋ぐ道が出来上がる。
「お帰り!」
「おう、今帰ったぜ!」
今まさに振り向こうとしていた背中に、体当たりするかのように飛びついてみる。
けれど、その程度の衝撃でどうなる男が西海の鬼と呼ばれるはずがない。
体勢を崩すどころか、一歩も動かすことは出来なかった。
「どうだった?」
「今回も大漁だぜ。期待しろよ!」
「そっかー。私も行きたかったなぁ…素潜りしたかった!」
拗ねるように口を尖らせる悠希に、いやいや、と呆れる周囲の男たち。
いつもは共に漁に出る彼女が陸にいた理由を考えれば当然の反応だ。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。腹の赤ん坊に何かあったらどうすんだ?」
ぐしゃり、と大きな手が彼女の髪を掻き混ぜる。
悠希は瞬く間に乱れたそれを手櫛で整えながら、肩を竦めて見せた。
「はいはい。ちゃーんとわかってますって!言われた通り無謀な事はせず、平和すぎる七日間だったわ」
「それを聞いて安心したぜ」
「って言うか、元親の子がその程度でどうにかなるとは思わないんだけど」
それは確かに、と言う周囲の声が聞こえてきそうだ。
衆人環視の中だが、二人は至って平然と会話を続ける。
当然、周りも二人を気にしない。
いつだって若く豪胆なお頭には、元気でやんちゃな嫁さんが一番―――と思っている。
奥州筆頭の妻の親友が、単身で四国についてきたその度胸は有名だ。
「お、忘れるところだったぜ」
思い出したようにそう言った元親が、あれを、と指示を出す。
今回の成果を見ていた悠希の背に声をかけ、近くへと呼びつけた。
「何?」
「お前に土産だ」
そう言ったところで、お頭!と先ほど指示を受けた部下が帰って来た。
受け取ったそれを確認もせずに差し出す。
「………ありがとう。立派なマグロね」
ガシッと尾の付け根を持ってぶら下げられているのは、ふっくらとしたマグロ。
現代で言えば伝説級の大きさではなかろうか。
しかし―――妻への土産としては、色気に欠ける。
いや、元親らしいと言えば確かにそうなのだが…私はまつじゃないから素直に喜べない、と思うのも無理はない。
受け取るか否か、そもそも自分の細腕で持ち上げられるのか。
考えている間に反応が遅れ、間を置いてしまった。
「お?…おい!誰がマグロを持って来いっつった!?」
馬鹿野郎、と怒号と共にマグロが飛んだ。
先ほど指示を受けた部下の顔面へと、まるで吸い込まれるようにして飛んでいったそれ。
追うようにして背を向けた元親の横を歩いてきた信親が、何かを悠希に差し出した。
「はい、これ」
「これ何?」
「こっちが本当のお土産。お頭が悠希さんにって。失くさないように、俺が管理してたんだよ」
自分でまかせたのにすっかり忘れて、と苦笑を浮かべる彼。
差し出されたそれは小さな小箱だ。
木でできたそれには、見事な彫刻が施されている。
それだけでもかなりの値打ちがあると見た。
「お揃いらしいから、一つは紅さんに送ってあげるといいよ」
中から出てきたのは、貝殻で作られた簪だ。
繊細に作られたそれは、風にも揺れるほどに軽く、シャラシャラと涼やかな音を奏でる。
「ありがとう、信親」
「買ったのは俺じゃないんで」
「うん、今のは管理に対するお礼。他の奴らだとここまで無事に帰ってこなかったと思うから」
「…確かに」
そう言うと、彼は小さく微笑んだ。
元親にお礼を…と思って彼を見ると、既に土産の事を忘れているらしく、部下と何やら話し込んでいる様子だ。
二人は顔を見合わせて肩を竦めた。
「元親!これ、ありがとうね」
「ん?あ、そういやテメーに任せたんだったか」
「その判断は正しかったと思うわ。片方、紅に送っていい?青い方」
「おー。ついでにマグロも送ってやれよ。忍に運ばせりゃ、持つだろ」
「人をクール便みたいに…氷景が呆れるわよ。紅の為ならやってくれると思うけど」
呆れたように言いながらも、頭の中では既に紅への手紙の書き出しを思い浮かべている。
もちろん、その最後を締めくくるのは、渡したいものがあるから氷景をこちらに寄越してほしい、だ。
「早速手紙書かなきゃ!私、先に戻ってるからね」
「おう、仕分けたらすぐに帰るから、風呂を用意させといてくれ」
「りょーかい!」
獲物を担ぎながら軽く手を上げた元親に手を振り返す。
彼の後ろでは、顔面にマグロのヒレの跡をつけた部下がぺこぺこと頭を下げていた。
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11.08.11