彼女と彼と彼らの繋がりは、
紅の妊娠が発覚し、初産で外国暮らしは大変だろうと日本へと帰って来た。
丁度タイミングよく日本選抜メンバーが招集され、懐かしい顔ぶれが集う。
家に篭っているのは好きじゃないと、積極的に選抜の練習の手伝いに姿を見せる紅。
周囲からは初めてと言う事もあり、色々と心配されるけれど―――
「大丈夫大丈夫。病気じゃないんだから」
笑顔で軽やかにそう言ってのけるあたり、母は強しと感じるメンバーたち。
寧ろ、異様に心配性になっている自分たちに気付き、思わず苦笑したのも良い思い出だ。
「この子は幸せね。歳の離れたお兄ちゃんが山ほど出来るわ」
屋根つきのベンチで乾いたタオルを畳みながら、ほのぼのと笑う。
そんな彼女の隣で、選手記録から顔を上げた玲。
「あら、年齢的にはお父さんじゃない?」
「駄目ですよ、玲さん。この子のお父さんは翼だけだから…聞いたら、無言で拗ねます」
暁斗から「胎教に良くないからマシンガントークは控えろ」と言われて数ヶ月。
言葉を飲み込む事にも慣れてきたのか、随分とマシになっていると思う。
玲は口に出さずに拗ねる術を覚えた翼を想像し、思わず笑ってしまった。
「お、雪耶じゃん。今日も来てんだ?」
「こんにちは、藤代くん。もう雪耶じゃないって何回言えばいいの?」
「あ、そうだったな」
悪い悪い、なんて言いながら、次には同じことを繰り返すのだろう。
彼の人柄は熟知しているから、気にならないけれど。
午後から合流だった彼は、紅と玲に声をかけると、すぐにピッチへと向かった。
彼と入れ替わるようにして、向こうから歩いてきたのは翼だ。
初夏の日差しを受け、彼の首筋には汗が光る。
「玲、気温が高いから予定変更だって。休憩を早くして、室内トレーニングに入るらしいよ」
「あら、そうなの」
わかったわ、と腰を上げた彼女は、詳細を聞くべくピッチへと歩き出す。
それを見送ることなく、翼が紅を見た。
「大丈夫?」
「うん。水分補給もこまめに取るようにしてるから」
「そ。ならいいけど」
無理はしないように、と耳にタコができるくらいに聞いた言葉を繰り返す。
大切にされていると実感できるその言葉が嬉しい。
思わず笑顔を浮かべる紅に、翼は彼女の頭を撫でてから玲を追って行った。
既に畳み終えたタオルの山を籠へと戻し、施設内へと歩き出す。
予定が前倒しになったと言う事を施設に伝えなければ。
昼休憩が終わり、午後からの練習が始まった。
変更された予定通り、トレーニングルームに入ったメンバーは、指示通りに各々がトレーニングに入る。
「紅~」
ドリンク補給などを行っていた紅を呼ぶ声。
顔を上げ、周囲を見回すとトレッドミルで軽いランニング中の若菜が大きく手を振っているのが見えた。
作業の手を止め、そちらへと向かう。
「順調?」
「うん、ありがとう」
彼は顔を合わせる度にそう尋ねてくれるから、何の事なのかすぐに分かった。
頷いて答えると、まるで自分のことのように喜ぶ。
「結人、喜びすぎだよ」
「そうそう。今日だけでも何回その話題を聞いたか…」
元ユース三人組は、年齢を重ねてもやはり仲が良かった。
同じくランニング中の彼らが続けた言葉を聞き、紅はにこにこと笑う。
「だって子どもって可愛くねぇ?スポンジみたいに吸収して怖いのなんのって!」
うんうん、そうだよね。
そんな風に相槌を打とうものなら、話が大変な盛り上がりを見せる。
彼を中心に、この付近だけ気温が上昇しているような錯覚すら起こすのだ。
「…そう言えば、西園寺コーチの子も好きだったね」
「ああ。親馬鹿になるのが目に見えるっつーか…」
「悠斗くん、可愛いから」
悠斗とは、先日3歳になった玲の息子である。
気に入ったきっかけは名前の音が同じだったところ。
だが、よく遊び、よく笑い、よく話す悠斗と接するうちに、気付けば苦笑するほど可愛がっている若菜がいた。
他にも藤代や鳴海も一緒にいる事が多い。
ちなみに、悠斗が好いているのは水野や天城で、幼いながらもクールさに惹かれているのでは…と思っている。
「雪耶、行っていいよ。結人の事は放っておけばその内冷めるから」
「ああ、そうだよな。忙しいんだろ?」
「うーん…そうね、ありがとう」
お言葉に甘えて歩き出す背中で、ゴンッと言う鈍い音が聞こえたが、あえて振り向かない事にした。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「ノルマは終わってるから気にすんな」
隣で三つのビニール袋を持ってくれているのは、柾輝だ。
今日は暑いからアイスでも用意しましょうか、と言った玲に、それなら、と手を上げた紅。
偶然、近くに居合わせていて、ノルマを終えたばかりの柾輝に荷物持ちと言う白羽の矢が立ったわけである。
目と鼻の先にあるコンビニに向かい、人数以上のアイスを購入した帰り道。
他愛ない話でも話題が途切れないのは、共有した時間が長いからなのだろう。
懐かしい話題も出て、自然と表情が穏やかになる。
「まぁ、若いご夫婦ね」
「ご主人が優しそうで羨ましいわ。顔は少し怖いけれど」
井戸端会議中の年配の女性たちからの声に、二人が思わず顔を見合わせた。
膨らみ始めた腹部は、見る人が見れば肥満ではない事はすぐにわかる。
そんな紅と、彼女よりも二つ多く荷物を持つ柾輝が並んでいれば、夫婦に見えるのも無理はない。
その結論に至ると同時に、二人が苦笑を浮かべた。
彼女らの会話は自分たちに答えを求めるようなものではなかったから、気にする事無く脇を通り過ぎる。
「…翼に知られたら大変だわ」
「…だな」
「でも、一緒だったのが柾輝で良かったかも」
「ん?」
「だって…六助とか直樹だったら、うっかりか、面白半分に翼に話してしまいそうじゃない?」
それで、地雷を踏んで、翼の反応を見て漸くその事に気付いて。
その後の展開が、手に取るように想像できてしまった。
そうだな、と納得する柾輝の隣で、紅がくすくすと笑う。
施設の入り口が見えると、彼女の表情が変わった。
「翼!」
「お帰り」
足早に近付いてきた彼女から、一つだけの袋を受け取る。
紅が気にした様子なくそれを手放すのを見て、その変化に気付いた。
しっかり者の彼女は、あまり人に頼る事を良しとしていなかった。
今のやり取りは、そんな彼女が気にしない程度に、日常的に行われている事なのだろう。
「柾輝、悪かったな。付き合わせて」
「いや、気にすんな」
夫婦揃って同じことを…とクツクツ喉を鳴らすと、二人が顔を見合わせて不思議そうな表情をする。
そんな二人の横を通り、施設へと入っていった。
「何?」
「…さぁ」
首を傾げるのは数秒で、二人もまた、彼の後を追って中へと向かって歩き出した。
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11.08.06